第5話 メイド教育初日
俺は奴隷、もといメイドたちを食堂に集めて、これからのことを話すことにした。
奴隷達はざわついているが気にせずに話しかける。
「あー、もう全員知っていると思うが、俺はレイショ・ドーレイン騎士爵だ。
この屋敷と周辺の村を国王陛下より下賜頂いた騎士爵だ。そしてこれから君達の上司となる。以後よろしく」
「私の名前はポッドです。
レイショ騎士爵の元でメイド長としてあなた達を鍛える任を受けました。
以後よろしくお願いします」
「君達には二チームに別れてメイドとしての研修を受けてもらう。
ゆくゆくは他の貴族邸に貸し出しを出来るレベルに育てるからそのつもりで居てくれ。
まずはこれからの君たちのユニフォームを貸与する。
これは至急ではなく貸与だから丁寧に扱うように」
そう言うと、俺の前にいる十人には臙脂のメイド服を、ポッドの前の十人には深緑のメイド服をそれぞれ二着貸与した。
「まずは自分の部屋に戻り、着替えてくれ。
使わない方はクローゼットのハンガーにかけてここに戻るように。
使い方や着方がわからないなら廊下にいる俺達に質問してくれ」
そう言うと俺は壁にかけた大時計に目をやる。
針がゼロ秒をさした瞬間に開始の合図を投げた。
「では解散!」
それから奴隷たちは歩いて自室に向かう者、駆け足で着替えに行くもの、種々様々な様子だった。
これは教育のやりがいがあるな。
メイド達の私室がある場所の廊下の端にある小さな時計の前に立ち、全員の着替えが終わるまで待つ。
ポッドは一階、俺は二階の担当だ。
二階部屋のメイドの内半数の五名が着替え終わった時点で、俺は集合場所の食堂に向かう。
食堂の中には、一回のメイドが既に六人、二階の方が五人揃っていた。
一階の方がわずかに優秀か。
それから待つこと一〇分。
最後のメイドであるシノが戻ってきた。
「シノさん。ずいぶん時間がかかっていましたが、何かわからないことがありましたか?」
「ごめんなさいですの。
クローゼットのハンガーに手が届かなくて苦労しておりましたの」
「ふむ。部屋の使い方など分からないことがあったら聞いてくださいとお伝えしていましたが、私に聞こうとは思わなかったのですか?」
「使い方は分かっていましたの。
でも、お手を煩わせるのも失礼かと思いましたなお。
単に私の背が小さいから届かなくて、解決方法だけがわかりませんでしたの。んふふ~」
頑張り屋だが頭の回転は悪いと……反省とは程遠い笑顔だが、こういう点はマイナスにせざるを得ない。
「ポッド、一番乗りは誰だった?」
「そこにいるメガネの女じゃな。名は何と言ったか」
「はい、ラフィットと申します」
背の高くて胸も今回のメイドの中では一番大きく、片眼が髪で隠れているメガネで落ち着いた雰囲気のあるメイドだ。
教えるまでもなく所作に気品が溢れる感じのある一八歳ほどの女性だった。
若干声がハスキーだが、それが更に落ち着きを演出している。
「よし、ポッド。ここに来るのが早かった十人にはヘッドキャップを渡してくれ。残りにはいらん」
そうしてチーム分けは完了した。
ラフィットをはじめとする一軍、シノを末席とする二軍だ。
「ヘッドキャップ組はポッドの元で教育をする、付けていないものはノーキャップ組としてレイショを教育係として教育を始めていくことになる。
ちなみにだが、大広間にも廊下にも、この『時の魔道具』が置いてある。
この意味が分かる者は?」
ひときわ背が低いが、声の大きなメイドが手を挙げる。
ポッド組の二番手のトルメか。
「はいはーい。それは時間を確かめるためでーす」
「半分正解だな。それと、はやるのはいいが俺が指名してから回答するように」
「はーい。了解しましたー」
「『申し訳ございませんでした。ご主人様。以後気を付けます』が模範解答な」
さて気を取り直していく。
他に手を挙げているものもいなかったので、解説を開始した。
「まず、今日は君たちを到着順で順位付けした。
レディメイドとして必要なことの一つが、お客様やご主人様などの上役をお待たせしないことだ。
頼みごとをされて相手がイライラせずに待っていてくれる時間は平均三分、長くても五分と言われている」
とはいうが、魔道具で時間をはかったりできるのは一部の貴族だけだからこれが正解と言われている説なだけで確証はない。
しかし、納得させるためにはあえて言い切る嘘をつく必要があるのだ。
「時の魔道具の真ん中の短い針は一日に二周回る、長く伸びている針が一周したらメモリが一つ進む。
これが一時間だ。ここまではついてこられるか?」
周りを見渡したが、ここまでに質問はなかった。詰め込みすぎても覚えられないから確実にゆっくりと教えていく。
「太陽が最も高い位置に来る真昼を基準の零時としてこの文字盤を針が一周したら深夜の零時、二周して戻ると翌日の昼だ。
だが、これを決めた王立天文学気象台は大半の人間が起きている時間に日付が変わると混乱するとのお考えから、日没後の最初の零時が今日と明日の境界線だと定めた」
ここで話を一旦区切る。
全員の顔を見渡しているとラフィットの手が上がった。
「一日が十二時間二つとすれば、一日は二十四時間になります。
では、一時間の目安はなんですか」
次の解説につながるいい質問だ。
これがあると教師役は一気にやりやすくなる。
「いい質問だ。
はじめは一時間専用の時計を作ろうとしたらしいのだが、同じ十二に分けた所、針の進みを遅く感じたのだそうだ。
だから十二の刻みをさらに五つに分け六十分の一時間を作り、六十分で一時間としたのだ」
ラフィットはそれで納得して手をおろした。
そこで交代にとシノが手を上げたのだ。
「どうして半端な数字なんですの?よく使う数字と言えばお金だけど、銅貨は十枚で銀貨一枚と交換できますの。
十時間と百分の方が覚えやすくないですの?」
シノも頭の回転はソコソコ悪くはない。
知性はDだったのだが、成長可能性がAA+なので鍛えれば物になる前提で引き抜いたから当然といえばそうだ。
「それにはこの国の暦、つまり一年に何日の日付があるかから説明したほうがいいかな」
そして、日付の概念から説明していった。
一年が三百六十日程度であること、それを三十日ずつ割って十二ヶ月で一年とする事、そのおかげで十二と三十、その関係で六と十と十五と二十四と六十は時間や日付の分割で非常に便利なこと。
そして質問などをしない口下手なメイドには、敢えて質問を振り自分の意見を考えさせた。
貴族階級なら子供でも知っていることだが、そうじゃない彼らはほとんど知らないのだ。
「さて、色々説明したが上流階級にとって日付と時間と言うのは、金銭と同等に重要なものとなる。
特に貴族同士の約束事や、王族との謁見など事前連絡なしで遅れるだけで、罰金や最悪の場合お家が取りつぶしになる重要な事柄もあるんだ」
「それだけ時間と言うのは重要なのだ。
そのため、君たちに時間的な感覚をつかんでもらえるよう、ご主人様は時計を大量に買いそろえてくださいました。
ざっと金貨十枚ほどと愚考いたしますがいかがですか?」
ポッドはいい感じの合いの手を入れてくれたし、値段を言っていないのにおよその出費があっている。
流石、魔王の残滓と言ったところか。
「まあ、一台あたり金貨一枚前後、少なくとも十台はあるから、およそそのくらいの金額だったな。
あ、時の魔道具にもホコリは積もるので、みんなには交代で掃除をやってもらうからそのつもりで」
会場は本日何度目かわからないざわつきを見せた。
「お前ら、金貨一枚程度でビビるな。
廊下にある変な壺と変な像とよくわからん絵は金貨三枚、今座っている絨毯は金貨八枚だぞ」
こっちは嘘である。
そのくらい高いと思わせて置かないと丁寧に扱わないし、丁寧に扱ってもどうせ壊す。
中古の安物と、俺の作った像に路上で売っていた絵に貰い物の絨毯だ。それらに隠蔽魔法をかけて本物の高級品の見た目を持たせてある。
倉庫に在庫はたんまりとあるし、なんなら最高ランクの家政スキルで補修ができるから俺なら直せる。
こんなに買い揃えないといけないから褒賞金が半分近く吹き飛んだのだが、それでも一流の品を揃えて見栄をはらなければならないのが、お貴族様だ。
格下に舐められたら格上扱いされなくなり、政治的な発言力も半減するのだ。
そのために、調度品や料理、高級食材、儀礼に所作を洗練させて普段から格付けをするのだ。
「実際うちから男爵家なんかに働きに出たらこれより高い調度品や魔道具を掃除することもあるから今のうちから慣れてくれ。
そのために揃えたのだからな。さて、他に質問はあるか?質問がなければ読み書きのテストに移るが」
レイショ組メガネで大人しめのナギが手を上げた。
「はい、質問です。レイショ騎士爵は……なんで男の人なのにメイド服なんですか?」
「いい質問だ。それは……『アタクシがアナタたちを教育するもう一人のメイド長でもあるからよ』」
この日最大のざわつきが起った。
やれやれ、貴族邸で務めるならこの位の女装なんかで動揺してはいけないのだから早く慣れて欲しいものだ。
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