第8話 スパイメイド始動
さて、ほとんどの研修が終わったから本格的に貸し先を当たらないとな。
このタイミングでいったんスパイ教育の報告書を持って、政務官兼王直諜報部のムセイに月次報告をしに行った。
「おう、レイショ先月ぶりだな。取り敢えず報告書貰おうか。
……んで?密偵の育成はどうだ?」
「あぁ、予定より少し早いくらいだが、そろそろモノになりそうだ。
と言うかそろそろ始めないと資金が尽きそうでな」
「経費なら申請してくれれば多少は出せるぞ」
「あぁ、それは助かるんだが、村から収めてもらっている税金を超えると、会計からこの事業をたどられかねないんだ。
だから、最初は大人し目にやることにしている」
「さよけ」
「で、今聞きたいのは何か怪しい動きをしている貴族がいるかと言うことだな。
可能であればそこに密偵を売り込む」
「そうだな……一応疑念があって掴めていないのは、結構あるが取り敢えず調査してほしいのが子爵以上だから直接送り込むのは難しいな」
「そこに出入りしている男爵家や騎士爵はいるか」
「ああ、それなら」
リストに挙げられたのは、ホムンク=ワダ子爵直下のラーギル騎士爵、ハンギャック辺境伯家の配下にあるキキョウ男爵、ハンゾウ公爵家配下ゾーハン騎士爵、それらと契約して遊撃部隊のように動いているヒトメッチャ・キルデス騎士爵、そして……
「スレイ男爵?今、スレイって言ったか?俺の元仲間の?」
「あぁ、残念なことにな。レイモンド子爵が関わっているかはわからんが、少なくとも最近スレイ男爵の金の流れがおかしい。
疑って損はないだろう」
「わかった、スレイにはうちのメイドと俺が直接乗り込む。
事業に投資しすぎて金が無いから騎士契約を結ぶという形で」
「そうしてくれ。元仲間になら少しは気を許すだろう」
リストを手に相手の居城をメモするが、割とみんな近いことが分かった。
王国の北西部、俺の領地のある北辺境と言われる森と海に囲まれた地域だ。
陸路で隣国のマヨコーン公国に隣接している領地が多く、またモンスターの住む森が近いためここの武人は普段から戦うことが多く、王国最強とも言われているのだ。
唯一スレイ男爵領だけマヨコーン公国に接していないが、海を経由して船で移動できれば関所を通さずに公国と行き来ができる。
その海域の海上警備もスレイ男爵家の仕事だから、造反しているのであれば誤魔化しがきくのだ。
「よし、取り敢えずはその辺りから当たってみよう」
「よろしく頼む。密偵の育成に関する報告書は今月も受領したから問題ないぞ」
屋敷に帰って、まずは貸し出しメイドの証として、ラフィットら五名全員の右手薬指に通信の指輪を取り付ける。
通信と言っても、声を直接伝える念話ではなくわけではなく、使い魔にした動物を呼び出して手紙を運ばせるのが精々だが、鳥を使えば馬車より早く情報の伝達ができるもので、魔力もほとんど使わないから一般メイドでも使用できる。
それから造反の疑いのある貴族に改めて手紙を出すと同時に営業を混ぜた。
──貸し出し奴隷メイドのプレオープン記念で半額、三か月で銀貨六十枚のところを三十枚で借りられます。また、定期的なアンケートに協力いただければ契約更新時にも割引価格でご利用いただけます
お試しと割引は貴族であろうと抗えない媚薬だ。
打診をした貴族の家に訪問して借り主たちと面談し、自分が育てたメイドを実際に働かせてその練度を確認したい、近場の領地のよしみで事前にテスターとして借りてみないかと言葉巧みに営業をした。
説得スキルAA+の俺にかかれば、男爵レベルでも対抗スキル無しではほぼ抗えないので、すんなりと説得することができた。
キルデス騎士爵だけは「騎士の訓練の一環として、素手で掃除をしているから不要」と断られてしまったのは痛手だ。
あとはスレイのところだけだ。
そのため、潜入先可能なメンバーのラフィットとトルメを連れて、スレイ男爵家を訪れていた。
なお、密偵活動はトルメだけで、ラフィットは今回メイドの業務以外何もしないという役割分担をした。
「やあ、レイショ。久しぶりだな」
「スレイ男爵もご健勝そうで何よりです」
「なんだよ。俺達の仲じゃないか。もっと砕けていいんだぞ」
「そうだな。最近は貴族相手に営業もしていたから、ついつい固くなってしまっていけない」
「それでこそいつものレイショだ」
そこからは簡潔に用件を伝えた。
村からか徴収できる税金だけでは生活が困難であること、奴隷商人の開業のための最後の仕上げとしてメイドを借りて乾燥や改善点を教えてほしいこと、ついでに騎士契約をして必要なときに俺を戦力として借りられるようにしておかないかという提案、必要に応じて長期的に教育済みメイドを借りてほしいこと。
「と言うわけさ。最初の数か月は俺も定期的にここの騎士たちと合同訓練をしたいのだが、問題ないか?」
「願ったりかなったりだよ。
俺は戦士職だけどメインの武器が斧だし、剣はそこそこ使えるけど弓とか槍とか船舶での戦術は不得手なんだ。
そこをレイショに指導してもらえるなら一気にうちの騎士団は強くなる」
「助かるよ。最初はメイド二人と俺を合わせて……そうだな。月に銀貨三十枚でどうだ?」
「おいおい、本来一人借りるのに三か月で六〇枚、月に二十枚だろ?
それを三人で三十枚って割引しすぎじゃないのか?」
「いや、俺は次のメイドの育成業務もあるから、たまに休みをもらいつつ二か月が限度だがいいか?」
「あぁ、それは大丈夫だ。長期で借りるのはメイドさんだけだな」
「そうなるな。実はいま貸し出しているメイドは五人いて。他の三人は既に月十枚でメイドを貸し出した後だ。
ここで契約が終われば月に五十枚、村から徴収する税金とこれから始める別な事業の収益合わせれば月に金貨一枚ちょっとになる」
領主が国に納める税金は、与えられた領地面積に比例する。
僻地の山ばかりで産業が無いところでもそれは変わらないから、辺境の産業が少ない場所だと貴族の不満もたまりやすいのだ。
それ以外に産業が潤っているなどで税収の多いところは、別途色を付けて送ることで街道の整備などの予算を融通してもらえる。
「そうすれば、領主として国に納める税金を賄えるという事だな」
「最初は赤字でも軌道に乗り始めれば次のメイドの教育を始めるさ。
そのために教育が可能なメンバーは俺の城に常駐してもらっているから、俺が新人の採用さえすれば自動的に富豪向けのメイドは育つし、貴族向けの上級教育を施せば更に儲けが増えるというわけだ」
「相変わらず始動は遅いが調子に乗ってからは順調に行けそうな計画だな。
そのおかげで魔王討伐時もなんだかんだ金策できて、国から貰った予算以上の武器防具やトランスポーターを使って余裕を持って魔王討伐ができたんだよな」
「今となってはいい思い出だな」
鑑定スキルと看破スキルを使ってスレイを検査しながら話を聞いたが、レイスなどの幽霊系の魔物に乗っ取られていたり、精神異常にかかっている様子はない。
ムセイの思い過ごしだといいが。
「よし、じゃあ月に銀貨三十枚、レイショは二か月だから三か月で八十枚で契約だからな。後からもうちょいくれとか言うなよ」
「それは相違ないよ。安心してくれ」
スレイが契約書二通にサインをして、俺もサインをする。
そして、王都で掘ってもらった俺の家の紋章を掘ったスタンプを二枚の紙の間に押し当ててからスレイに手を重ねるように促す。
「このスタンプに掌を重ねて魔力を流してくれ」
「魔力を流すのか。こういう契約は初めてだから勝手がわかんないんだよな」
「貴族同士は魔力割印なんて使わないもんな。一般的な契約だと、二人の魔力を紙に焼き入れるんだ。契約書の偽造防止になる」
「それは便利だな」
二通ある契約書のうち一通をスレイに、もう一通を俺が保管する。
二枚の契約書がある間、いま結んだ契約が正当であることを証明するのだ。
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