第27話 ハムの出来栄え2
「さて、まずはハムから味見するかの。まずは生、それから焼きじゃな」
部屋の奥の方にあったチェストのようなものの近くに移動すると、それをてきぱきと展開していき、部屋の真ん中にキッチンを作り上げてしまった。
そのまま、慣れた手つきで数種類の厚さに切り分けたハムを皿に盛っていく。
それと同時に、鉄板の上でハムとベーコンが焼かれているのだ。厚さの違うハムとベーコン各三種ずつが並べられた。
焼き終わると同時に、メイドが先ほどの応接テーブルに料理を運ぶ。
「さあ、冷めぬうちに食べようぞ」
それから一種類ずつ味わって食べていく。
燻製して火を通してあるからそのままでも食べられるはずだが、この赤い肉を咀嚼するのは慣れていないので新鮮だった。
「ふむ……。味の感想の前にまず問うが、貴殿はハムやベーコンを何のために作っておるのじゃ?」
「何のためですか?」
「あぁ、味はまあ凡庸ではあるが悪くはない。
しかし、それは庶民の食卓レベルじゃ。
領内の庶民向けレストランでは使えようが、貴族向けに売るのは難しかろう?」
「左様でございますか。元より貴族向けの品と下級富裕層から一般家庭程度までの品の複数展開を視野に入れて商品展開をしようと思っていました」
その返答を聞いて夫人は悩んでいるようだった。
貴族向けではない商品もあると聞いてから、何かしらの方策が必要だと考えたようだ。
「ふむ、貴族向けでないなら割高いスパイスは使えぬな……。
貴族向けならスパイスを入れた嗜好品として、ワイン等にあうように塩味を調整すればいける。
庶民向けという事を踏まえて改めてハムを生で食べてみよう。
ふむ、若干臭みがある。
このままでは焼いても若干臭みが残ってしまうのじゃ。肉を食べつけておらぬゆえ、敬遠されてしまうかもしれぬ。
これは血抜きが不完全のようじゃな、水にさらして温度を上げぬよう気を付けながら絞るようにするとよい」
使い方に合わせたアドバイスを瞬時にメモに書き留める。
気づかなかったことや気をつけることが満載だ。
「さて全体的なアドバイスのまとめじゃ。
ハムはまだ塩気が強い。漬け込み期間は十日程か?
塩漬けしたら一晩以上真水にさらして塩を抜いて、表面をよく乾燥させて燻製するように、これだけで味がギュッと凝縮されよう。
貴族向けの物は脂身と赤みのバランスが良い部分を使い、しっかり血抜きをしてから塩とハーブなどで臭み取りをしっかりし、熟成期間を長めに取りれば上質な味になろう」
基本原則と、それから応用を分けてメモをする。
これはもっと試すパターンが増えてとても大変そうだぞ……。
「燻製でもベーコンもハムも火を通して食べる方が受け入れられやすかろうな。
そうの、ベーコンは今の味くらいの塩味でよいが、塩味が濃いゆえ薄切りの状態でニンニクやオニオンなどと一緒に炒めてから、揚げた芋と合わせてみたり、パンに野菜と一緒に挟んで塩味の感じ方を減らしたりして食べるとよいじゃろう。
ハムは厚めに切ってからカツレツやステーキにするとよさそうじゃ」
「なるほど。制作段階で血抜きを充分にすれば臭みが抑えられるのですね。
ところで、ベーコンを使ったスープ料理はどうですか?」
夫人は若干笑いながらうなずいた。
スープ料理に使うと、味に深みが出ることは容易に想像できたのだろう。
「貴殿は帝国に行ったことがあるのだったな。であれば、ポトフスープやミネストローネは知っておるか?」
「残念ながら、ポトフは我が家で雇用しているメイドが食べたことがあるくらいで、私は口にしたことがございません。
ミネストローネについては初耳でございます」
「ふむ、ならば我が弟子のレストランを紹介しよう。
下級貴族や富裕層向けのレストランのシェフで帝国料理にも精通しているから、それ以外の使い道も教わることができよう」
「ありがとうございます。私が習って広めようと思います」
「あとは、ハムの
ハムの工場は王家に献上している上級貴族向けの店ゆえ、心して行け」
「ご厚意痛み入ります」
「うむ、またの試食を楽しみにしておるぞ」
それからは紹介状を書いてもらってから、今日はクラーラ伯爵領に泊まることにした。
美食の都だけあって、下級貴族向けの中堅ホテルでもスレイ男爵領の最高級ホテル並みの食事が提供された。
料理の水準の高さに、明日からの研修を全力で挑まないといけないなと決意を新たに床につくことにした。
翌日から十日ほど、紹介状を貰ったレストランで帝国料理を、ハム工房でハムの仕込みとベーコンの改良などの修業を行った。
夜には転移を私用して自領に戻っては、その日に覚えて来たことを復習して領内で生産しているハムやベーコンを実際に改良してみた。
工程を学んでいく中で実際に試せる環境が多いというのは技術の習得に便利だし、足りない道具を洗い出すことにもつながってとてもいい環境で勉強できている。
そして、極めてはいないが基礎的な技術を出来るようになって来たところで、親方から呼び出しがあった。
「レイショ。お前はもう少しで二年目の見習いと同じレベルでできるようになっている。
卒業試験に準じた工程にも不安がない。うちでは見習いを卒業して一般の職人になることを認めてもいい水準だ。こ
れからは自分で技術を磨く必要があるのだが、分からんことがあればいつでも聞きに来い。歓迎するぞ」
「ありがとうございます。出来た製品の味見なども含めてまたお世話になります」
「おう、頑張れよ。
本当に料理系スキルAAA+はすごいな……お前さんが騎士爵で領主でなきゃ跡取りとしてもっと鍛えてやれるのに」
「いえいえ、こんなぽっと出が跡取りなんてご子息に悪いですよ」
出来上がったハムは必ず親方に試食させて、合格点が出たらまたクラーラ伯爵夫人に持っていく予定だ。
あとはポトフやミネストローネのレシピを習いにレストランに行った。
こちらはできるようになるまで三日ほどだった。
「レイショ殿。レシピも味付けも数日で完璧に覚えられたようだな。本当に末恐ろしい才能だ。
さて、レシピの習得はベーコンを売り出すために使い方を教えるためであったな。
うちでは毎日コンソメを取ってからスープに使っているが、村などで個人経営しているレストランや一般の家庭ではそこまでする余裕はあるまい。
で、あるからしてこのような手で仕込みの手間を省くことを推奨する」
そこで提案されたのが乾燥ブイヨンの仕込みだ。
予め使う分のブイヨンを仕込んでから煮詰めて乾燥させ、それを鍋に溶いてから使うという物だ。
主に野菜のみじん切りと必要があればチキンの足などを一緒に煮出して、骨などを取り除いてザルで濾す。
その後、こげないように時間をかけて、改めてゆっくりと水分を飛ばすといった形だ。
「注意してほしいのだが、水分を飛ばしたブイヨンの粉をお湯に溶いても完全には溶けないようだ。
粉っぽいものが残ってしまうのだが、それ自体もいい味がしている。
その味を残すために食感の悪い溶け残りを残すのか、食感を重視して取り除くかは料理人の考え次第だ。
吾輩はベーコンなどで味を足すのであれば、食感のために溶け残りを取り除くとは思うが、使ったことがないので自分で考えて欲しい」
「ありがとうございます。これで自家製ハムとこのレシピを合わせれば、新たな名物として広めることができそうです」
「いや、なに。知識だけあっても高級店では使えない家庭料理のレシピなのだ。
使いたい者があるなら美食の普及のために喜んで提供させてもらうよ。
無論、秘伝のレシピは無理だがね」
「そうですね。では、オーナーシェフまた何かありましたら、ご相談させていただきたく思います」
「あぁ、達者でな」
これで約二週間に及ぶ武者修行(料理)が終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます