乙女心はファーストスプリングハリケーン

ツネキチ

合格発表当日

 彼のことが好きだ。

 

 中学に入ってから3年間ずっと好きだった。


 この3年間で彼と恋人になるチャンスはあったと思う。


 3年間幸運にも同じクラス。そうなれば当然、ある程度仲の良い男女くらいの関係性は築けた。


 しかしそれ以上関係性が発展することなく中学生活は終わりを迎えようとしている。


 中学3年間というせっかくの貴重なチャンスを逃してしまった。


 ならば、次の3年間を狙う。


 彼とは志望する高校が同じ。私にとっては少し難易度の高い高校だったが、必死に勉強したおかげで入学試験はそれなりの手応えがあった。


 そして迎えた合格発表当日。


 その日は同じ高校を受験した親友のトモちゃんと一緒に、高校前に張り出された試験結果を見に行く予定となっている。


 合格発表まであと少し。


 その時私はーー



「嫌だー!! 合格発表なんて絶対見に行かないからねっ!!」

「早く布団からでろこの馬鹿!!」



 頭から布団を被って駄々をこねていた。


「うぅ、怖いよう。不安だよぅ。落ちてたらどうしよう……」

「そんなの今から考えてもどうしようもないでしょ! 試験の結果は変わらないんだから!」

「だって、だって! もし落ちたら彼と同じ高校に通えないんだよ!?」

「それより前に将来の不安とか、親御さんに申し訳ないとか少しは考えろ馬鹿!!」


 彼と別々の高校になるだなんて考えるだけで恐ろしい。


「そもそも一緒に行くって言い出したのあんたでしょ? 不安だから早めに集まろうって発表の1時間も前を指定してきた時点でツッコミどころ満載なのに、今度は何? 不安だから行きたくないって駄々こねてもう30経ってるんだけど!?」


 ちなみに高校まではバスでの移動も含めて30分ほどです。


「良い加減行くよ。今から出ればちょうど合格発表が張り出される時に間に合うんだから」

「いーやーだー!! そんなの怖くて行けない! だって人がいっぱいでしょ? 私の受験番号が乗っているかどうかを探すまでに、周りの受かって喜ぶ声とか、落ちて泣く声とかが聞こえると不安になるの!」

「情緒不安定な……たかだか数秒じゃない。じゃあいつならいいの?」

「周りに誰もいない。そうだね、日が落ちる寸前とかが良いかな?」

「そんなの待てるか」


 現在、朝9時です。


「私だって受かってるかどうかは気になるの! だけどあんたと違って、その不安を長いこと抱えていたくないから早く結果が知りたいんだから!」 

「うぅ。トモちゃんと私は分かり合えない……」

「大袈裟な。まあいいわ、あんたが行きたくないって言うなら私一人で行ってくるから」

「私を置いて行くの!?」

「どないせえちゅーねん」


 布団越しに背中を思い切り叩かれる。


「ほら早く布団から出る! こうなったら引きずってでも連れてくから!!」


 そう言うとトモちゃんは布団を剥ぎ取ると、宣言通り私の足首を持って歩き出した。


「ま、待ってトモちゃん! 本当に引きずることなんてある!? あと私まだパジャマだから!」

「なら早く着替えろ」


 結局、慌ただしく準備を始めて合格発表を見に行く羽目になった。





「はあー。やだなぁ、行きたくないなぁ」

「うだうだ言わない。ちゃっちゃと歩け」


 トモちゃんと2人、高校までの道を歩く。


 受験した高校まではバスで高校近くの駅まで行き、その後はしばらく歩くと言う道のりだ。


 足取りが重い。一歩進むごとに現実を突きつけられるまでのカウントダウンが進む。


「もし落ちてたらどうしよう。もし落ちてたらどうしよう。もし落ちてたらーー」

「はあ、普段無駄にポジティブなのに……最悪落ちても大丈夫って考えなよ。併願して受けた公立高校は受かってたんでしょ?」

「そうだけどさ! 好きな人と同じ高校に通うのとそうでないのでは雲泥の差なんだからね! 仲のよかった恋人同士が別々の学校に通うことになって、すれ違いから別れる羽目になったなんて話、ごまんとあるんだから!」

「あんたら恋人になる前の前ぐらいの段階じゃん」


 前の前とは何だ。ちょっと手前ぐらいの関係性だと自負している。


「別々の高校になるのが嫌だからといって、また前みたいに高校落ちたら浪人するなんて言わないでよ?」

「……それ前、お母さんに言ったら超怒られたよ」

「言ったんだ」

「ひどいんだお母さん。彼と恋人同士になれるかどうかの瀬戸際だと言うのに、娘の将来をなんだと思ってるんだ」

「……親の心子知らずとはよく言ったもんだね」


 そんな話をしならが高校までの道を歩く。


 頭の中は合格発表の結果がどうなっているかでいっぱだった。トモちゃんとの会話も半分くらい頭に入っていない。


 そんな時だった。


 強い風が背中から吹き抜けていった。


「うわっ。すごい風」


 本日は晴天。


 天気が荒れている様子もないのに、いきなりの強風に驚いた。


「あー。春一番ってやつだね。季節が移り変わる時期の強い風だったはず」

「季節の移り変わり……確かに暖かい風だったから春っぽかったかも」

「だね。もう春かぁ」


 トモちゃんがしみじみと呟く。


「春……」


 ここまで合格発表のことに頭がいっぱいで周りの景色を見ている余裕はなかった。


 しかし春一番の風がほんの少しだけ私を冷静にさせてくれた。

 

 辺りを見渡す。


 美味しそうな匂いが店の外にも漂うパン屋さん。


 年季を感じさせる街角の小さな本屋さん。


 小学校が近くにあるのか、子供たちの声が響いている。


 街路樹はおそらく桜だろう。まだ流石に咲いてはいないが、時期になれば今歩いている道をピンク色に染め上げるだろう。


 見慣れない景色。初めて見る光景。


「もし、さ……」

「うん?」


 私の小さな呟きにトモちゃんが反応を返す。


「もし、私もトモちゃんも合格すれば、毎日この道を通うんだよね?」

「まあ、そうじゃない? 一番近い道だし」

「じゃあさ、じゃあさ。帰り道はあそこのパン屋さんで買い食いしたり、本屋さんで立ち読みしたりするようになるのかな?」

「あー確かに。あのパン屋さん美味しそう」


 言葉にすると、ワクワクとした気持ちが胸の中に芽生えてくる。


「入学式の時にはあの桜咲いてるかな?」

「時期的に咲いてそうだね」

「やっぱり! じゃあさ、じゃあさ!」


 ワクワクとした気持ちが溢れて止まらなくなる。


 少し先の未来を想像するだけで楽しくてたまらない。さっきまで感じていた不安なんてどこかに吹き飛んでしまったみたいだ。


「行こうトモちゃん。合格発表始まっちゃうよ!」

「う、うん。急にどうした?」


 トモちゃんの手を引いて駆け出した。



 学校に着くとすでに人だかりの山ができていたが、合格発表はまだ行われていなかった。


「あんた何番だっけ?」

「0051。51こい、つまり恋! 私にぴったりの受験番号だね!」

「うーわ。すっかりいつもの調子だ」


 そんなやりとりをしていると、この学校の先生らしき人が丸めた模造紙を持って歩いてきた。


 周囲の緊張が高まる。いよいよその時が来たのだ。


「き、来たね」

「う、うん」


 流石のトモちゃんも僅かに緊張した様子を見せる。


 そして張り出される受験番号。


 人混みに揉まれながら自分の受験番号を探す。


「0051番、0051、51、51こい、こい! 恋! 恋! 来い! 来いっ!!」

「待って待って。馬券握りしめながらテレビ見てるうちのお父さんと同じ感じになってる!」


 必死に番号を探す。


 周りから歓声や嘆きの声が上がるが必死に聞こえないふりをする。


 まだ見つからない。


 もしやないのでは? 


 そんな不安が頭によぎる寸前、私はその番号を見つけた。


 0051


「あった、あった! 受かったよトモちゃん!!」

「おーよかった! 私も受かってたよ!!」


 トモちゃんに抱きつきながら二人で歓声をあげる。


「やった、やったよトモちゃん! 合格した! これで彼と同じ高校に通える!! やったぁ!!」

「わかった、わかったから。少しは落ち着きなよ」

 

 苦笑しながら諌めてくる。


 だけど落ち着いてなんていられない。


 目の前が一気に開けた気分だ。


 明るい未来が待ち構えていることに胸が高鳴る。


 春一番の風と共に、私にも春が訪れたのだ。


 私はこの高揚感に逆らわず、湧き上がる感情のままに歓声を上げた。



「よし、よし! よっしゃ! ばんざーいっ! イエスイエス!! しゃあオラァ!!」

「喜び方が高校生になる女の子のそれじゃない」

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