第13話 屋敷の隠し通路とその先
スレイ男爵騎士団の体力づくりのため、午後は少し遠征をして川の近くで土囊防壁作りをやってみた。
「先生!いつものようにやってからではなく、やる前に訓練の目的をお願いできますか!」
タッパの大きな声が響く、ここ数日でかなりの伸びを見せ、初日のへなちょこ剣士からいっぱしの兵士の顔になった有望株だ。
「ただ理由を説明しても面白くないから、自分で考えてみてもらおうかな。
「はい、高い壁を作ることで敵の進行妨害や弓矢などから隠れる防壁とするためです」
「うむ、それも一つの正解だ。しかし、それなら塹壕を掘って前方の壁に体を擦り付けてもほぼ同じことが出来る。
土囊防壁が有効に働く場面は、それ以外にも川の流れを止めたり変えたり、洪水から逃げる時間を稼いだりできることだ」
兵士たちはそれが自分たちになぜ必要なのかが、分からないらしい。
これからの騎士団には絶対に必要になる技能なんだがなぁ。
「騎士団が戦うのは何のためか。それは領民を、国民を守るためである。
そして戦う敵は魔物や他国だけではない。自然も相手になるのだ」
そう言って下流を指差す。
この川の下流は海までスレイ男爵領が続いているのだ。
「この川の流域には様々な村がある。川の氾濫が起こると水害で家が流されることも有る。
そしてここに来るまでに通った農地や傍にある村や町も被害にあう可能性がある。
農作物が水に浸かると不作になったり、洪水で土地が不浄になって民が病気になったりする。
それは巡り巡って装備の供給不足や飢饉、疫病の蔓延につながるのだ」
そして教化スキルを少しだけつかい、言葉を紡ぐ。教化は相手に自分の考えを刷り込む時に使うスキルだ。
偏った思想のものが使うと邪教や魔王軍も真っ青の超軍事帝国が作れたりする。
さらに、既に教化されているものは上位の教化でもなかなか再教育ができないため、洗脳されていないかを確認する意味でも使った。
「人々を守るのが騎士の本懐、自然災害に立ち向かうこともまた、勇敢な騎士にしか出来ないのだ」
ここで教化スキルを切って、優しく話しかけるように切り替えた。
「分かってくれたかな?」
「はい!心に留めます!」
騎士団は洗脳されたり教化されたりして悪事に手を染めているものはまだいないようだな。
それからは土囊の作り方、決壊しない積み方を指導して実際に土囊防壁を築いていく。
横幅二十メートルを計五段積む予定だが、三段目に入る頃には皆手慣れていた。
これは月に一度くらい訓練すればいいだろう。
俺抜きでも訓練が進みだしたので、ちょっと野暮用を済ませることにした。
実は出発前に屋敷で会ったトルメから暗号で、「部屋にメモを投げた」と言われていたのだ。
超隊長の一人を呼び出し、訓練を中座することを伝える。
「すまない、部屋に忘れ物をしたから二十分ほど離れる。
取り敢えず、この高さで横幅二十メートルを五段ほど作ってから、手前に塹壕を掘って組み合わせてくれ。
塹壕部分と合わせて身体は隠れるが頭が出る程度の高さがベストだ」
「了解であります」
身体強化をかけてから見えなくなるまで走り、自室の転移紋めがけて転移をすると手紙があった。
「手紙の内容は……」
『昨夜スコットがレイスを憑依させ、スキルのレベルアップをしてからスレイを洗脳した……』
レイスは聖属性の武器か魔法ならすぐ倒せるほど魔法に弱いゴースト系モンスターだが、厄介なのが憑依だ。
取り憑いた相手の意識を乗っ取り、さらにスキルを強化する。
ほかにも、怪我や疲労も無視してひたすら暴れさせることも出来る。
精神異常耐性の低い仲間を人質に取られて、対策不足で負ける例は後を絶たない。
さてと、物音を立てぬよう部屋から飛び出し、身体強化を掛けて兵士のもとに走った。
転移用のマーカーを川の近くに刻んでおけば、魔法の転移でも転移魔法陣でも飛べたのだが、惜しいことをした。
演習をしている川まで走りながら、手にボウガンを持って忘れ物の代わりとした。
「遅れてすまない。土囊防壁の完成度を見るためにボウガンを取ってきた。
これで実際に強度や必要性を見てみようと思う」
そう宣言してから、土塁に向けてボウガンで矢を撃ってみたり、爆発系の魔法を付与した石を撃ちこんで耐性を見たりした。
結構しっかりできていたので安心した。
残りの時間は作った土囊防壁を使った紅白戦を行ったり、水魔法を使ってどのくらい水が止められるのかをチェックしたりした。
うん、とても頑丈で使いやすい防壁が作れているな。
夜は別な演習をするために、三分の一はこの場で野営残りはスレイ男爵家に返し待機とした。
三日かけてそれぞれの隊の夜間設営と野戦料理の研修だ。
ちゃんとこいつらに料理も仕込むぞ……うまい飯は体作りに必須だからな。
朝になると撤収して騎士団に帰り、野営部隊を別な隊に切り替えの野営に向かうことを繰り返した。
三日目の夜、見張り以外が寝静まった頃に、俺は野営のテントに転移紋を書きこみ、密かにスレイの屋敷に転移で戻ると、スコットの部屋を改めて調査した。
「む、この本棚は動かした形跡があるな……」
この部屋周辺にサイレンスをかけて本棚の本を手前に引いたり奥に押したりしていると一冊だけ奥に押せるものがあった。
魔物の生態や対処についての本を押し込むと本棚が横にスライドする。
「仕掛け扉だったか。……コレは地下に向かうハシゴか」
そこで俺は事前に用意したスコット風の執事服を着込んで、顔に覆面をするとその梯子を降り始める。
地下につくと通路があるので進み、今度ははしごを登ると、屋敷からほど近い丘の裏に出た。
屋敷方面を見ると、途中に丘があるから屋敷からこちらを視認することは難しいだろうという位置だ。
「これは本来屋敷から逃げるための緊急通路なのだろうな」
そんな事を考えていると、杖を持ったしわくちゃの子鬼……ゴブリンシャーマンが話しかけてきた。
「スコット様、何がありましたか?」
スコットのような服を着ている上に、武器を取らなかったのが功を奏したのか、はたまた相手の目が悪いのか、俺のことをスコットと誤解しているようだ。
「あぁ、お前か。少し警戒するようにとの忠告に来たのだ。
今うちの屋敷に元勇者のレイショが泊まっているのは言ったと思うが」
「伺っております。それ故に兵卒は洞穴から出ておりません」
「そのメイドも密偵だったようでな。このように夜中しか出歩けなかったというわけだ。これからしばらくは連絡も取りにくくはなると思う」
「やはりですか。警戒するとのことでしたが尻尾をつかみましたか」
尻尾をつかむため、ある程度露骨に調査させていたから、その効果が出たようだな。
「あぁ、彼奴本人と背の小さいメイドはそうだ。
背の高い方は今のところ尻尾をつかめておらんが、油断させるためにあえて密偵ではない者を混ぜているのかもしれん」
「やはり引退しても勇者……侮れませんな」
そうだ、こいつらを倒しやすいようにちょっと小細工しておくか。
「ところで、万が一に私のことがバレたときはこの通路は使えぬから、隠れ家の洞穴の付近に転移魔法陣を設置しておきたい。
そのために高い魔道具も買ったのだ。すまぬが
「かしこまりまして……。そう言えば、レイスはどうなりましたかな?」
「あぁ、よく馴染んでいるよ」
「それは結構ですな。精神力の高い方に憑依させるのは本当に難しい物ですので」
そして洞穴に向かうころ徒歩五分、入口の前には柵があり、両脇にゴブリン二体……いや、ゴースト系も居るな。
強襲だろうとゴブリンを倒して侵入したら隠れているゴーストが警報を鳴らして敵の出迎えが出てくると……かなり厄介な構成だ。
門を向けて、柵の内側に入り、洞穴の入口に近づく。
「足元にお気をつけください。トラップがありますので」
これはもはや要塞だな。
「あぁ、心得た。ただ、洞穴の中ではなく、入口の近く辺りに設置しておきたいのだが」
「でしたら、あの木の裏辺りはどうでしょう。擬態していますがトレントです。
屋敷からは完全に死角ですし魔物の裏にいればスコット様の魔力をサーチされにくくなります」
「うむ、申し分ないな」
そうして普段使う紋章とは形の違う転移紋をトレントの近くに刻む。
魔術紋は最低限の必要な術式に付加効果や飾りをつけて複雑化することが出来る。
奴隷紋や家紋に転移紋の紋章を仕込むことも出来るのだ。
「これでよいか。魔道具の転移だと一発勝負だから試せぬのが辛いところだな」
「転移を使える魔物を潜ませても良いのですが、スパイに気取られかねませんからな」
「あと、他の魔物たちにもこの事は言うな。秘密は知っているものが少ないほど漏れにくくなるからな」
最低限の話をしつつ、隠し通路に戻りながら報告を聞くが、計画の一端でも漏らすかと思ったがダメだったな。
仕込みはだいたい終わったから翌日からはスコットの様子を探りつつ、尻尾を掴むまでゆっくりと騎士を鍛えることにした。
そして、良く育った兵士の盾には俺の転移紋を含んだ花丸の証を書いておくことにした。
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