第19話 戦火の兆し1

 後日、俺は王都の外れのムセイの別荘に転移して、呼び出したムセイと会っていた。

 表向きは果樹園と農業の技術指導員の引き渡しだ。


「おう、どうした?報告書のやり取り以外で呼び出したりして」

「いやなに。仕事の報告も兼ねて会っておこうかと、ね」

「わかった。お前ら、下がれ。此処から先は男同士の話だ」

「しかし」

「相手は元とはいえ勇者で俺の親友だから問題ない。それに、キルデス卿との模擬戦を見ただろ。

こいつが本気で暴れたら全員でかかっても三秒と持たん。居ても居なくても一緒だ」

「かしこまりました……」


 二人だけになると、部屋に結界とブラインド、サイレント、念の為ムセイがホーリーフィールドを張る。

 聖属性だけはムセイの方が使いなれているのだ。

 フィールドを張るやいなや、テーブルの下からパリッという音がした。


「低級の盗聴魔物か……これはサーチ系魔法にもかかりにくくて厄介なやつだな」

「今回は首謀者の関係者と全員と面会しているから、絶対あると思ったわ。んで、仕事の話とは?」

「あぁ、キルデス騎士爵と謀反陣営の動きが読めてきたんで、今のところのまとめとこれからの話だ」


 そこからはポッドに話したのとほぼ同じ内容を説明した。

 キルデス騎士爵の離反の可能性、建国祭を狙ったテロが起こること、謀反への備えとして各地の騎士団を鍛え直したいということ。

 その手始めに鍛えたスレイ男爵家の騎士団と王国騎士団を戦わせたい事を告げる。


「そのためにスレイ男爵の騎士団を鍛えたのか」

「あぁ、論より証拠。スレイ騎士団と王国騎士団の模擬戦を見せて、『レイショが鍛え直せば一、二ヶ月で王国騎士団並の練度の兵士が出来ます』と宣伝して各地を飛び回るのさ」

「しかし、国は広いぞ?」

「何を言っているんだ?俺には転移も分身もあるから興味のある貴族に転移用の転移紋と部屋を用意してもらえば同時に五騎士団を指導することも可能だぞ。

まあ、他の作業もあるから実際はニ、三個だとは思うが」

「相変わらずだな、この体力オバケは。丸二日寝ずに戦って森を抜けたことを思い出すよ」


 あの時は睡眠の魔法で休んでから、本当に二日寝ずに走りながら戦ったからな。

 ムセイ以外は全員睡眠の魔法を使えたから無茶できたし、何より俺は若かった。


「ま、そういうことだから、信頼できそうな臣下を集めて、スレイ男爵騎士団対王国騎士団の模擬戦を組んでくれ。

御前試合じゃないからたいした褒美は出せないが、代わりに俺のメイド達が菓子を振る舞おう」

「お前のところの菓子は旨いからな。あと、可愛い子いるんだろうな?」

「無論だ。美容を頑張っているかわいい女の子も鍛えているぞ」

「乗った。その子俺のところにつけろよ」


 無論だ……トルテとムセイを引き合わせてやる。

 お互い結婚願望が強いし、面食いだし、ムセイも子爵の四男で家督も継げないからと、政務官になった際に騎士爵を叙勲し家から独立している。

 爵位はあるが一代貴族で子に注がせる家督もないため結婚相手の身分を気にしないのだ。

 ムセイ相手ならトルテのような村娘からでも正妻になれるチャンスがある。


 勘違いされやすいが、騎士爵は騎士だけに与えられる名誉爵位ではない。

 学者や文官など、王国の臣下として多大なる功績を持つ者、王国に富をもたらす者を国外に流出させないよう抱え込むための爵位でもある。

 故に元平民や元奴隷、ムセイのように宮仕えの文官にも等しく与えられているのだ。


 オーシス王国独自の制度ではあるが、抱え込み政策の一つとして年金がある。

 これは、不労所得を欲したムセイが提案し採用された制度で、騎士爵のような領土を持たない貴族に対し、領地を与える代わりに年間金貨三枚から十枚の年金が与えられている。

 平民からすれば平均年収以上の十分な金額ではあるが、貴族として王都で暮らすには年金だけでは交際費や食費でギリギリの金額となり、ほぼすべての年金貴族が公営の研究所や騎士団での任務、ムセイのように宮仕えなどをして働いている。


 逆に俺のように領地を持てば年金はなく、代わりに町民や商家などからの徴税が可能となり好きに収益を得られるが、土地の広さに応じた納税の義務が発生する。

 税金制度は……まぁ複雑だが無茶な税金を課す必要がない程度には重すぎるものではない。



 後日、スレイ騎士団百八人と王国騎士団二百五十人の模擬戦が開催され、約一時間に及ぶ激闘の末、辛くも王都騎士団に軍配が上がった。


 開始前は圧倒的な人数差からすぐ決着がつくと思われた居たが、終わってみれば倍以上の人数差の上、辛勝という王国騎士団にとっては屈辱の結果であった。

 スレイ男爵が出ていてこの結果なら納得だったろうが、スレイは戦闘を放棄して一目散に観客席で応援に徹していたのに、この人数差で圧倒できずに拮抗した時点で、事実上の大敗ムードが漂っていた。

 コセイ男爵時代の騎士団を知るものからすると、スレイ男爵に交代後数ヶ月でここまで鍛え上げられているのは驚異的とも見えた。


 スレイが「レイショに二カ月弱面倒を見てもらい、さらに自己研鑽を重ねた結果である」と観戦席を飛び回りながら宣伝したことで、模擬戦終了後に各地から自領の領兵を鍛え直して欲しいとの依頼が殺到した。

 予想外に数が増えたため、スレイ騎士団の隊長三名を借り受けることにした。

 隊長の名前は、ショー、タイツ、ヨウといった。


 彼らを一人ずつと俺のアルター・エゴを使って五箇所の騎士団の平時の指導教官とし、週に二回本人である俺が顔を出して直接指導するスタイルを取った。

 教本を作成が必要となったので、トルテには土嚢の積み方や剣の振り方などを簡単なイラストを書いてもらい、俺とポッドでマニュアルを書き上げる。

 草案をショー、タイツ、ヨウにも確認してもらい、過不足無いことを確認してから、手の空いているメイド総出で原本から版木にし、教官と現地騎士団に配る分を刷り上げた。

 隊長クラスであれば文字を読んだりできる程度の基礎教養はあるため、紙の指示書でも問題ない。


 これはメイドへの文字や計算の教育セット同様に、教官であるスレイ騎士団隊長、及び指導先の隊長達に渡すマニュアルのようなものだ。

 それを使い、ショー達と俺で各騎士団の隊長たち数名と座学とを行ってから、実際に各隊の兵士達に教え込んでいく教育方式を取った。


 既に一流の教官であるショー達は、派遣先の隊長たちの疑問にもスラスラと疑問にも答えていき、実践を交えた指導を行ってその実力を見せつけて信頼を勝ち得ていった。

 俺も可能な限り時間を割いて見込みある若者には個別指導をしたり、行軍時にすぐ作れる疲労回復料理など指示書だけではわからない細かな部分を教えたりしていった。


 よほど美味かったのか、隊舎の新メニューとして採用されるところもあったらしい。

 そこで感じたのは中央の騎士団は特に対魔物戦闘には不得手であること、辺境の騎士団でも対人戦の経験不足があることだ。

 だから、締めくくりとして三面六臂を使わない魔力を減らした土人形アースクローン五十体との模擬戦を行い、対人戦の経験値を積んでもらった。

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