第9話 スレイ男爵家

「では、まずメイドたちの生活スペースに二人を案内したいんだがいいかな?

部屋は可能であれば二人一部屋か近い部屋をあてがってほしい。

あと、この屋敷の支給メイド服などがあれば俺がサイズのお直しをするから貸与してくれないか?」

「お、出たな、レイショの家政AAA+。

パーティの誰よりも炊事洗濯掃除が得意だから、女の子たちがレイショにアピールする隙が無くなっちまったんだよな」

「昔の話だ。それに俺には心に決めた人がいるから、その時でさえ誰からのアタックも受け付けなかっただろう」

「その女の子、今度紹介しろよな」

「今度な」


 そう、心に決めたシスターカルネのために、結婚はしていない。

 メイドたちとの行為については、夜伽訓練だからノーカウントだ。


 メイド達を部屋に案内してもらって、スレイ男爵家のメイド服のサイズをお直しする。

 そして、ラフィットとトルメの二人部屋をあてがってもらえたのは、諜報活動にちょうどいいから助かった。

 お直ししたメイド服をまとい、メイド達は先輩のメイドに先導されて仕事の説明を受けに出発した。


「あの二人、キレイで礼儀正しくてスゴイな。

うちは前の領主のコセイ男爵が取り潰されてから、騎士団と執事以外が解雇されていて、新しく領内の高級ホテルとかから何人か雇ったメイドをレイモンド子爵のメイドさんに鍛えてもらったのだが……まだまだ優雅とは程遠いよ」

「そう悲観するな。俺もスキルがなければ教養があまりない奴隷からここまで鍛えるのは無理だぞ」

「アレで奴隷だったのかよ。

てっきり貴族令嬢を育てたのかと思ったぞ」

「奴隷商にいてだけで、そう言う没落貴族の娘の可能性は十分にあるぞ」

「身元の確認とかはしてないのか」

「スキルさえちゃんと見につくなら、出自を知る必要はあまり感じなくてな。

それより俺の奴隷であることの方がより身分の保証になる」

「それもそうだな」


 支払いが終わったあとの奴隷は持ち主の財産となる。

 それだけに過去に何があろうと彼女達は『レイショの財産』なのだ。

 スパイの五人以外は、貸し先の貴族が気に入りメイドが納得して、身請け金の支払いさえしてもらえば、向こうの財産になる。

 だからこそ慎重に主人との相性を見るために、紹介予定派遣の形を取ったのだ。


「なぁ、お前のメイドを借りている間にうちのメイドを訓練とかしてもらうことは可能か?」

「それは構わんよ。というか、借主の命令であれば貸与先のメイドに礼儀作法などを教えられるよう、契約書に書いてある。

ゆくゆくは兵士もレンタルするし、色んな技術指導員を貸し出すことも視野に入れているからな」

「ありがとう恩に着るよ」

「金のやり取りがあるから恩義までは感じなくていいぞ」

「いや、騎士団をお前に指導してもらえるからだよ。そっちもコミコミだろ?」

「お互い抜け目ないな」

「旅の間お前に散々視野を『広く持って常に仲間の立ち位置を意識しろ』と仕込まれたからな」



 その日の午後、スレイ男爵直轄の騎士団修練所に俺は居た。

「みんな聞いてくれ!魔王退治に行ったときの俺の仲間にして『百才』の勇者レイショがお前達に技術指導をしてくださることになった!」

「あれが百才……どう見ても三十そこそこだが」「思ったより若いな」

 兵士たちはお互いの顔を見合わせながら、何やら話しているがスレイの一喝ですぐに静かになる。

 心構えは出来ていないが、指揮系統は割と良さそうだな。


「ご紹介にあずかった元・勇者。現在は無職の騎士爵ことレイショだ。

今回は技術指導をと言うことでここにいるが、あまり固くならなくていいぞ。

王様から貰った報奨金が尽きそうだから稼ぎに来ただけだから」


 そこでニコっと笑顔になると、流石に気の引き締まっていた兵士でも耐えられずに笑いだしてしまった。

 そこで威圧と教化スキルを発動し、更に拡声スキルを使用する。


「静かにっ!固くならなくていいとは言ったが、気を緩めていいとは言っていない!

いいか、君たちは貴族の兵士だ。

主人やゲストの失態に対しても動じずに、何もなかったかのように振る舞う。

それが貴族の兵士に求められるマナーだ」


 男たちは水を打ったように静まり返り、居住まいを正し始める。

 出力を絞って入るが、戦士が広がる戦場全体にも響くほどの声だ。

 至近距離で聞いた彼らは、腹の底までびりびり響くような衝撃に身を包まれていることだろう。


「俺が雇われている二か月間、貴族の兵士としての心構えと戦闘技術を伝える。

と言っても騎士として他に仕事もあるから毎日ではないが、その分俺の居ない日の自主トレーニングのメニューは作るから安心してくれ」


 では最初に練度を確認していこうかな。


「まずは得意武器種に関わらず、訓練用の片手剣とカイトシールドを持って、ここに再集合だ!

制限時間は一〇分とする!解散!」


 うちのメイドと同じで兵士たちは時間の概念をあまり知らないだろう。

 だから、時間はアバウトだが俺はメイドたちに教え込むために、おおよそ五分を覚えているからそれで何とかなる。


 十分後に戻ってきた兵士は三割といったところだ。

 特に指揮官レベルは七分ごろには集合して、やってきた部下達に指示を飛ばしている。

 上官はとても優秀で大変結構、さっきも笑っていなかったからな。


「そこまで!いま広場で整列が完了している兵士たちは、本日は訓練を免除する。

体を休めるか必要な業務に戻ってくれ。

間に合わなかったのもに関しては別途訓練とする」


 一先ずのふるいとしてはこれでいいだろう。

 にしても、七割か……指導のやり甲斐があるな。


 訓練場にいた兵士は「今日の仕事はレイショ騎士爵の訓練を受けることです」と言って帰らないし、監督責任があるとして頑として帰らないのはとてもいい傾向だからそのまま全員での訓練になった。


 是が非でも訓練に参加するというので、隊長を呼びつけて次の指示を出す。


「まずは俺考案のインターバル走だ。

全員!隊長を先頭にこの屋敷の周辺を走ってもらう」


 そういって、隊長たちにはメイドに渡したものとは違う指輪を渡す。

 こっちは直接声を伝えるちょっと高い方の通信の指輪だ。

 しかし、効果範囲は人が浜辺に立って海の向こうに船が消えるまでの距離、およそ二十キロと言ったところだろうか。

 範囲が狭すぎるため、諜報員の使う連絡手段としては実用できないが、戦場でなら個別に指示が出せるため兵士には重宝する。


「まずは一番右の隊!駆け足はじめ!」


 隊長に合わせて駆け足で屋敷の周りを走りに行き、全員が出て行ったあと一分ほど待って二番隊、また一分ほど待って三番隊を走らせた。


 そして五分経過したのち、一番隊から順に行進に切り替える指令を出す。

 五分走って五分歩く、それを数回繰り返した段階で修練場に戻ってきてもらった。

 拡声のスキルで改めて全体に話しかける。


「インターバル走おつかれさま!今やってもらったのは、時間感覚を養ってもらう訓練だ。

また、甲冑を着た人が全力で戦える時間は経験上だいたい五分だ。

そのため五分を経過したら行進で息を整えてもらった。

正確に五分でなくてもいいが、この時間と言う感覚を覚えてほしい」


 兵士たちはちょっと萎縮しているのか、返事もまばらだ。


「では、二十分休憩するから、汗を拭いたり水を補給したりして休んでくれ。

そのあと型の稽古に移るからなるべく早くここに戻るように。以上、解散!」


 そういって、マジックバッグからティーセットを取り出しお茶を入れる。

 そして、優雅にお茶を飲み終わるまで休憩をさせたのだ。

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