第17話 御前試合3

 その頃、ポッドは暇とばかりに陣幕内でクッキーとお茶を嗜んでいた。

 そこに密かに近寄る影が一つ、キルデス陣営のアサシン職であるヒッソリーニ・キルデスだった。

 キルデス家の長兄ではあるが、ヒトメッチャ程の功績がないため爵位は貰えていないため、今回の御前試合で王にアピールして末弟・ヒトメッチャのように貴族として独立するのが彼の夢であった。


「速攻戦術を取りながら陣幕を留守にするとは愚かすぎる……たかだか女中一人で旗が守れるか」


 ヒッソリーニの得物は吹き矢と短刀、場合によって暗器も使うが此度は不要と判断し、重量のかさむものは大幅に減らしている。

 今はメサに溶け込む迷彩の布を被ってメサの地面に同化して、レイショ陣営の陣幕にもぐりこんだところだ。


「後はこの吹き矢で旗を撃ち抜けば終わりだ……」


 フラッグ戦のフラッグにはとある魔術的な仕組みが施されている。

 物理だろうと魔法だろうとはたまた毒だろうと、一般的なサイズの人間が死ぬ程度の有効なダメージを加えることで、自動的に花火を打ち上げるのだ。

 吹き矢で致死毒を打ち込んで仕留めるのが、弟すら出し抜き自分の実の有用性を示すヒッソリーニの策略であった。

 このフラッグは要人の見立てであるから、誘拐されるまたは殺害されないように守ることがこの試合の意義なのだ。


「ククク……これで終わりだ」と言わんばかりの速度で猛毒付きの吹き矢が放たれ、フラッグの軸に刺さり──刺さらなかった。

 メイドが食べていたクッキーを一枚飛ばし、吹き矢を


 偶然なのだろうと思ったヒッソリーニはもう一度吹き矢に猛毒を塗り、改めて射出する。

 結果は同じだで、クッキー一枚に吹き矢を阻まれたのだ。


「おい。貴様。私のクッキーを何枚無駄に消費させるつもりだ」


 メイドはヒッソリーニを一瞥することもなく語り掛けてくる。

 あのクッキーは偶然ではない、意図的に投げて吹き矢を叩き落していたのだ。


 逃げなければ。

 そう思った瞬間、メイドの投げたソーサーが、後頭部にクリーンヒットし、ヒッソリーニは気を失った。


「まったく、その程度の気配偽装でワシが騙せると思ってか……チッ。

今のでクッキーが無いなったわ」


 ポッドは残る紅茶をグイッと飲み干すと、立て掛けておいた剛弓を手に取る。

 つがえる矢も弓自体も魔物素材を使用した特注品だ。


 ギリギリと音を立てて引き絞られた弓で狙いをつけ放つ。

 弓を置いてポッドがティーセットに新しい茶葉とお湯を入れると同時に、空を割く轟音が会場に響いた。


 その頃、俺の本体はキルデス卿と睨み合いを繰り広げ、アルター・エゴは四天王と斬り合いを続けていた。

 膠着状態を脱するための一手を読み合うのも、なかなかつかれるものだ。

「分身の割につえぇな。やはり引退したといえ勇者か」

「まだ引退して数ヶ月ですよ。そうそう鈍りはしませんて」


 アルター・エゴを倒すためにシューが弓を引き絞る。

 今まさにアローレインを放とうとしたその時、シューの持つ弓にポッドが放った矢が命中し、シューの弓矢が爆ぜた。

 また、発生した衝撃波によりレイショ陣営付近で攻防を繰り広げていた戦士も何人か気絶したようで、キルデス陣営が若干劣勢になっているのが見て取れる。


「なに!?どこから」

「陣幕の内側だな……もう一つアルター・エゴを忍ばせていたのだろう」

「馬鹿な……この距離でこの威力……いや、目の前のこいつならやりかねないか」


 パワーバランスが崩れた!やるなら今しかない!

「やれ!アルター・エゴ!」


 アルター・エゴは一気呵成スキルを発動し、防御を捨てて攻撃のみに特化させた。

 その状態で四天王と激しく撃ち合いを続けること一分。

 四天王の武器がすべて壊れ、猛反撃を受けたアルター・エゴ本体も瓦解した。


「ここまでか」

「四人掛かりでアルター・エゴ一つ落とすのがやっととは……嫌になるね」

「剣筋は見えた。次は負けない」

 四天王がフィールドから退場するのを見届けた後、キルデスと一騎打ちを開始する。


 キルデス卿が腕組みの姿勢を解き、己が大剣・破砦・黒龍ハサイ・コクリュウを抜いた。

 過去の戦いで石造りの砦を真っ二つに叩き壊した上でなお、刃こぼれ無しとの報告から、その名を賜った大業物である。

 しかし、その切り口は荒々しく、断ち切るのではなく押し潰したかのような見た目になることから、過剰なまでの攻撃力があるなまくらとの説もある。


「ようやく大将のお出ましだな」

 俺も三面六臂を解除し、自分の剣である神剣・音無シンケン・オトナシを装備した。


『お前さんよ。そろそろ二十分だが、手助けは要るか?』

『あと五分だけ待ってくれ。五分経ったら終了として敵陣を撃て』

『承った』


「ふむ、準備は終わったかね?」

「あぁ、待たせたな。キルデス卿」

「では、死合うとするか!」


 先ほどまで、シューの弓を射抜いた射手を探していた観客席の貴族や王都騎士団たちも、オーシス王国最強の男たちによる斬り合いが始まり、会場の目線は中央部分での戦いにくぎ付けになった。

 なぜなら、本来剣同士がぶつかることで聞こえるはずの甲高い金属音が聞こえないのだ。

 身の丈ほどもある大剣同士が激しく打ち合っているにも関わらずである。


 それが神剣・音無の能力でもあった。

 音さえ斬り伏せる、本来あるはずの風切り音、敵を切った時の悲鳴、物体を破壊した時の破壊音。

 それら全てを斬り伏せる隠密の剣。

 音がしないことで戦いのリズムがつかめず、耳を頼りに戦っていた強者ほどそのリズムが壊されるのだ。


「妙な感覚だな。確かな手応えがあるのに刃打ちの音が聞こえぬ」

「それが神剣・音無の由来でね……」

「なるほどな。武の無いものは騙されよう。しかし、所詮手品だ!」


 キルデス卿は静かに目を閉じ五感を研ぎ澄ます。

 いわゆる心眼と言われる気配斬りの一つだ。

 キルデスが四天王との戦いの間、けんに徹したのはレイショの剣の型を読み解くためであった。


 レイショの剣は王国内のあらゆる流派と異なる……いや、過去に見たヴィゾン騎士爵の使う一子相伝の秘匿剣術不二流剣術。

(不二流は一子相伝と聞いていたが、子の無いヴィゾン騎士爵はレイショに継承させたのか……)


 不二流は若き日のキルデスに唯一、完全敗北の文字を刻みつけた剣術である。

 失われたはずの流派との戦いは、キルデスにとっては叶わぬはずだったリベンジマッチ。

 血が沸かぬ理由が無いのである。


「面白い!面白いぞ!不二流剣術!今度こそ勝利を飾ってみせよう!」

「王国最強の名をほしいままにして、まだ上を求めるのかキルデス!」

「最強なものか!現にこれだけ打ち合っても貴様はまだ立っているではないか!

不二流に打ち勝たずに最強など烏滸がましい!今日貴様を越え!真の最強となろう!」


 まだまだ持ちこたえてはいるが、若干押され始めたな。

 アルター・エゴと三面六臂の使いすぎだな。

 短期決戦を望んでおきながらそろそろ二十五分を超える、体力が持たん。


「これで終わりだ!レイショよ!」

「それはこっちのセリフだ!」


 最後の力を振り絞った打ち合いの最中に、再び轟音が響くやいなやキルデス陣営から花火が上がり、御前試合は幕を閉じた。


「何が起こった」

「はぁ……はぁ……なに、陣幕の内からキルデス卿のフラッグを撃ち抜いただけさ。

この戦いが命の取り合いになりそう時に、セーフティとして用意していただけだ」

「五百メートルの精密射撃を……やろうと思えば開幕数秒でケリを付けられていたのか」

「あぁ、だが……貴殿と斬り合ってみたくて、そんなつまらない幕引きはここまで取っておいたのさ」


 わなわなと震えながら、剣を納めたキルデスはこちらに正対する。


「なるほど。確かに今の俺達では真似できぬ。まさに覇者の戦法よ。

恐れ入ったぞ元・勇者」

「それはお互い様でしょう?魔王軍千体を打ち破った戦術を、たった百と二十六人で止められたんだ。

こちらもキルデス騎士団の頼もしさと恐ろしさを知りましたよ」


 そうして握手を交わすため右手を差し出し、ガッチリと握手をした。


「ありがとうキルデス卿。貴方方が居たから、俺は王国を留守にして敵地に切り込めた」

「こちらこそ。魔王を打ち破った剣技に戦術に我が我流剣術が、我が騎士団が肉薄したのだ。

これまでの俺の鍛え方が正しかったことの証明となるであろう」


 こうして御前試合は幕を閉じた。

 お互いの胸のうちに僅かな違和感があることに、この時気付いていればまた違った結末が合ったかも知れない。


 陣幕に戻った俺はポッドにしこたま怒られ、王都スイーツツアーを確約させられた。

 その後、御前試合の報奨として、俺には金貨と果樹園と農業の技術指導員、キルデスには壊れた武具の修繕や新造の費用及びもう少しで肉にできそうな成熟間近の牛二十頭が送られた。

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