第二十七話 盗んでないバイクで走りだす
「アイの姉ちゃんを探せるかって? 任せとけよ師匠!」
「ししょ~!!」
アイの自宅がある公団の小公園。
砂場にいた兄弟に私は声をかけた。
兄の
あれからたまに顔を見せに訪れていた二人は、私の頼みにすぐにうなずいてくれた。
「俺の友達軍団にも探してもらうからよ! あっという間だぜ! 行くぜユウ!! 転ぶなよ!!」
「うん! みっしょんかいし~!!」
さすが素直な少年たち。とくに理由も訊かずに突っ走って行く。
「あの子たち、そういえばよく見るわ……」
「アイ殿と仲良しな兄弟です。二人とも、アイ殿が大好きなんです」
「そう……」
眉を下げて少年たちの姿を見送るノゾミさん。きっと、アイが公団の子供たちに慕われているのを知らなかったのだろう。
私は歩きだす。
「さぁ、まだまだ手は打ちますよ。次へ向かいましょう」
七福駅付近にある七福通り。
国道から分かれたこの通りにあるピザ屋が次の目的地であった。
本格宅配ピザ屋「パラディーゾ・ピザドーゾ」――アイのバイト先である。
店のわきにあるバイク置き場で、私は赤い髪の長身の青年と向かい合っている。
「あー……アイさんなら二時に上がって、すぐ帰りましたよ。いつもなら休憩室で誰かとおしゃべりしてますけど、今日は早かったっすね」
金色のカラコンをした瞳と、耳や唇に光るピアス。一見ヴィジュアル系ロックバンドメンバー、しかし中身は意外と素直なバイク好き青年、
半月ほど前に、勤務態度をめぐってアイに相談され、ピザとチキン、アップルパイを囲んで話をした。最近はイイ感じになってきたと聞いている。
「お母さまが、連絡がとれなくて困っておいでで。配達中、もしどこかで見かけたら知らせてくれませんか?」
「この辺にいるの確定なんすか」
「ええ、七福駅周辺だと思います」
「あー……じゃあ、一緒に探しますか。俺、今から休憩なんで」
思いもよらない言葉に、私は飛び上がる。
「いいのですか」
「いいっすよ。俺、通し勤務なんで、休憩二時間あるんす。どうせ休憩中はいつもバイク乗り回してるんで」
拘束時間長めの中抜け休憩二時間。ぼちぼちブラック。
ありがとう、と
見れば田中さんから、SNSにメッセージが届いている。
「南さんが
「明慈通りでそれらしい人を見た、との情報が」
「すごい、早いわ……」
「あー……じゃあそっち方面に行きますか。乗ってください」
ホイールが金色の、鮮やかな朱色がアクセントに塗装された、かっちょいいミドルクラスバイクである。
「乗せてくれるのですか」
「善は急げっす。大丈夫、俺ニケツ運転慣れてるんで」
神!!!! いや、
合掌し、お言葉に甘えて
「お母さま、ここで分かれましょう」
「ええ、わかったわ。私も探しながらその方向へ向かいます。……よろしくお願いします」
私はうなずき、尻の後ろにあるグローブバーをしっかり掴む。それを頭を回して見ていた眞内くんにうなずきで合図を送ると、彼は正面を向いてエンジンをかけた。
響く轟音。見守るノゾミさんの前をゆっくり通り過ぎ、道路に出るとバイクはスピードを上げて走りだした。
「おおお……」
感じたことのない疾走感と浮遊感。風になる、とはよく聞くが、まさにそんな感覚だった。
「アイさん、今日どんな服着てましたっけ」
信号で止まったところで眞内くんの声が聞こえた。
「お母さまが覚えてるのは、デニム生地のシャツに白のショートパンツだったそうです」
「あー……絶妙に探しにくいっすね」
確かに、今辺りを見回してみても、デニム生地のトップスを着ている女性はちらほら目につく。髪色と背丈でしぼるしかない。
金髪、金髪と首をめぐらしていると、腕に振動が伝わった。すかさず口元へ手首を近づけ、「通知を読み上げ」と指示する。
「トゥィッター、メッセージ、ゲンザイ。ショウ――シチフクコウエンノチカクデ、モクゲキイッケン。ネーチャンカモ」
「次は七福公園付近での目撃情報です」
「あー……けっこう左にそれる感じっすね。行ってみますか」
「ええ、行きましょう」
ブォンとエンジンを吹かせ、バイクは七福公園目指して走る。
その通りはオシャレエリアである
通りではうららかな春の午後を楽しむ人々がのんびりと歩いている。私は目をこらして通行人のなかにアイの姿を探した。
すると、前方にある分かれ道の信号で、立ち止まる金髪頭が見えた。
「
「あれっすかね」
風の音のなかに聞こえる眞内くんの声。どうやら彼も気づいたようだ。
デニム生地の上着に金髪ショートヘアの、すらりとした女性。そのとなりにはTシャツに派手な柄のハーフパンツを履いた、かなりお太りになられたご様子の男性が並んでいる。腕と首には金色が光っている。
――アイ……!!
ぐっと息を止める。
私と眞内くんを乗せたバイクが、キュルキュル音を立て、信号を待つ二人の男女の真正面に滑り込む。
「アイ――」
急停止し、ヘルメットをかぶった頭を向ける。
「きゃっ、何」
小さく叫ぶ金髪ショートヘア。
まつ毛をバッサバサとはためかせる、お化粧の濃い目のそのお方は、歩んできた人生の道のりを感じさせるお顔であった。三十年前ならアイと同世代だったかもしれない。
なんと――別人であった。
「あい、失礼!!」
なんとかごまかし、バイクは急発進する。
「人違いっしたね」
「ええ……驚かせてしまいました」
道なりに坂を上りきったところで止まり、二人で息をつく。
よくいる中年夫婦であった。こういうパターンは予想できたであろうに。焦ってしまった。
しかしよかったと、一瞬冷や汗をかく思いがしたことにため息つく。
するとまた腕の端末が震えた。
見ると、また
「ねんげ橋近くで見たって奴がいた! 姉ちゃんと遊んだことある奴だから、たぶん間違いねぇ!」
私は手を叩いてガッツポーズをする。
「よくやった翔!!」
「また情報っすか」
「ええ!
「明慈通りの先の方っすね。了解っす」
車体の向きを変え、バイクは再び走りだす。
今度こそ、アイだという確信がわいてくる。
アイ――。
いつもと変わらぬ笑顔を、早くこの目で見たい。
私は天に目をやり、この淡く広がる青空の下にいるはずのアイに、心のなかで呼びかけるのであった。
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