第16話 御前試合2

「旗を取られるまたは折られたら負けである!それでは、御前試合開始ィィィ!」

「「「「「おーーー!」」」」」


 キルデス陣営からときが上がる。

 十二人編成の小隊が十、それと四天王に大将キルデス卿計百二十五人。

 大音声だいおんじょうを上げながら突撃をしてくる。

 旗の守りなど捨てて全軍での突撃は、二人で戦っている防御の薄く見えるレイショ陣営相手ならある意味この状況では正しいと言えよう。


 突進を続けるキルデス陣営から、次第に矢の雨が降ってくる。

 二百メートルは離れているので届くことも当たることもほぼないが、万が一に旗に当たれば勝ちなのでこれは定番の戦術である。

 それを皮切りに俺は魔法とスキルを行使した。


三面六臂さんめんろっぴ!アース・アルター・エゴ!サンドストーム!」


 アローレインでの面での制圧には、魔法での面での制圧で対抗だ。

 三面六臂にて己を強化し、アース・アルター・エゴ──つまりは土分身であるが──で手数を増やし、複数体で一気に魔法を使用した。

 サンドストームは小型の魔物程度なら空に飛ばすことが出来る低級攻撃魔法だが、甲冑を着た人間相手なら目潰しにしかならない。しかし、矢の雨を風で散らす程度ならお手の物である。


 俺の反撃と同時に、観客席にいた戦士や宮廷魔法使いが一気にざわめき出した。


「三面六臂だと?」

「なんですか!あの魔王軍のような……顔が三つで腕が六本の異形は!」

「いやいや、それよりアース・アルター・エゴ……土分身を同時に十体じゃと?魔力が持つのか?」

「そもそも、土分身が魔法を行使するなんて普通ではありえませんよ」


 そうか、王国内では初めて見せるからこうなるか。

 これが魔王軍を倒した俺の基本戦術のひとつ、『分身して手数を補う』だ。

 分身は場所によって属性を変えるが、ココは乾燥したメサだから土属性の方が魔力消費が抑えられて相性がいい。

 さらに、普通の単純作業しかできない分身と違いアルター・エゴは俺の思考の一部をコピーして会話や自立戦闘が可能だ。


 三面六臂はスキルだから魔力は消費しないのだが、姿が変わるため体力の消耗は激しい。

 三つの顔、六つの腕を持つ異形のレイショは、それぞれが複数の盾と武器を手にしている。

 複数の目で状況を判断でき、更に筋力も上がる攻防一体のスキルだが、慣れていないと脳みそが焼き切れるほどの情報量に体が動かなくなる。

 自分含めて十一体も三面六臂を使うのは、まぁ非常識というよりは魔王か勇者でもなければ不可能だ。

 三面六臂のアルター・エゴ一体で、一小隊ずつ相手をする。


「ダーハッハ!分身で数を補おうか!

この人数相手でも臆さなかったのはそれが故か!

面白い!面白いぞ!勇者レイショ!」

「そりゃどうも」


 サンドストームに紛れて俺の本体は長距離跳躍をして敵の雑兵を飛び越え、キルデス卿の背面に回っていた。


 俺が剣を抜くと同時に、四回ほど甲高い金属音が鳴り響く。

 力量を読むためにキルデス卿に放った斬撃は、全て四天王に止められてしまった。

 当のキルデス卿は振り返ることも抜剣すらしていない。

 この程度の奇襲は部下が止めるのが当たり前だと言わんがごとく、雄大に佇んでいた。


「流石の強さだ。王国最強の呼び声は伊達ではないな。キルデス卿」


 序盤の戦況としてはシミュレーションの通りだった。

 しかし、ここで四天王に防がれることは想定外ではあったのだ。


 何故なら先程まで小隊に追従して全力で突貫していた四天王は、目隠し代わりの砂嵐に隠れた俺の跳躍に感づいた時点で踵を返し追いついてきたのだ。

 あまりにも速すぎるが、自分も似たようなものだから有り得なくはない。


「まさか、大将以外にこの剣を止められるとはねぇ」

「へっ、まったく本気じゃねぇくせにカッコつけてんじゃねぇよ!」


 四天王の剣を捌くと、俺は敵に背を向けてキルデス本陣に走った。

 これはフラッグ戦、戦わずとも旗さえとればいいのだ。


「待ちやがれ!」

「黙れっ!敵が待てと言われて待つと思うのか!」

「追え、四天王よ!」


 敵の陣地まで後一五〇メートル、スキル全開で走れば十秒ちょっとだ。

 よし、四人とも釣れたが……キルデス卿は動かないし涼しい顔をしている……まだ何か秘策があるのか?


「ハク!セイ!ゲン!止まれ!シュー!掃射!」

「「「了!」」」


 三人が止まると同時に後ろからアローレインが放たれ、俺の足を止めにかかる。

 と同時に、止まった四天王たちに向かって……地面の下から奇襲した。


「四天王!下だ!跳べ!」

「「「了!」」」


 が、寸前にキルデスの掛け声がかかり、奇襲が失敗した。



 観客席からはあまりにスピード感のある広い戦闘に声を上げる隙もないようだった。

 奇襲に失敗した俺は、数多のアローレインにより進路をふさがれる。


「さて、レイショよ。仕切り直しといこうか」

「いつから気付いていたんですか?」

「いつからか。貴殿の初撃に力が入っておらなんだからな。

これは陽動だとピンときた。まさか……」


 そう口にしたキルデス卿は目で追うことも困難な速度の斬撃を飛ばし、遠方にいたアルター・エゴの腕を二本切断した。


「土分身等という高度な術を同時に十一も展開し砂で目潰し。

うち一体を本陣に走らせ、本体は地下から奇襲とは」

「卑怯とは言うまいな?」

「まさか。楽しませてくれてむしろ感謝する。

貴殿は過去最強の手練れである」

「お褒めに預かり恐悦至極」


 言うやいなや、アルター・エゴはキルデス四天王の近接部隊を攻撃した。

  時折射られる矢と回復行動が厄介ではあるが、拮抗した状態で戦闘を進められている。


 それにしてもキルデス卿は本当に仁王立ちで指示を飛ばすだけで、あれ以降剣すら抜かない。

 コレが噂に聞く鬼神の姿なのだろうか?


 今展開している十一面の戦闘は全てが膠着状態に陥った。

 アルター・エゴ一体で十二人の小隊にも、四天王にも圧倒できないか……はてさて、どうしますかね?


「陛下……これほどの戦闘は初めてにございますな」

「うむ、逆に言うと勇者はここまで鍛え上げても魔王は討てなかった。

如何に敵が強大であったか、今初めて理解したと言えよう」

「左様でございますな……」

「封印出来ただけでも本来の満額の報奨を出すべきだったのかもしれん」

「しかし、本人が満額を望まず、また望んだものは与えておりますゆえ……。

そうですな。今後の活躍の際に特別報奨として、何かしらを与えればよいかと愚考いたします」

「それもそうだな……。結果として高くついたものよ」

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