第十八話 ギャルふたり、放課後の恋バナ
学年末テストも終わり、一段落つきつつも新学年への期待と不安でそわそわした雰囲気がただよう校舎。ウチ、
通り過ぎる各クラスの教室は窓が開かれていて、時折風がウェーブのかかった髪を揺らす。冷たさが残る、けれどお日様のにおいが感じられる心地のいい風。春の訪れを知らせるようだ。
「春か……一年あっという間やな」
一年前、自分は高校デビューを果たすため必死だった。ギャルの言葉や考え方を学んで、メンタルをごっそり書き換えるつもりでとにかく真似をした。
高校に入ってからは毎日が戦いのようなものだった。
うっかりすると、ギャルらしからぬ自分が出てきてしまいそうで。
今ではだいぶ板についたのか、頑張らなくてもギャルをやれている。
むしろ、小学校以前の幼少期の頃の自分ってこんな感じじゃなかったか、と思う今日この頃だ。
そんなことを考えていると、一番奥にある自分の教室へ着いた。中に入ろうとして、足を止める。
明るい金髪のショートヘアの後ろ姿が見えた。アイだ。しかし思わず足を止めてしまったのは、アイの前に男子が立っていたからだ。
その緊張したような面持ちを一瞬見ただけで、勘の鋭いウチは空気を察知し、すっと引き戸の壁際に身を隠した。
――これは。
「ごめん!!!」
響く思い切りのいい声。
「――そっか……。俺なんかじゃ、やっぱダメかぁ。わかった、ごめんね突然」
やっぱり。告白シーンや!!
「そんなことないよ! 俺なんかなんて言っちゃだめだよ!
アイィィィィィ!!!!
「あはは……
「アイも頑張る! ありがとう!!」
じゃあ、という声の後、ドアにぶつかる音がして奥から男子が廊下に出てきた。
オシャレにセットした茶髪に優しげな童顔。くりっとした目と太めの眉がやんちゃな雰囲気も与える、サッカー部の次世代エース谷くんだ。女子からの人気は高い。
谷くんはウチの存在も目に入らないのか、ぼんやりとした眼差しで床を見ながら歩いてきてそのまま通り過ぎて行った。
彼、自分ならいけると思っとったんちゃうやろか。
谷くんの後ろ姿を見送り教室へ入ると、アイは窓の方を向いて突っ立っていた。
「相変わらずモテとるなぁ」
ウチの声に振り向いたアイは、ちょっと困ったような顔で笑った。
何組の誰それがアイに告った、という噂話はたまに耳にする。ガールフレンドが途切れることなさそうなモテ男くんから、アイに告白を決行したことで名を知らしめるような地味系メンズまで。
成功者は言うまでもなく皆無。
「ほい」
校内の自販機で買ってきたホットロイヤルミルクティーの缶をアイに手渡す。アイは今日この後バイトがあり、
「ありがと! あぁーこの濃さがロイヤルぅぅ」
アイは自分の机に腰かけ、缶の蓋を開けてぐいっと傾ける。広がるウバ茶の香り。
「ポックリーもあんで」
アイの椅子に腰かけ、チョコがけプレッツェルの箱を開けると、アイは「神~!!」と足をぶらぶらさせて喜ぶ。
「ポックリーはやっぱ赤箱が一番だよねぇ! 苺とかアーモンドとかあるけどさ!」
「トゥイッターのアイコンもこれやしな、アイは」
アイはさほど頻繁にSNSに現れないが、そういえば数日前の投稿は謎の高級カニ缶の写真だった。とりあえずイイねしといたが、いったいどこでもらったのか。たぶん、近所のおばさんとかおじいさんとかだろう。一緒に歩いているとたまに声をかけられている。
なんだか地域猫みたいだ。
「アイは彼氏つくらんの?」
さっきの谷くんは
「うーん……なんかいい思い出ないし!」
せやった。
アイの歴代彼氏については以前聞いたことがあった。
幼稚園と中学で付き合った子がいたが、いずれも短期間で別れているという話だった。理由は共通して「アイが構わなかったから」。
「アイは猫タイプやなぁ」
「それよく言われるし!! いいよぉ、アイはアイでいくんだよお。スミちゃんはどうなの? キュンキュンする話してよぉ」
「……残念やったな。彼氏いない歴十六年やで!!」
手にしたキャラメルラテにストローをぶっ刺し、ずぞぞっと吸った。
こちとら暗黒期が長いねん。
「えー!? スミちゃんモテそうなのに! 絶対、告れずにいる人いるって!」
「ふん。
宮本武蔵なら告白できずにいるなんてことはまずないだろうが。
「へぇ。スミちゃん、オジ専……? うん、髪とかなくても関係ないよね!」
「あんた実物想像したやろ。なんでそこだけ知ってんねん! ちゃうわ、見た目やなくて! 〝
「あはは、そっか! そうだね、そんな人もかっこいいね!」
はぁ、とため息ついてポックリーをくわえる。
この子は恋愛に興味がないのだろうか。
好きな男性アーティストのライブ映像を見て「マジかっこいい!」とはしゃいでいることはあったから、男性に興味がないということではないのだろう。
別に人の恋愛事情を心配する気はないが、なんとなく、アイのとなりに立つ人はどんな人がいいだろうかと考えてしまう。オカン目線やな。
「髪……」
ふと、さっきアイが言った言葉がよみがえる。
「髪がなくても」とアイは言った。脳裏に浮かんでくる坊主頭の人物。
アイがよく話題に出す、あの和尚さん。
彼はアイにとって、どんな立ち位置にいるのだろうか。
「アイはどんな人がタイプなん?」
さりげなく訊いてみる。
アイはポックリーをくわえたまま、「んー?」と斜め上を見ながら首をひねった。
「うーん。優しい人かなぁ」
「うんうん」
いい線や。
「落ち着いてて、一緒にいて安心できるような……そう、たとえば」
「うんうん!?」
「くまのプーさんみたいな! でっかいぬいぐるみ、アイの部屋にあるんだよね! マジ癒されんの!」
「う……うううん」
あかん! 話が
「見た目は? リアルにプーさんみたいなのは違うやろ」
細マッチョに入れ墨に青い瞳とか言われたら終わりや。アイの行く末は「海外アーティスト推し故に身近な人にトキめかない女子」になる。
えー、と宙を見て首を傾げるアイの言葉を、ウチは手に汗握る気持ちで待った。
「なんだろ、脂っぽくなくて濃ゆくなくて、表情豊かじゃないしあっさりしてるけど深みのある、ずっと見ていたくなる感じの……塩ラーメンみたいな顔?」
オイぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!
「え!? 何! スミちゃんどーしたの!?」
机におでこをぶつけて突っ伏すウチに驚いたアイが、机から飛び跳ねる。
なんちゅうこっちゃ。
手にしたマウントレーニアキャラメルラッテのカップがべこりとへこむ。
アイよ。それは……彼ではないのか。
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