1章:おとぎロワイヤル

1話 おばさま、今日もアリスは元気です。

 白い海。


 私はその中で溺れている。


 身体は動かない。


 まるで海に捨てられた石像のように。


 私はただ沈んでいくだけだった。


 だけどある日――


 私は白い海から引き上げられた。


 彼女の手によって――


 今でも覚えている。


 彼女が抱きしめてくれたことを――


 そして、その手には深いシワが多く刻まれていたことを――


 彼女は泣いていた。


 何かを言っていたと思うけども――


 よく思い出せない――

 

 それが――


 その人が――



 ◇ ◇ ◇



 けたたましく鳴る目覚ましに気づき、私は目を覚ました。


 目覚ましを止めて、やっと理解した。


 また、あの夢を見たのだと――


 カーテンを開けると、空は青く染まっていた。


 朝だ。


 ベッドから立ち上がり、台所へ向かった。


 炊飯器を開け、小さなお皿にご飯を盛る。


 そして、湯呑みにお茶を注ぐ。


 ご飯を盛ったお皿と、湯呑みを持って、私はそそくさと向かった。


 向かった先は――仏壇。


 お皿と湯呑みを添えて、お線香に火を付け、香炉に立てた。


 そして、おりんを鳴らし――手を合わせる。


 静寂――


 そして、頭に浮かんだ言葉を発する――


「おばさま、今日もアリスは元気です。どうか見守っていて下さい」


 私は、自身の養母、望月ソフィーの仏壇に向かって、そう言った。


 こうして初めて、私の朝が始まるのだ。


「さてと……ご飯を食べたら、シャッター開けなきゃ……」


 そう言って、台所へと向かうと――声が聞こえてくることに気づいた。


 外からだ。


 それも、どうやら揉めているようだ。


 なんだろう。


 台所を抜け――

 

 居間を抜け――


 店頭を抜け――


 シャッターを開けた。


「別に何もしてないって言ってるでしょ!!」


 開口一番聞こえてきたのは、そんな言葉だった。


 そこには、白いワンピースを着た外国人の少女と、警察官が二人。


 所謂、口論になっているようだった


「分かったから、まず名前を教えて貰える?」


「セレーネ・ルイーズ・クレアよ」


「……はい。日本には観光?」


「仕事よ、舐めないでよね」


 そう聞いて、警察官は失礼ながら、セレーネをつま先から頭の先まで見渡した。

 

 言いたいことは何となく分かる。


「……どう見ても未成年でしょ君」


「未成年者が仕事をしてるわけないって言いたいの?」


 そんなわけないので、警察官は咳払いをし、話をそらした。


「で、なんでここにずっと座ってるの」


「待ってるのよ」


「何を待ってるの?」


「知らないわよ、ここに来いって言われただけなんだから」


「…………」


「本当だからね!?」


 大揉め。


 どうやら少女はここに用事がある様子。


 それで待っていたら、怪しまれて警察に通報された――のかな?


 一見、悪さをしようとしている雰囲気はないけど……


 でも、ここって私の本屋以外には、県立図書館以外無いような……?


「分かった分かった、とりあえず交番に来てもらえる?」


「人を犯罪者みたいに扱うな!!」


「だったら、なんでここにいるか説明して」


「だーかーら!! 私は呼ばれただけなんだって!! 師匠に!!」


「その師匠の名前は」


「望月ソフィーよ!!」


 ――え


 ――今、なんて……?


「……確認したけど、そんな人はいないようだけど」


「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってよ!!」


「それじゃ、交番まで来てもらうから、いいね?」


 警察官が少女の手を掴んだ。


 瞬間――


 私は、少女に駆け寄っていた。


「す、すみません!! この人、うちのお客様だったみたいです!!」


 警察官は、訝しげな様子で、尋ねた。


「貴方の名前は?」


「望月アリスです。望月ソフィーの……娘です」


 その言葉に何より驚いていたのは、警察官ではなく、少女だった。


「師匠の……娘?」




 これが、私、望月アリスと――


 外国人の少女、セレーネ・ルイーズ・クレアとの、最初の出会いだった。

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