第二十三話 スタイリッシュ☆菩伴
その後はゲーセンに行き、クレーンゲームでぬいぐるみやお菓子を狙って二人で奮戦した。正攻法では無理だと悟り、経営者には申し訳ないが物理学などを駆使し、一個だけぬいぐるみを頂戴した。
格闘ゲームではアイにぶちのめされ、音感ダンスゲームでも大敗し、レーシングゲームはバナナで転ばされて逆走したあげくに、一周走ってきたアイに盛大に
プリ機と呼ばれる写真ボックスで金髪乙女とスキンヘッド美少女のツーショット写真シールを量産し、パンチングマシンでは「店長ぉ~!!!」と構えるアイのパンチのフォームを分析、本気指導した。
そのあとコーヒーチェーン店で生クリームがのった甘いドリンクをお供に一休みし、ゲームで盛り上がったことを笑い合った。
それからファッションビルへ行って、眼鏡屋で遊んだあと服を見た。
「
アイは洋楽が鳴る店内で、ハンガーにかかった服を身に当てて
グレーのワンピースで、胸元のドレープがエレガントなタイトなデザインのものである。
「シックでいいですね」
「じゃ、こーゆうのは?」
次に出したのはストライプ柄のワンピース。スカートはふんわりした形で清楚な雰囲気だ。
「華やかでいいですね」
「……
なぜか不満足そうに唇を尖らせるアイ。
どうしたのだろう。
服が欲しいのかと思っていたのだが。どちらも肯定したはずなのに、物足りなさそうなことこの上ない。アイなら何でも似合うと思うのに。
「もしやアイ殿……」
はっとし、真剣な顔つきになる私に、アイが肩を縮める。
「え、いや、あのっ」
なんということだ。気づかなかった。
「アイ殿……新たな自分を探しているのですか?」
「……えぇ!?」
人は、今とは違う自分になりたいと思う時期がある。
今の自己に違和感を覚え、別の何かに変わりたいという願望。
仏教僧として応援したいが、複雑だった。
なぜなら自己などない、と悟るのがゴールで、そこにいたるまでの道のりは険しいものだから。
アイは肩を落として、苦笑を浮かべる。
「そんな難しいことじゃなくって! アイはアイだし! もー、どーゆうのが好きなのかなって訊きたかったの!! 今後のためにさ!」
これはまた
デートに着る服は男性の好みも考慮したいということか。今後誰かとデートするときのために、一男性としての私に意見を求めたのだ。
そう、私ではない別の誰かと。
「そうでしたか、すみません。はて、男性にもそれぞれ好みはありますから見極めは必要ですね。しかし私は、今日のアイ殿はとても可愛らしいと思いますよ」
あごに手を当てて言う私に、アイは目を瞬かせる。
「え……ホント? よかったぁ、なんかヤケになって『もうお気に入りだしいいや!』ってこれにしてきたんだけど! マジ? 可愛い?」
キャップをかぶった下の顔が照れくさそうに笑う。
肩を出したデザインはけしからんが、健康的な色気がアイの雰囲気によく似合うと私は思う。
「ええ、超可愛いですよ。自信を持ってください。アイ殿はアイ殿、なのですから」
他人の好みに染まるようなことは、アイにはしてほしくない。
「そっか! そうだね! ありがと!!」
二着の服をハンガーラックに戻し、アイは足取り軽く店の外へ向かった。
せっかくだし、というアイに引かれてメンズ服売り場にも行ってみた。
「一気に普通のお兄さん!!」と、アイは服を私に当ててはしゃぐ。黒のテーラードジャケットや、カジュアルなパーカー。でかいドクロの描いたTシャツを持ち出したときは「やば!!」と爆笑しだして止まらなかった。
「あはは、あー、ツボった。ウケた。ねぇ、これ着てみて」
アイは緊張した面持ちでこちらを見ていた店員に声をかけ、私を試着室へと連れて行く。パーマをかけたボブヘアがオシャレな男性スタッフが、脱いだ
試着したら買わなければいけなくなるのでは、と不安になりながらも着替え、カーテンを開けると目の前にアイが立っていた。
「おわぁ……」
アイが口を開いたまま固まる。さっきまで連呼していた「いいじゃんいいじゃん!」がない。似合わなかったのだろうか。
するとさっきの男性店員が風のように現れ、なめらかに艶めく革靴を足元に差しだしてくれた。あ、どうもと恐縮しながら足を通す私。
「なんだか普通のサラリーマンみたいですね。ははは、微妙でしたか……」
「かっこよ……」
「は」
「やば、かっこよだし! 菩伴さんやっぱイケメンだわ!」
アイは私のわきの間に腕を通すと、くるりと回った。試着室の全身鏡に、私とアイが映る。まぶしいくらいに白いYシャツに、かちっと上品なベルト、すっきりタイトな黒のパンツを着た私が、アイと腕を組んで呆けている。
「ね、どうこれ? 歳の差カップルって感じ?」
歳の差カポォー!!!?
鏡のなかでアイが頭を私の腕に寄りかけてささやく。
浮かれ騒ぐような嬉しさと、勘違いするなと叱責される恥ずかしさ、どんな反応が正解なのかを探す
なんだろう、アイが私を滅しにきている!!!!
「なーんてね。うん、もったいないけど早く着替えた方がいいかもね! スタッフが色々持ってくる前にさ」
アイが腕を解く。確かにそうだ。店員さんがこれはいかがかと商品を見せてくれば断りづらい。買う気がないのに試着を繰り返すのはお互いに時間の無駄だ。
「そうですね。では着替えます」
私は再び試着室へ入ってカーテンを閉める。
シャツのボタンをはずしながら、ふと鏡を見て手を止めた。
アイはこういう服装の男性に心惹かれるのだろうか。
もしかして年上好みなのだろうか。
私はシャツの裾を引っ張り出し、裏地のタグを探した。そこからぶら下がる値札を、恐る恐る細目で確認する。印字された数字を見て、喉が鳴った。
お高いこって!!!!!
予想はしていたが、やはり高額であった。五キロの米袋が十袋は余裕で買える。上等なお漬物も買える。
値札から目を離して顔を上げたとき、鏡に映る、カーテンから顔を出しているアイと目が合った。
「ひゅっ」
再び鳴る喉。
「きゃっっアイ殿っっいったい何を!!」
思わずはだけた胸元を隠すように両手でわが身を抱く。
値札を見て顔を青くしている情けないところを見られたかもしれない、という気持ちと、うら若き女子が男性の着替えを覗くという行動に驚いたことが混乱を招き、ギャグみたいな反応をとってしまった。
「いひひ、いいカラダしとるのぉー」
「おやめくださいアイ殿!! こんな公共の場で!!」
「あはは、ごめん! やってみたくて!」
シャッと閉まるカーテン。
なんだったのか。私は一呼吸ついて脱ぎ始めた。
ベルトとパンツの値札を見る勇気はもうない。ただ迅速に着替えていく。
例えいくらであろうと、私がこの洋服を買うことはないのだ。
いったい何を思って値段の確認などしたのか。
ふぅ、と我知らず出るため息。
わかっている。
アイがかっこいいと褒めてくれたからだ。
私はこれを着て、またあの瞳に見つめられたいのだ。
○○○
「あー楽しかった! 一日って早いね!」
「本当に。あっという間ですね」
楽しい時間は早く過ぎる。私たちは日が暮れた街をゆっくりと歩いていた。
私は寺へ、アイは自宅へ。今を惜しむように歩調は自然と遅くなる。
「今日は本当にありがとうございました、アイ殿。おかげで貴重な体験ができました」
よく、遊んだ。ずっとずっと、心が
決まった時刻に決まったことをすることが使命の私にとって、時間を忘れて目の前にある楽しいことに夢中になるのは初めてであった。
そう、私は仏のことも務めのことも、悟りのことも一切頭になかったのである。それに気づいたときは衝撃さえ感じた。僧侶としてあるまじきことではないかと
『楽しい? 菩伴さん』
そんな私に笑顔で尋ねてきたアイ。
映画館を出たあとに、今を楽しめと叱られたことを思い出し、同時に気づきを得た。
今そのとき、目の前にあることに全力で向かうという教え。
遊ぶときは本気で遊ぶ。それでいいのだ。
「うん、よかった! なんか途中強引になっちゃったけど、楽しかったんならアイも嬉しいし!」
分かれ道で立ち止まる私とアイ。ここがデートの終わり。
「では……また今度、ですね」
寺でアイの声が聞こえるのを待つ毎日に帰るのだ。
「うん、またね! ね、今度はさ、ちょっと遠くへ行こうよ! 電車乗ってさ、
バイバーイ、と手を振ってすたすた歩きだすアイ。
別れを惜しむ空気は一切ない。
しかし私の情報処理は、そこに寂しい気持ちを抱くよりも、アイの発した言葉を頭の中で理解することに追われていた。
「BB……Q……」
自然を感じられる場所で肉や野菜を焼き、親しい者たちでのびのびとした時間を楽しむあの
リア充の代名詞。私にはあまりに縁遠い言葉で、現実味が伴わない。
その
そしてそれはつまり、またデートをしようという提案なのだろうか。
アイはまた私と……デートする気があるのか。
いやはやまるな!!!!
正しく思い出せ。BBQとは通常大人数でやるものだ。そう、きっとアイは友達との集まりに私を呼ぼうとしているのだ。きっとそうだ。私の交友関係を広げようとしてくれているのかもしれない。
アイは二人で行こうとは言っていないし、二人で行うBBQなど、ほぼキャンプではないだろうか。
キャンプ――。
共同作業でテントを張り、私は火を起こし、アイはカレーを作る。おしゃべりする間に夜になり、
いやいやいや!!! 何を想像しているのだ私は!!!!!
けしからん!!
気づけば目の前にはお婆さんがいて、私に
ありがとうございます、と去っていくお婆さん。その姿を見送り、自分の身辺を見回してみると、地面に落ちてひっくり返っていた笠にいくらかお金があった。
喜捨とは、徳を積んだり執着を捨てるための
すっかり日も落ちた時間に寺に戻った私を、住職は意外にも
お金は使っていたものの、喜捨による現金も持っていたため、ちゃんと修行してきたと勘違いしたようだ。ご苦労さん、以外に言葉はなかった。
奥方にお礼を言って片付けと掃除を済ませ、夜の坐禅をする。
そうして布団に横になった私だが、浮かぶのは今日の思い出。
楽しい一日であった。
はしの使い方がきれいなアイ。映画の人物に感情移入するアイ。ちょっと怖いアイ。やっぱり笑顔が一番なアイ。ゲームではサディスティックなアイ。店長にはさらに容赦ないアイ。おしゃれに悩むアイ。スタイリッシュサラリーマン風の着こなしにビビッとくるアイ。いたずらするアイ。
たくさんアイのことを知れた。新しい一面を見れた。それが嬉しい。
坐禅で精神を落ち着けたはずなのに、心は愚かにも浮足立つ。
肉なしBBQでは、いったいどんなアイが見れることだろう。
いつか実現したならば。夢を見るような気持ちで目を閉じた。
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