第11話 スレイ男爵家の調査

 一時間して目を覚ました俺は、人形に布団をかぶせてから服を着替えた。

 全身を闇に紛れる黒めの衣装で覆った俺は、窓から外に……いや、天井から行こう。

 天井裏を伝って、秘書のスコットの執務室の天井裏に潜む事にした。

 トルメには似た手口でスレイの寝室を見張らせている。


 夜半、スコットが執務室を出て寝室に向かったので、その後を追うが寝入るまで待っても収穫はなかった。

 その足で執務室に引き返し中に降り立つと室内にある書類を漁ってみた。

 足跡がつくのも構わず色々見て回るが表向きはなにもない。

 最後に清掃の魔法をかけて部屋を出て自室に戻ってきた。


 この清掃の魔法だが、一般には掃除をする魔法だと思われているが実は違う。

 以前、敵の拠点で似たようなことをした時に、一部からホコリがなくなっていると怪しいからと、潜入の痕跡だけ消えろと念じながら破れかぶれで清掃を使ってみたら、俺が踏み荒らしたカーペットに積もるホコリが戻り······侵入の痕跡だけ綺麗に清掃された。


 そこで気付いた本当の能力は、原状回復、それこそがこの魔法の真価である。

 実験したところ、魔力が切れる数日後には、消したはずの痕跡が復活するから、その前にちゃんと掃除をしておかないと汚れが何倍にも積もるのだ。


 清掃の魔法が時間差トリックに使用できると気付いてからは重宝した。

 だからこそ、メイド達には教えたし、壺を割って修復してみせたり、ぬかるみに足跡をつけては消してみたりといった使用方法を教え、それができるように訓練もした。


「怪しい書類は見つからなかったな。明日はもっと詳しく部屋を調べてみるか」


 やることも無くなったので与えられた自室に戻り、広げてあった転移の魔法陣を起動する。

 他のメイドからの連絡が来ていないかを確認しに、自分の屋敷に転移して戻った。


「お、お前さんよ。随分と遅いお帰りじゃな」

「ポッドか。まだ起きていたのか。メイドからの連絡はあったか?」

「あぁ、まだないよ。ワシは館にいるメイド達の仕事の評価とフィードバック、あとは新規メイドの受け入れ準備に……あとは帳簿を付けておるよ」

「そうか、色々と雑用を任せてしまって済まないな」

「ふん、奴隷に謝る主人謎見たこともないわ」

「では、これを渡しておこう。五人分の契約書と俺がスレイの騎士団の指導をすることを条件にちょっと報酬を増やして貰った分だ」


 ポッドはその契約書を受け取り、そろばんを弾いている。


「オープン特価だから仕方ないが、やっぱり月に金貨一枚弱だと少ない気もするな」

「本格的に借りてもらえるようになれば、もっと収入は増えるさ。

そのための布石はいくつか打ってあるし、そろそろ効果が出る頃だろう」

「ほう?おぬし何をしたんじゃ」

「ん?あぁ、屋敷に残っている十人とは別に、奴隷商人に返したメンバーがいるだろ?

一か月前に返した奴隷たちは、奴隷商人のキャラバンで講師役として、他の奴隷に家事や読み書き計算を教えているはずだ。

覚えのいい奴隷であれば、そろそろ貴族宅の丁稚や非貴族の富豪宅で家事奴隷をするのに十分な技術を持って高額で売られていく頃だ」


 そうして紅茶を飲みつつ、ゆっくりと説明する。


「そうやって奴隷たちがスキルを覚えた理由が俺たちの教育セットだと広まれば、他の奴隷商人や自宅学習用に貴族も欲しがるはずだ。

その確認のためにも、来週ぐらいに各奴隷商人を回ってみるさ」

「そうか。お前がそう考えるなら多分うまくいくのだろうな」

「あぁ、だから倉庫に置いてある教育セットと村で買えるポプリを十個単位でセットにして置いてくれないか」

「承知した」


 そういって支度金として銀貨を百枚ほど置いてから、スレイ男爵家に戻って朝を迎えた。


 翌日、騎士団の面々には昨日と同じランニングをこなしてもらい、半分はショートソードの型を覚えさせ、残りの時間で得意武器の振り方などを指導し、夜はスレイ男爵家の怪しい人物の調査を繰り返した。


 しかし、確たる証拠は見つからないまま一週間が過ぎた。



「スレイ、明日は本業で各地の奴隷商人に貸している奴隷の面談に行きたいと思っているんだ。

だから、騎士団の指導は休みとさせてほしい」

「あぁ、構わないよ。自主練メニューも貰ってるし、騎士団もたまには休ませないと疲労もたまるからな」


 そうしてスレイに二日ほど暇にすることを伝えて、奴隷に付けた奴隷紋の目標として転移を使用する。


「お、レイショではないか。

久しぶりだなぁ。一ヶ月ぶりか?」

「おう、久しぶりだな。ボンド。

最近調子はどうだ?」

「いやぁ、助かっているよ。

戻してくれた彼女のおかげでそれまで何もできなかった力仕事専門の男も飯炊きや夜の相手専門で売っていた女も読み書きができるようになってからは、商家なんかにも売り込めた。

他に冒険者パーティーの経理やポーター、元から戦えるものはそれプラスパーティメンバーとしての需要も増えたし、家事のできる者は子のいない老夫婦の跡取り需要としてかなり儲かっている」

「そいつはよかった。儲け話に誘って儲からないじゃ信用に瑕がつくからな」


 ウハウハで非常に上機嫌のボンドは、次の話を持ち掛けてきた。


「それでだな、彼女たちの持っている基礎教育セットとポプリだが、あれの仕入れルートを知りたい。

貴族家のメイドや家庭教師や商家が結構欲しがっているんだ」

「そう来ると思った。あれは俺が村人たちと一緒に作ったものでな、村で販売している。

俺に注文をくれれば安価で融通するぞ」

「かー、やっぱりそうなるか。

で、いくらの予定だ?」

「そうだな、販売価格で基礎教育セットが銀貨一枚、ポプリが一個銅貨三〜五枚といったところだ。

ポプリはクローゼットの高いところやタンスの服の上に入れると虫食いも防げるぞ。

ソトに置くと使用期限が短くなるから保管用の箱も作るとして……数個セットにして銅貨二十枚くらいだな。

吊るす用のポプリ袋も銅貨二枚くらいだ」


 そこで脳内で計算を行って利益を計算する。


「うちから卸すなら卸価格で基礎教育セットが十個で銀貨六枚、箱入りポプリは箱に五個を入れた一セットとして、これは十セットで銀貨三枚かな」

「待て待て、セット売りだけか?」

「セットだから割引しているんだ。

一個単位なら定価になるぞ」

「分かったよ。足元を見入ってからに。

では、基礎教育セットを二十個、ポプリも袋込み三十箱貰おう。それで銀貨二十一枚だな」

「あぁ、あと小売価格だが、さっき俺が言った金額にさらに少し色を付けてくれた方がいい。

レイショ騎士爵領で買うより高くしてもらわないと、商人がうちに来て仕入れる意味がなくなるからな」

「基礎教育セットが銀貨二枚、ポプリは……銅貨四十枚、袋が銅貨五枚でセットで四十五枚くらいにしてみるか。

そのくらいなら売れるかもだな」

「あぁ、そうしてくれ。

ボンドはこの辺の金額の見極めがうまいからな、他の商人にもそのくらいの額で売るように希望小売価格を伝えよう」

「ちっ、ただで計算させやがって。まあ、儲けさせてもらった分でチャラだからな」

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