一の従士曰く、

 シオン様。

 春を司る女神様。

 紫の御目おんめに、白き御姿みすがた。古来より、わたくしどもはそううたい、女神様をあがめまつりました。まさしく、言い伝えのとおりでいらっしゃいます。


 御身おんみは、春のみならず、夜明け、死と再生……豊穣、多産、誕生と成長、そして冥福……さまざまな幸いをもたらしてくださいました。

 三百年前にお隠れあそばされるまで。


 我々は、朝な夕な、御身を伏し拝みました。

 いつかお帰りあそばされると信じておりましたから。


 ──はい。ままならぬことがあるたび、御身におすがりしてきたのです。


 この春の島は、御身の聖地。かつては、御身と花々、そして獣たちだけの楽園であったとか。

 言い伝えによれば……千年前、わたくしどもの祖先にあたる人間たちが、春の島の土を踏みました。戦争に敗れ、故郷を追われ、西方諸島から這々ほうほうていでたどり着いたそうです。

 女神様はわたくしどもの祖先を深く憐れまれ、日々の糧を垂れたまい、聖なる獣を守護者として遣わしてくださいました。それが、獣を冠する氏族のおこりです。

 長き時の中で、氏族の数に増減はありましたが、現在は……狼、熊、からす山羊やぎわし、竜、栗鼠りすの七氏族がおります。


 狼の氏族は、御身をお守りすることが使命です。そのため、誰よりもおそばではべることを許されていました。

 たる鴉の長者ちょうじゃよりも。


 ──はい。夫です。女神の花婿、ヴィンダールヴ。


 ──よろしいのですか? かしこまりました。


 狼の氏族は……名誉ある使命を授かりながら、果たせませんでした。


 三百年前、熊の氏族が御身に背いた時、御身は……御身は、御血おんちを流しておしまいになりました。

 狼の氏族が、おそばにいたのに。


 御身はたいへんお怒りになり、いずこかへお隠れあそばされました。

 以来、わたくしどもは女神様の恩恵にあずかれなくなりました。

 その際たるものが、死。

 背いた熊も、守れなかった狼も、御身の夫を擁する鴉も……ありとあらゆる氏族が、を課せられたのです。


 狼の氏族は、熊の氏族と内通していたのではないかと、当時から現在に至るまで、疑われ続けています。

 その疑惑からか、狼の氏族と熊の氏族のみにかけられた呪いがあるという噂があります。

 ……女神様の御印みしるしはいすることができない、というものです。


 ──御印とは、紫のおいろ。あるいは、御身の象徴たる動植物です。たとえば、麦、うさぎとそのたまごなどでございます。


 ──はい。卵です。


 ──恐れながら、にわとりではなく、うさぎです。といわれております。

 もちろん、ただのうさぎは卵を産めません。御身の祝福を賜ったうさぎだけが為せることでしょう。


 ──卵の中身でございますか? ……実際に割ってみないことには……。


 ──滅相もないことです。お役に立てず、申し訳ございません。


 見るなの呪いですが、噂は噂に過ぎません。

 狼と熊、どちらの氏族も、御印を拝することができますから。


 ──赤?

 あの雌熊めすぐまが、御目おんめや夜明けを指して、赤と申したのですか?

 紫、です。薬でも魔術でも変えられない、青と赤の御子みこの……。

 赤……? さすがに、見間違えるはずが……。

 ……見るなの呪いは、本当だった、のか……?


 し、失礼いたしました! ご無礼を……。


 ──女神様、シオン様は、ご寛容であらせられます。


 愚察いたしますところ……御身のお体、お力……などを、じかに拝する時だけ、赤に見えるのかもしれません。

 わたくしは幸運にも、御目や夜明けの紫を拝することができました。この身に流れる虎の血が、呪いからのがれさせてくれたのでしょうか……。


 わたくしの父は、狼です。そして、わたくしの母は……虎の生まれでございます。


 ──はい。先に挙げた、春の島の七氏族ではありません。西方諸島のいずこかの氏族です。狼の氏族が西方諸島に遠征した際、父がさらってきたと聞いております。

 わたくしの血の半分は、春の島の外のもの。それゆえ、熊の氏族に差し出す人質として選ばれました。

 病弱な兄より、純血ではない弟のほうが……価値が、ない。……そう判断されました。


 シオン様。

 わたくしは、使命を果たせなかった狼の末裔です。わたくしの血の一雫ひとしずくは、恥ずべきの犬のものなのです。


 どうか、わたくしのあがないが、御心にかないますように。

 どうか、この島に根づく木々をお見限りになりませんように。


 御身が春の島にましますこと、この身が朽ちるまで、真心を尽くして感謝いたします。


 おかえりなさいませ、女神様。

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