第6話 基礎教育セットの開発

 さて、俺の家でメイドたちを教育し始めたわけだが、やはりと言うか大方の予想通りヘッドキャップ組は読み書き計算は平均七〇点くらい、つまりきちんと基礎教養を受けた元令嬢たちのようだ。

 ほとんどがケガなどで価値が下がっていたが元々のスキルレベルが高い女たちだ。


 そして、ヘッドキャップのない組。呼びにくいからノーキャップ組とするが、こちらはそもそも読み書きができないものが多かった。

 念のため、計算に関しては口頭でも解答を許したが、シノとナギ以外はそちらでも壊滅的で、計算と言う概念自体ができていなかったのだ。


 まだ初日のため夕飯の後は、まず部屋割を変更することにした。

 俺担当とポッド担当をそれぞれ同じ階に集めて、グループごとに時間制で風呂に入ってもらうことにした。

 使用人用の風呂ほかに、本来使用できない館主用の風呂も開放して素早く入ってもらう。


 一人十分、十分ごとに次のメイドが風呂に呼びに行き、そのまま交代する。

 充分に洗えていない場合でも、強制的にお湯をぶっかけて中断というルールで、まずは時間感覚を養わせているのだ。


 とは言え、元々週一、二回しか清拭していなかったレベルの奴隷たちは、それでも多少綺麗になるからと気にはしていないようだが。


 その間、俺たちは教師件メイド長同士で今後の教育方針について話し合う事にした。


「さて、ポッド、今後の教育方針を決めようか」

「そうじゃの、ヘッドキャップ組の大半は四則計算を覚えておるし、国語に関しても文字の読み書きはできる。

しかし、教育者として他人に教えるのはまだ難しいのぅ」

「こっちはまだ基礎もできていないからな。

一から教えなければならない。そのための教材を少し追加するつもりだ」

「こっちは教科書をどうするかじゃな。

上級貴族向けの教養となると国史や地理なんかも必要になる周辺国に対する知識もな」

「そこら辺はおいおい揃えていこう。

取り敢えず数が少ない教材はそっちで使ってくれ」

「おぬしはよいのか」

「まず教材に書いている文字が読めない奴らだからな」

「了解した」


 さて、あくる日の早朝。俺とポッドはそれぞれの担当メイドの部屋に続く廊下でメイドの起床を補助する。

 日が昇ってから少し外が明るんできたころにでかい鍋とお玉を持って廊下に立つ。

 ガンガンと鍋をお玉で叩きまくり、廊下を闊歩する。

 これを食らったことのある奴は威力を知っていると思うが、寝ていられないほどうるさくなるのだ。


「起きろー、朝だー。

身支度をして十分後に二階の大広間に集合だ。遅れたらご飯のおかわり禁止だー」

 そして時計を見ると今が朝の五時半、集合場所の食堂と同じ階にいる二階のノーキャップ組方が有利のはずだ。


「さて、そろそろ八分か。誰も出てこないな……」


 そう思っていると一番乗りのナギが廊下を走りながら大広間に向かった。

 それをきっかけに三人ほど飛び出してくるが、そこまでだった。


 俺が大広間に着いたときに集まっていた人数は、十一人整列していた。

 ヘッドキャップが八人、こちらは身だしなみが乱れていなくてキチンとしている。

 俺が教育しなくてもよさそうだな。

 一方ノーキャップ組は、服はきちんと着ているがよく見ると髪がぼさぼさだったり、靴下をはかずに靴を履いたりしている。


「まだ眠いですの。こんな朝早くからなんですの?」


 シノ達遅刻組はまだまだ眠そうだ。

 身だしなみがきちんとしていないのは……ノーキャップ組だけだな。


「本来メイドはご主人様のお世話係でもあります。

主人より遅く寝て、主人より早く起きることが多いのです。

早朝だからといって気を抜かないようにする訓練としての起床訓練です。

最初はつらいと思うが慣れてくださいまし。

いずれ起床の合図の前に起きるようになるでしょう」

「さて、ワシの組は用意した食事を温め直してくるから、まずは着衣に乱れのある物はきちんと朝の支度をすること。

それからここに再集合、全員集まったらテーブルメイクをして食事の皿とカトラリーを並べておいてくれ」


 ポッドが飯を作りに行っている間は俺が一人でメイドを預かった。

 着衣の乱れだけなら自分で直してもらい、髪が纏まっていない者には簡単できれいに見えるヘアアレンジを教えた。

 と言っても、左右でみつあみを作ってまとめた髪を首の後ろから反対側に回して留めてお団子を作るだけと言うものだ。


 そう言えば櫛を買い忘れていたな。これは後で村に行って買ってこよう。


「皆さん、ワタクシ皆様の分の櫛を買い忘れておりましたので、後ほど用意いたしますが、他にお部屋で過ごすうえでほしいものなどはありますか?

すぐに思いつかない場合は、教育の休憩時間などにおっしゃってくださいね」


 ラフィットとトルメが同時に手を挙げて、ラフィットがそっと下ろす。


「トルメさん。何でしょうか」

「はい、メイド長。我々は替えのメイド服までお借りしておりますが、現状持っている下着が一枚でございます。

そのため、お風呂をいただいても元の下着で過ごさねばなりません」

「ご指摘ありがとうございますわ。

その点に関しましては、本日の午後に村のテーラーが屋敷に来て着ている服のお直しと下着を持ってきてもらう事になっております。

そうですね。洗い替えを含めて五~六着ほど選んでくださいまし。

また、言葉遣いも丁寧でよろしいですわ」

「ありがとうございます。レディ・レイショ」


 その後にスッとラフィットから手が上がる。


「はい、ラフィットさん。貴方のご要望はなんですか」

「はい、レディ・レイショ。

メイド服が二着ありますがこちら二着あるとはいえ毎日洗うわけにはいかないと思います。

匂い対策に香水などを使う予定はございますか?」


 これは予想外の方向から来たな。

 確かに良い生地なおかげで生地が分厚く丈夫なため、乾きがそこまで早い服ではない。

 使用人室の窓の外にある物干しも風通しはいいが日当たりがあまり良くないから一日で乾くものでもないのだ。


「香水は高級品なのでメイドがおいそれと使うわけにはいきません。

しかし、安価で作れれば我が領内の特産品になるかも知れませんね。

ご主人様に相談してみましょう」


 ご主人は俺だけど、メイドとしての言葉遣いを覚えるためにあえてこう言った。

 実際、革なめし以外にこの村特有の産業が欲しかったところだ。

 森を貰ったのだから森に自生する柑橘を使った香水が安価に作れれば庶民階級以下に広く売れる。

 ゆくゆくは果樹園も整備すれば良いだろう。


 その後、食器の並べ方、カトラリーの並べ方などを指導してから、ポッドの作った朝食を食べた。


 とまぁ、こんな感じで教育の日々は過ぎていった。

 最初の一ヶ月はとことん時間間隔と掃除や料理、言葉遣いにマナーを叩き込んだ。


 その間に俺は計算や文字を教えるために足りない教材は自分で考えて、村の木工職人と教会のシスターに協力を仰いで作っていった。


 計算ブロックで四則計算を、木製の時の魔道具風おもちゃ、あとは文字カードに身の回りにあるものの絵を書いた単語カード。

 それらを一つの箱に収めた基礎教育セットをコレもまずはメイドの分二十セット用意して貰う。

 販売価格で一セット銀貨一枚ほど、原価はその半分くらい。

 一般的な庶民階級の四人暮らしなら一ヶ月の食費程度の額だから、頑張れば買えなくもないが、まだまだ高い。

 コレはいずれ売り出すからと先行投資で追加百セットを買い取る契約としてしばらくはこれに注力してもらった。


 香水の開発だが、アルコールが安定して手に入りにくいこともあり、別なものを考える事になった。

 そして出来たのがクローゼット用のポプリだ。これは自生しているフルーツの皮を乾燥させて、虫の嫌う香草にフルーツの皮を足すことで吊るしている服にほんのりと甘い匂いが付くようになった。

 これをクローゼットの中に入れ、翌日以降に着る服の防虫と香り付けを行う。


 クローゼットの高いところに置くことで香り成分が充満し、服が虫食いになることを防げると言う優れものだ。

 つまり高いところに貼るか吊るす必要があるので、ポプリを入れるためにフルーツ型のポプリ入れを制作することにした。

 ポプリ入れは孤児院の年長組に作ってもらうことにした。

 収益のうち材料費と手数料を引いてすべて孤児院の資金となる。

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