第77話 彼女の過去

ある日、沙耶からのLINEに

【千聖?明日時間ある?】

【あるよ】

【ちょっと話したいことが有るんだけど】

(これってもしや・・・)


駅前で待ち合わせ。

いつもジャージやウォームアップスーツとは違い、エレガントなワンピース。

黒髪ロングヘアをストレートではなく、内側に巻いている・・・お姫様みたい。


電車に乗っていても、沙耶の姿しか目に映らない千聖

(あーホントにきれいだなぁ・・・)


ある駅で降りる。

ここは大規模なアーケード商店街があって、いつも大勢の買い物客で賑わっている。

近くの駅近にはイ〇ン系のショッピングモールもあるけれど、

そこの負けないくらいの人出がある。


その商店街の一角、ちょっと裏通りに入ると、

「ここよ」

古風な外観のカフェだ。

ドアを開けて入ると、おちついた雰囲気とジャズがゆるやかに流れている。

「おや?沙耶ちゃん、久しぶりだね?」

声をかけたのはマスターらしき初老の男性。

「おじさま、お久しぶりです。お元気でした?」

(おじさま???)

「ああ、げんきにやっとるよ。お友達かい?」

「あ、はいっ同じクラスの江田千聖といいます」

「そう。沙耶となかよくやってね」

「はい」

品の良いマスターは沙耶とどういう関係なのだろう???


「マスターの淹れるコーヒーが美味しいのよ。私もよく来てたの」

「そうなの。で話ってなに?」と千聖が促すと、途端に沙耶の顔から笑顔が消えた。

あまり触れられたくないのだろうか。それとも・・・

やがて、意を決したかのような顔をした沙耶が千聖の目をまっすぐに見て話し出す。


「あまり人には話さなかったんだけど、クラスのみんなとか。 

 だけど千聖には話しておこうと思ったんだ。なんでって?大切な友達だからよ」


沙耶の話は・・・

中学生の時に初恋の男子生徒がいた。告白して付き合うことになった。

最初は確かに優しく、沙耶のことを第一に考えて行動するような男子だったそうだが

日が経つにつれて、その男子の本性が現れてくるようになった。

ちょっとでも沙耶が間違えたり、ミスったときなど平気で平手打ちされたそうだ。

「えっ!女子に手を出すなんて最低!!」と思わず言ってしまう千聖。


沙耶にとって初めてできた彼氏だし、たまたまだと思ってたんだけど、

それがそうじゃなかった。

些細な事で沙耶に手を出すようになった。この人とは付き合わない方が良いのか?

と思い悩むようになったらしい。だが普段は普通に接してくれるから、あれはたまに

なんだとしか思わなかったというのだ。


「それは辛かったね・・・」沙耶はすでに涙声になっている。


その男の暴力は次第にエスカレート。沙耶の友人がいる所でも平気で手を出すように

なった。友人たちは沙耶と男を別れさせようとしたらしいが、沙耶に未練があった。

だから容易に別れられなかった。


沙耶の家にまで押しかけてくるようになり、警察沙汰にもなったという。

それが中学卒業まで続いていた。

でもその男子生徒は家庭の都合で、遠くに引っ越すことになったため、

ようやくその男子とも縁が切れて今に至る。中学生時代から評判の美少女だった沙耶


「もう、異性と付き合うってことが怖くなったのね。私。

 異性よりも同性の方に興味が有るの。紗英先輩もそうだけど、学年もクラスも別。

 でも千聖は同じクラスだし、そういう子がいると安心するのよね」

「私なんかで良いの?」

「うん、私はあなた、千聖のことが大好きだよ。だからこうしているんだよ」

(うわぁ・・・マジか?同性の方が好きなんて)

沙耶は涙目で千聖の顔をじっと見つめている・・・やだ恥いから止めて沙耶・・・


「でもさ、わたしみたいな5軍女子が良いなんて知れたら、ヤバくない?」

「そう?私は関係ないと思うんだけどな」

確かに世の中には同性しか興味がないとかいう人たちがいるのは知っていた千聖。

でも、沙耶がそう言う嗜好だとは思わなかった。過去がそうだとしても・・・


「もう過去は済んだ話だし、私はもっと前を向いて行かなくてはと思ってるの

 だからバスケを始めたのも、あなたとこうしているのも、あの嫌な過去とは

 おさらばするためなの」

「解りました、それほどまでに私のことを好きって言ってくれる沙耶に

 これからはきちんと向き合っていく。それがあなたに対する私の思いだよ」

「ありがとう・・・千聖・・・」泣いている沙耶。


マスターがいいタイミングで、熱いコーヒーを持ってきてくれた。


「沙耶ってブラック派なの?」

「そう、千聖も?」

「うん」

「私たちホントに気が合うんだね」


マスターは、そんな二人を微笑まし気な目で見ていた。


「ところでマスターを、おじさまって呼んでたよね?どういう人?」

「おじさまだからよw」

「?」

「ごめんね千聖、私のパパの兄なんです。

 パパは私が小学生の時に交通事故にあって、亡くなったの」

「そうだったの、ごめん、沙耶」


おじさまはシングルマザーとなってしまった沙耶のママを

いろいろと援助してきたんだって。このカフェもその一環で始めたらしい。

「最初はなかなか、お客さんも来ないし、どうしようかなぁ?って思ってた

 だけどね、バリスタの資格を取ったり淹れ方の勉強をしたりしていたら

 いつの間にかお客さんが来るようになってね、こうして続けて居られるんだよ」

とマスターが話してくれた。そう言えば目元とか沙耶になんとなく似てるなぁ・・・


「今日はありがとう。私の話を聞いてくれて」

「ううん、沙耶の気持ちを聞けてわたし、嬉しかったよ。

 こちらこそありがとう」

「じゃあね」と言いつつ千聖にキス、手を振りながら改札を抜けて行った。


次の日曜日、

この日はゲームが無く事務所でトレーニング。

千聖も最近はランニングでも息が切れることが無くなって来た。でも・・・

バスケのスキル的には、他のメンバーの足元にも及ばない。


「とにかく練習あるのみよ。私たちが居るから大丈夫。

 あなたはきっとできる子よ。ねっ!いっしょに頑張ろう!」

美青さんはじめ、メンバーのみんなが揃って励ましてくれている。


出来る様になるのが、こんなに嬉しいことだと初めて知った千聖だった。


第77話 完







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