5話 答えを聞きに

「ま、魔法……使い……?」


 あ

 あはは


 魔法使いって……


 『あの』魔法使い……?


 おばさまが?


 そんなの信じろって言うの……?


「正確には『魔書使い』になりますね。そして、我々の世界では『テラー』と呼ばれています」

「そんな細かい区分、素人が分かるわけないでしょ」

「あはは……さーせん」

「ま、どうせ信じないでしょ、この子は」


 そう言ってセレーネは、こちらに視線を向けた。

 

「当たり前です……! そんなこと言われて信じれる人がいると思いますか!?」

「いないでしょうね」

「じゃぁ……!!」

「だから本題なのよ」

「え?」

「今から入るこの書庫は、その『信じられない事』が起きる場所なの。もし、貴方が魔法使い――テラーの存在を少しでも信じられるなら、ついて来ていいわ。そうすれば、もっと詳しく知ることができるでしょうね、望月ソフィーについて――」


 知ることができる――

 

 おばさまのことを――


 セレーネは更に話を続けた。


「でも、信じられないなら今すぐ帰ってちょうだい。この先は私達の仕事場、やる気のない素人を守ってやれるほど優しい場所じゃないの」


 セレーネは厳しい目つきでそう言い放った。

 ぶっちゃけ、まだ何も理解できていない。

 意味も分かっていない。


 でも、変わらない。


 私はソフィーおばさまのことを知りたい。


 私を救ってくれた恩人を理解したい。


 なぜ私を救ってくれたのか。


 なぜ、私を愛してくれたのか。


 それを理解して、もっと感謝したい。


 そう思ったから――


「――信じます」

「……分かったわ。それじゃ、行きましょう」


 そう言って、セレーネは扉を開き、中へと入っていった。

 思ったよりもあっさりだった。


「ささ、参りましょうか!」

 

 シュウメイに導かれながら、私は扉の中へと入っていった。


 いざ、彼女達の仕事場へ――



 ◇ ◇ ◇



 どんな場所だろうとドキドキしていた。

 だって、魔法使いが『仕事場』というのだから、何かあるのだと思った。

 だが、その場所は――書庫だった。

 何の変哲も無い。

 ごくありふれた書庫だ。


「ソフィー様は、国際ペンクラブの中でも、特に素晴らしい人だったんですよ」


 書庫の中を歩きながら、シュウメイはそう言った。


「我々のような未熟なテラーにも優しく手解きをしてくれたり、困った時は率先して助けてくれたり、本当に慈愛に満ちた人でした……」

「未熟なのはお前だけよ。私は天才」


 隣の本棚にいたセレーネは、全く冗談に聞こえないトーンで言った。


「あはは、そりゃーそうでしょー! セレーネ様はソフィー様の一番弟子! しかも、若干18歳でテラーになられた才女なのですから! 私のような平々凡々のテラーなんかよりも、優れていて当然ですよ!」


 聞く人によっては、これはシュウメイの嫌味のように聞こえるかもしれない。

 だが、言っている本人はこれまた、冗談や皮肉で言っているように見えなかった。

 この二人、なんだか特殊過ぎるなぁ……


「とまぁ、そんな尊敬の眼差しを一身に受けていたソフィー様でしたが……突如行方不明になりましてね……」

「行方不明って……いつからですか?」

「半年前ですね」

「……私、その時からおばさまと暮らしていましたよ?」

「我々がソフィー様の所在を掴んだのは、ほんの1ヶ月前なんですよ」

「私に送られてきた手紙でやっとね。そこには、『飯坂書店』に向かうように書かれていたわ」


 それは、おばさまが営んでいた本屋で、今は私が受け継いだお店だ。


「そして、『はじまりの物語』に出会うとも書かれていた」


 おばさま達が探してるやつ。

 流石にそれは覚えた。


「だから、セレーネさんは日本に来たんですね?」

「そう。師匠に会えると思ったから……でも――」

「残念な事に、ソフィー様は、命を引き取られておりました……本当に残念です……」


 言い淀むセレーネに変わり、シュウメイが言った。


「……でも、肝心なことが書かれてないのよ、この手紙には」


 ――肝心なこと?


「そうですね。ここに来てくれと言ってはいますが、目的は書かれていません。直接何かを伝えるつもりだったのならば、もっと早く連絡をしてくるはずですし、なんなら、アリス様に言伝があるはずですが……」

「わ、私は本当に何も……」

「あっ、いえいえ、疑っているわけではないので……すみません、変な感じになってしまって……」


 シュウメイが慌てて謝った。

 しかし、疑問は解決できていない。


「……これはどう考えるべきなのしょうかねぇ、セレーネ様。はじまりの物語を探していて襲われたのでしょうか?」

「師匠が木端なテラーに負けるわけないでしょ」

「ですが、敵は多いですからねぇ。アメリカ図書館協会、アラブ神秘学会、ネオ神智学協会……襲われた可能性を否定するにはちょっと……」

「考える必要もないわ」

「え? もう分かったんですか?」

「いいえ、聞けばいいのよ直接」

「……セレーネ様?」


 シュウメイは慌てた声を上げた。

 覗いてみると、セレーネは本を捲っていた。


 奥から奥から3番目の本棚。

 6段目の左から9番目の本。

 開いているページは――444ページ目。


 あ、栞を挟んで本を戻した。


 そして、また別の本棚に向かった。


 何か変だろうか?

 まぁ、栞を挟むのはちょっと変かも……?

 でも、本の中の文章を比較しようとしているなら、栞を挟むのも、別に不思議ではない。

 シュウメイが慌てた理由がよく分からない。


 次にセレーネは――


 奥から12番目の本棚――

 1段目右から4番目の本を開き――

 777ページ目を開き――

 そこにまた栞を挟んで、本棚に戻した。


 そして、さっきの本棚に戻って――

 6段目左から9番目の本――さっきの本を再び開いた。


 流石にこれには違和感を覚えた。


 なぜ同じ本を2回も?


 そしてさらに、開いた本を見て、違和感は驚愕に変わった。


 本が――白紙になってる――!!


 一体どうして――?


 驚いていると、 セレーネはペンを取り出した。

 とってもキレイで立派な羽ペンだった。


「まさか……をやるつもりですか!?」


 シュウメイの声は、図書館で出して良い声量を超えていた。


「その、まさかよ」


 セレーネは白紙のページにペンを走らせた。



 ――long, long ago



 瞬間、本はまばゆく光り始め、書庫を、隈なく照らした。


 暫くすると光は徐々に弱まり、消え失せた。


 そこにいた、セレーネ達を含めて――

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