第26話 ハムの出来栄え1

 それから二週間ほどでハムの試作品が出来上がった。

 鹿肉の色のせいで表面は浅黒い色をしているが、中は割と赤みが有って美味しそうだ。

 味見のためにブロックを切り出し、よさそうなところをスライスした。


「しょっぺ」


 食べられないことはないが滅茶苦茶うまいかと言われるとそうでもない。

 燻製にする過程で加熱されているので、そのまま食べることも出来るが、小さく切ってスープに入れた方が塩味が抜けて食べやすいかもしれない。


「うむ、よく出来ているが……確かに少し塩味が濃いな。

第二陣の燻製を作る前に塩抜きの時間を二割延ばすようにしよう」

「脂身と肉のバランスはいいのだが、人間が食べるには塩味が濃すぎるようじゃ。

ワシはこのガツンとくる塩味も好きじゃな、ワインよりはエールでさっぱりさせる方が合うと思うのじゃ」

「確かにな……となると、今よりも塩味を抑え気味のそのまま焼いて食べるハムと、薄切りにして焼いて食べたりスープに入れたりできる濃い味のベーコンを分けるといいかもしれない」

「ベーコン?」


 ほほう、博識のポッドでもベーコンを知らないのか。

 であれば、オーシス王国の貴族たちも知らないだろうから余計に喜ばれるかもしれない。

 そうだな、ベーコンについては詳しい奴に説明してもらうか。


「トルメ。ベーコンについて解説してもらえるか?」

「かしこまりました。

ベーコンはナトマルキ帝国で作られた保存食です。

山脈の多い帝国内を運ぶ際に、お肉が腐らないように塩漬けにしてから燻製にした保存食で、常温保存でも製造から一ヶ月程度なら安全に食べられます。

ハム以上に塩分が多いため、厚切りのステーキなどではあまり食べられず、帝国内では薄切りにして野菜やパンにのせて食べたり、塩味の少ないチーズなどにからめて食べたりします。

あとはポトフという野菜と塩漬け肉のスープの具として使われることが多くございます」

「なるほど、詳しいな。それにしてもスープの具か。意外な使い道じゃな」

「はい、帝国で服飾の仕事をしておりました際に口にしました。

熟成されたお肉の深い味わいがスープ自体に溶け出すため、ブイヨンをしっかりとらずとも手頃に奥深い味のスープになるのです。

家庭料理としても美味しく、レストランでしっかりとブイヨンをひけば上質な食事となるものもございます」


 トルメは帝国に居たのは知っていたが、過去に服飾関係の仕事もしていたのか。

 それにしてもなかなかいい情報が手に入ったな。


「トルメ、そのスープの作り方はわかるか?」

「味は心得ておりますが……実際に作ったことはございませんね」

「分かった。しばらくはシノとナギを伴ってスープの再現レシピを作ってくれ。

うまくいったら夕食に出しても構わんし、味が良ければベーコンと共に売り込んでみるからさ。

あと、明日から午前の二時間ほど服飾班に裁縫の指導も頼めるか?」

「どちらも心得ました」



 さて、第一陣のベーコンができたのでそれに合わせてとある貴族の家を訪れることとしていた。

 クラーラ伯爵夫人という、この国でも有数の美食家である。

「王家に献上する食品は、まず彼女の舌を満足させる必要がある」と言われるほどのご意見番的存在だ。

 他の貴族と違い、会うための支度金が少ない代わりに、必ず美食を献上する必要があるのである意味会うための難易度の高い御婦人であった。


「クラーラ伯爵夫人。本日はお会いいただきありがとうございます」

「美食ある限り貴族以外とも会うのが私ですから、お気になさらず」


 クラーラ伯爵家の騎士団も現在鍛えているので、挨拶と美食のアドバイスという名目でアポイントメントを取り付けた。

 上級貴族のわりに物腰の柔らかそうな女性だ。ちょっとふくよかだが、血色もよく見た目以上に色気の強い御仁である。

 毒殺しに来た貴族が、毒ごと胃袋に収められて殺害に失敗し、すごすご帰宅したとの噂もあるが、どこまで本当のことなのやら。


「さて、本日はどのような美食をお持ちいただいたのですか?」

「申し訳ありません。実はまだ試作段階なので御試食をいただいてから、領地にて改良を重ねていくたく思っている品なのです」

「構わぬ。未熟な品の改善点を指摘するのも美食家の役割の一つである」


 断りを入れてからマジックバッグより敷布を出し、その上にハムの原木とベーコンのブロックを取り出した。

 ハムは燻製前に塩抜きをしっかりした改良品、ベーコンはハーブをもみ込んで臭み取りを行っている。


「ほう、骨付きのハムと……こちらはベーコンか。

材料はハムが鹿でベーコンは猪じゃな。

ふむ、ベーコンは帝国でよく食べられているが、王国で作っているところはまだ少ない品だのう」

「ベーコンをご存じでしたか。流石はクラーラ伯爵夫人ですね」

「うむ、王宮勤めの時代には陛下の毒見役としてあらゆる食材を食べてきたものでな。

諸外国の珍しい品も数多く口にしてきておるのじゃ。

卵の中で孵化しかけの鳥のヒナなども骨まで食べたぞ」


 あの気持ち悪くて無理だった奴も食ったのか。

 本当に雑食というか……毒すら食べてきたというのは噂でなく真実かもしれないな。


「こちらのベーコンですが、我が領地での特産品開発の際に塩に漬けすぎた辛いハムが出来まして、それが帝国で食べたベーコンに似ていたため、そちらを再現しようとしたものであります。

領民は本物を知りませんので、私の舌を頼りに再現させてもらいました」

「家政AAA+の舌で再現したベーコンか。期待しよう。

確かにベーコンは上級貴族向けでないが、内陸の穀倉地帯では貴重な柔らかい肉で塩味も強いから喜ばれるであろうな」


 パンパンと伯爵夫人が手を叩くと、メイド達が何やら持ってきたと思ったらクラーラ伯爵夫人がドレスの上から何かを着用し始めた。


「御婦人、何を」

「そう言えば貴殿は初めてじゃったな。

なに、今から食材を吟味するでな。調理しやすい格好に着替えておるだけのことよ」


 そういうと、髪にバンダナを三角形に折ったものを結び付け、見慣れない白い布に袖を通していた。

 袖迄ついた白いエプロンか……背中の方まで布がついているからドレスが汚れなくなっていそうだな。

 それにしても、今まで行った諸外国でも見たことない服だな。


「貴殿も鎧を収納してこちらを身に付けよ。

これは割烹着と言ってな。遥か遠方の奥方たちはこれを着て家政を行うそうだ。

ドレスの上に着たこの布が調理中の汚れや油などを弾くので重宝しておるよ」

「そうなのですね。確かにエプロンと比べて腕全体をカバーできて便利そうですね。

もしかして、割烹着は領内のどこかで購入可能ですか?」

「あぁ、クラーラ伯爵領の服飾品店ならどこでも買えよう。

高い布は使わぬので、庶民も家で料理をする際には使っておると思うよ。

ドレスと違いサイズ違いで数種類売っておるから、大まかなサイズを見て買ってから、使う人間に合わせて丈だけ合わせるとよかろう」


 実際に割烹着を使わせてその性能・有能性を見せてから売り込むか……。

 俺もやろうとしていたが、本当の貴族は一枚も二枚も上手だな。

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