”すべての人の一生は、神の手によって書かれたおとぎ話なのだ”

 青い空。


 緑の山々。


 轟音を響かせる金属の箱。


 極東アジアの国、日本。


 その北に位置する地方都市の空港に、一人の男がいた。


 男はソファーに座り、新聞を広げていた。


 横に古い本を置いて、時折、到着ゲートに視線を向けていた。


 誰かを待っているのだろう。


 通り過ぎる人々からは、そのように見えていた。


 だが、その顔つきは、どこか緊張しているようだった。


 男は腕時計を見た。


 時間は06時01分―02分に変わったところ。


 だが、到着ゲートからは誰も出てこない。


 男の顔に焦りが見えた。


 と――


「ハンス・クリスチャン・アンデルセン著、皇帝の新しい服――いい本じゃない」


 突然横から声が聞こえ、男は慌てて視線を向けた。

 

 そこには、本を手に取った少女が座っていた。


 白いワンピース。


 小柄で長いブロンド。


 その目は青く、サファイアのよう―― 


 少女はニコリと笑い、その本を男に投げ返した。


 そして、少女はアタッシュケースを開き、何かを取り出した。


 それは――本だった。


 表紙には――『紹巴本竹取物語』


「始めましょうか」


 少女の透き通った声がロビーに小さく響いた――


 そして、僅か2秒――

 

 少女は立ち上がった――


 何かが『終わった』ようにみえた。


 少女はため息交じりに男に言った。


「その程度で、『はじまりの物語』を探すべきじゃないと思うわよ」


 そう言って少女は、キャリーケースを引いて、ロビーを後にした。


 少女の姿が見えなくなると、男はゆっくりと、ソファーに倒れ込んだ。


 森の中で倒れる木のように――


 まるで魂が抜けたように――

 

 静かに――

 

 後日、空港で謎の変死として男はニュースに取り上げられた。


 数日後には、誰も覚えていないようなニュースだった。


 ただ――

 

 その場から『皇帝の新しい服』という本が燃えて消えている事は――


 誰も気づくことは無かった――



 一部の人間以外は――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る