第24話 貰った奴隷の教育1

 さて、敵味方の区分けがはっきりしてきたので、穀倉派に取り入ってこちらの味方になってもらうためのあいさつ回りがいるな。

 既に彼らの騎士団を鍛えてはいるが、貴族本人とはそこまで関われていないので結びつきはまだ強くない。

 手っ取り早く仲良くなるなら、特産品を渡して定期的な取引をするというのが定石だと思われる。


 手土産として何が喜ばれるかと言えばやっぱり肉だ。

 穀倉派貴族の領地では労働力として牛などを飼ってはいるが、彼らは引退するまでに肉にしないので、基本肉が固くてスジがあるのだ。

 だから、辺境から渡して喜ばれるのは柔らかくてジューシーな肉、特に北の辺境で取れる鹿肉や猪肉は気温の低さもあって肉と脂肪の比率がとても良いので、保存性を上げた肉は持参品として喜ばれるのだ。


 そうなると人手が滅茶苦茶に必要になるから、スコットから貰った奴隷たちがその作業に使えるのかを鑑定していくことにした。


「スレイ領からやってきた罪人たちよ。今から軽く尋問を行わせてもらう」


 牢屋の中で出された食事にがっついていた奴隷たちは、震えながら牢の隅に固まってしまった。


「墓荒らしなんてしてないよな?」

「勿論でございます。

今日食べるものにも苦労する我々が何日も土を掘り、副葬品を盗みだすなど不可能。

さらに信用無き我らが高額な副葬品を流通させるなど無理です」

「武器屋は身分の確かな騎士や冒険者等でないと売買ができません。

自分たちは持ち込んだとしても現金化はできないのです」

「よし、分かった。確かに盗む道理がない。

よって、無罪とはいかぬが相応の減刑を約束する」


 この程度の問答で許されると思っていなかった奴隷たちはキョトンとした顔でこちらを見ている。


「もう終わりですか?」

「あぁ、尋問はこれにて仕舞い。では、お前達には強制労働一年を言いつける。

まずは我が家に入り風呂と飯、それから健康診断を行う」


 メイドたちに施したのと同じように、女性はメイド部隊に風呂の使い方を聞き、男は俺が分身してまずは軽く洗ってやる。

 汚れを落とすだけなら魔法で良いのだが、傷跡を見たり、破れた服から新しい服に着替えたりする都合上、一度風呂に入れるのが早い。


 食事については数日与えられていなかったようなので、具の少ないスープ系とパンだ。

 パンはスープかミルクに浸して食べてもらうことにした。

 胃が慣れるまではしばらくこの食事を続けてもらうことになる。

 健康診断をしてみたが、特に大きな病気や怪我をしているものはなかったので、数日以内に仕事ができる程度に回復できるだろう。


 実は奴隷たちを貰い受けることが決まってから、急ピッチではあるが村の大工に依頼して、仕事用の小屋と寝泊まりが出来る部屋を用意していた。

 全員に旧式奴隷紋を施してからその部屋で寝泊まりしてもらい、体力を回復させた。

 四人部屋でも、これまでの劣悪な環境よりは快適に過ごせるだろう。

 男女合わせて四十四人突然の大所帯だな……確かに財政的にはダメージが入りそうだ。



 三日後、奴隷たちの体力が回復したので仕事を振ることにする。

「よし、君達には今から我が領内での新規所業のスタートアップメンバーとしていくつかの仕事を割り振ることにする。

出来高で食事量を変えたりはしないので安心して欲しい」

「そんな事信じられませんよ。貴方もいずれ裏切るのだから」

「信じなくてもいいさ、たかだか数日で信じろという方が無理だ。

だから、これからの行動で判断して欲しい」


 取り敢えずの挨拶が終わった後は、それぞれのスキル鑑定結果を元に班分けをした。


 アズサを代表とする狩猟班十四人、フノウ率いる農業班、メリノ率いる服飾・調理班、トビ率いる土木班はそれぞれ十人。

 班分けをしてはいるが、それぞれ連携して力仕事や小さな細工などを分担できるようにしている。


 狩猟班は手土産の肉と災害備蓄、それ以外は戦後に必要になるものの準備に充てることにした。

 農業班はまず専門家の元について、草刈りや開墾などをさせる。

 農業系のスキル保持者が多いから、きちんと吸収してくれれば、この土地での農業で交易品が作れる可能性が生まれる。

 ちなみに、今育てているのは魔王討伐の旅の途中で手に入れた、コーンとアルファルファというものだ。


 コーンもアルファルファも土の乾燥したこの土地に強いということで採用した。

 どちらも若いうちは人間が食べられるし、コーンは乾燥させて日持ちも十分、アルファルファは人間が食べられる時期が過ぎても大きく育てば家畜の飼料にもできる。


 コーンは特に用途が多く、皮なめしに必要な油を搾れたり、発酵させてアルコールにも加工できたりするのが強みでもある。

 乾燥したものを粉にして小麦の代用品として使えるし、備蓄としてはこの上なく使いやすいのだ。

 肉体労働に加えてこの班には、コーンの加工品として油や酒の仕込みもしてもらう予定でいる。


 服飾班はポッドの指導を受けながら包帯やガーゼを作っている。

 機織りをするにしてもすぐに緻密なものは作れないから、隙間があっても大丈夫な包帯が適していた。


 作業小屋の一つはクリーンルームとし、入口で煮沸消毒した服に着替えてから布製の手袋とマスク着用で作業に当たる。

 大きな鍋で湯を沸かし手作業で織った布を煮沸して風魔法で室内乾燥し、丸めてこれまた煮沸した密閉性の高い木箱に四巻単位で入れ、更に大きな木箱に保管する。

 包帯が十分な数ができたら、洋服などに使える大きな布を作っていくのもいいなと考えている。


 土木班の仕事だが、ここは村の職人に任せることになっている。

 まずは開墾の手伝いだ。下賜いただいた森の開墾を、村の大工の親方に指導してもらいつつ、切り倒した木材の枝を打ち、乾燥小屋に保管して貰う。

 木はある程度乾燥させないと使えないのだが、長期使用ではなく緊急で数カ月使うものだから乾燥はそこそこにして、物資として必要なものの製作もしてもらう。


 それが俺と親方で一緒に考えた簡易テントの「傘型テント二式」だ。

 てっぺんにロープをくくる場所を付けた長さ二メートルちょっとの大型の杭を地面に打ちつける。

 別途、一メートル半の杭を四方に打ち込んで囲いを作り、杭と支柱をロープで結ぶ形式だ。

 長さを測る必要がないように、中心の支柱と外枠の杭にロープをくくるのと同時に、外枠の杭に二本のロープを張ってすべてのロープがピンと張れば良いようにした。

 それに布を縛り付け、地面に擦るように布を余らせてあるから短い杭や石を置き隙間からの雨風も防ぐことで完成する。


 大人二人もいれば一時間以内に建てることができ、半径四メートル程度の部屋になるのだ。

 数人で寝泊まりするなら十分な広さがあるし、においなどがこもりにくいよう上部には換気できるように開口部もつけ、この部屋の中で煮炊きするだけで空気が入れ替わるという素敵仕様だ。


 屋根材や床のマットは毛皮でも代用するが、それだけでは足りないから、そこはムセイに根回ししてもらって各地の教会に防水布を届けてもらう、名目は雨漏り対策として。


 さて、狩猟班は俺担当なのだが……今日は鎧ではなく森に溶け込みやすい茶色ベースの狩猟スタイルだ。


「まずは片手剣と弓の扱いになれてもらう。

獣を取るための罠は俺が設置するから、君たちの任務は罠の巡回と獲物の狩猟、罠の再設置、食肉への加工だ。

二人組を作り、バディと共に行動することを基本としてくれ」


 そう言って、刃渡り四十センチ程の片手剣とまだ弦を張っていない弓と弦を配る。


「片手剣は利き手と反対側の腰の横あたりに当てて、こうやって紐を前で結んでくれ。

背中には矢筒も付けるからあまり片手剣を後ろにしないように。でも、落とさないようにきちんと結ぶんだ」

「領主さんよ。武器なんて持たせて俺達が」


 そう言いながらアズサが俺の首を狙うが、俺は後ろから不意打ちされた片手剣を、振り返ることなく素早く受け止める。


「裏切ったらどうする気なんで?」

「そんな優しい太刀筋で人が殺せるとは思えないがな。何なら全員で来るか?」


 アズサの剣から力が抜け、剣を鞘に納めた。


「いや、やめておこう。というか無理だろ。隙がなさすぎる。

その気があれば俺は何回も死んでいるはずだ」

「お、おい、アズサどうして止めるんだ。もう少し押し込めば手傷くらい……」

「コレを見てもそう思うか?」


 質問をした奴隷の一人が俺たちの横に回り込んで状況を把握しようと覗き込んだ。


「こいつは俺の全力の一撃を鞘だけで止めて、本命は腹を狙っていたのさ。流石勇者、戦い慣れが過ぎる」

「そりゃ魔王討伐までしたもんで、誰よりも実践経験は豊富だと思うぞ」


 アズサに向けていた剣を鞘に戻しつつ、全員に元の位置に戻るよう促した。

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