第十六話 主人公はキミだっっっつぁ!!!!
「さぁいただきましょうか」
Lサイズのピザの箱を前に私は合掌する。他にサイドメニューの小箱と湯飲みが三つ。私の部屋の小さなちゃぶ台はそれらで隙間なく埋まってしまう。
私とアイ、
「……何の刑すか、これ」
眞内くんがぽつりとこぼす。
一緒に頼んだサイドメニューをバイクに忘れたと言うのを取りに行かせ、半ば強引に引っ張りこんだのだ。
「実食だよ!! 実食!!」
アイがお茶を眞内くんの湯飲みに注いでやりながら叱るように言う。
決して江戸時代の拷問ではない。
自分が届けた、最終的にはぶん投げたピザを食べる人の立場になってもらおう、という試みである。
「いつも寄り道してサボってんのバレてっからね! 戻るの遅くても問題ないっしょ!」
アイが詰め寄るように顔を向けるのを、眞内くんはちっと小さく舌打ちして視線をそらす。
「さぁ眞内くん。開けてください」
「……ちっ」
眞内くんは不機嫌そうに唇を歪めながら、しかし言われた通りに箱に手をかけた。蓋の空いた箱を私とアイが横からのぞきこむ。
「うっわぁ……」
「無残ですね……」
アボカドをふんだんに使った「アボカード」は緑が鮮やかな、目にも美味しいピザである。ダイストマトと香ばしく揚げたナスの角切りがアクセントで、それを美味しい玉ねぎソースと植物性チーズで仕上げた逸品だ。
しかし目の前にあるのは緑と赤、紫がぐちゃぐちゃに右半分に寄った、お世辞にも食欲をそそるとは言えない代物だった。
バウンドしたのであろう、具材が蓋の裏側にへばりついている。
「どうよ、これ!? お金払って食べたいと思う!?」
アイのお叱りの声にも眞内くんはダルそうにため息をつくばかり。
「パラディーゾのピザはさ、石窯で焼く本格ピザなんだよ! 「調理の達人」でも出せないお店の味を、好きな場所へ短時間で届けられるっつーのが売りでしょ!! おーい、聞いてるぅ!?」
「……」
眞内くんは無視を決め込んでいるようだ。
アイの熱意も、眞内くんには響かないのか。
「眞内くんは、なぜこの仕事を選んだのですか?」
このこだわりが強そうな、芸能活動でもやっていそうな青年が、フルタイムで無気力に働く理由が気になった。
「あー……別に、家が近かったから」
「この辺りは栄えてますから、他にも求人はたくさんあったでしょう」
まさか求人欄の一番上にあったから、なんてことは……あるかもしれない。
「……バイク乗るのが好きなんで」
「ほう!」
思わず身を乗り出す私に、食いついた、とアイが言うのが聞こえた。
初めてこの青年が上向きな言葉を発したのだ、嬉しくもなる。好きなものがわかると、とたんに人間らしく感じられるではないか。
そこを詳しく、という私の気持ちが伝わったのか、眞内くんは猫背の姿勢で話し出す。
「自分、チンピラだったんで。暴走族まがいのチームにいたんす。尊敬してた人が急に抜けたんで、自分も足を洗って」
「暴走族ですか……てっきりヴィジュアル系ロックバンドのメンバーかと」
「あー……そーゆうコンセプトのチームだったんで」
コンセプトがあるのか。なるほど、とうなずいたのはアイだ。
「コンビニで夜勤バイト始めたけど半年で辞めたっす。仕事も人間関係もタルくて。そんで気になってた、例の憧れの人に会いに行ってみたんす。そしたら……」
眞内くんは物憂げにため息を落とした。
「超フツーのサラリーマンになってたんす。不動産の。腕にピンクのあれ、カバーみたいなのつけて。現役ん時は「交通規制の鬼」って通り名で恐れられてた人だったのに。もうがっかりっした……!」
思い出すのもおぞましいという風に歯を食いしばり目を閉じる眞内くん。
仏教界でいうと、燃ゆる剣を右手に、人の心に住まう鬼を斬り伏せる
うむ――普通にかっこいいではないか。
というか交通規制の鬼とは。眞内くん、それは本当に暴走族だったのか。
「毎日つまらないし、でもチームに戻る気もなくて。高校も中退してたんで、とりあえず働かないとって。金もなかったんで。バイク乗る仕事なら、なんとかやれるかもって思ったんすけど」
「やる気が起きない……と」
眞内くんはうなずく。
追いかける存在がいなくなることは、目標を失った状態ともいえる。
向かう場所を見失った人間は、自分にも人生に対しても、どんどん
面倒くさい、の鬼が住み着くのだ。
「
「へぇー。確かにお釈迦様って主人公クラスだよね!」
ずずっ、と茶をすすりアイが言う。
「ええ。でも本来は、そのように格を示すものではなく、自分が主体となって物事に当たることの大切さを説く言葉なのです。
仕事の場なら、上司の指示や決まりに従って行動するなかで、そこに自分らしさを加えていくことです。自分ができる工夫を添えるのです。
例え誰も気づかない、褒めてくれる人がいないことでも、そうやって主体的に動いていれば、やらされているというストレスは減るでしょう」
「主体的……」
眞内くんが考えるようにつぶやく。
「
輝ける場所を探すのではなく、今いる場所を自分で輝かせるのです」
眞内くんはじっと一点を見つめている。
タルそう、でも……と鬼と戦っているのかもしれない。
自分の中に変化を起こそうとするときは、きっと沼地から這い出ようとするくらいエネルギーを使うものなのだろう。
「他人を追いかけるのは終わりにして、主人公になるときが来たのです、眞内くん」
眞内くんは顔を上げた。黄金の瞳が、戸惑いつつもうなずいたように見えた。
「さて、眞内くんのおすすめは骨付きチキン棒棒でしたね。責任もって食べてもらいましょうか」
「え……まさか最初から自分に食わせる気だったんすか」
「好きなんでしょう? さぁどうぞ」
「お金払ったのアイなんだけどね! まぁいいいや、うん食べよ! アップルパイ匂いやばい漏れてて、もうお腹鳴りそうだったし!」
アイはアップルパイの箱を開け、顔を近づけ香りを堪能する。ワイルドに手で半分に割ると、片方を私に差しだした。合掌し受け取り、かじる。
いかん、これは卵を使っているなと感知しながら、私は幸せそうに口を動かすアイにつられて上向きになりながら咀嚼する。
いきなりデザートから食べ始めた私とアイに気まずげな視線を向けつつ、眞内くんは骨付き揚げ肉にかぶりついた。
するっと剥がれていく肉。こりこりと軟骨を噛み砕く音が響く。絵に描いたようにきれいな姿を現す骨に私は感動した。食べ残しが一切ない。
「美味しそうに食べますね」
感嘆する私に、眞内くんは二本目を手に取りながら答えた。
「……熱いと、もっとうまいっす」
微笑する私を見て、目をそらす眞内くん。
「うちのアップルパイってやっぱ美味しいよね! ティラミスの方が人気あるけどさ!」
「あー……生地が違うっす。リンゴの煮具合も計算されてるっすね。マジ、アップルパイは宅配業界で覇権取れるレベルっすよ」
あっという間に三本目を食べ終えた眞内くんがアイに言った。
デザートのおすすめをアップルパイと答えたのは、本心からのようだ。
「いい加減戻らないとやばいんで」
と、眞内くんは唇をてらてらさせたまま帰って行った。
帰り際振り返ると、
「あー……アイ、さん。ごちっした」
と会釈した。
「えっ!! アイの名前覚えてくれてたの!?」
アイが心底驚いたように瞳を大きくする。最低限のやり取りとは、いったい。名前を呼ぶ機会すらなかったということか。
「いや……いつもアイ、アイって言ってるから」
「それで!? ウケる! まぁいいや、なんか嬉しいし! よろしくねアツシくん!!」
眞内くんはアツシという名前らしい。下の名で呼ばれたのは初めてだったのか、彼は彼で戸惑いつつ、アイの勢いに圧されてうなずく。
何かの芽生えに私が合掌していると、眞内くんは私の方を向いて会釈した。
「あの……ピザ投げてすんませんでした」
私は礼を返し、その気づきに感謝する。
あとは彼自身で考えるだろう。
「なかなか面白い青年でしたね」
遠ざかるエメラルドグリーン色の後頭部を見送りながら言うと、となりに立つアイもうなずいた。
「うん、なんか意外なキャラだったね! 次シフト一緒になるのが楽しみになったし! ありがと菩伴さん! やっぱ頼りになるわ!!」
私はアイに頼られているのか。そうでござるか。一喝はしたが、ピザ頼んでアップルパイの布施をいただき、興味のままに話を聞きながら職人芸のような食べっぷりに感嘆していただけのような気もするが。
はて何かやりましたか? と謙遜してみるか、しらじらしい真似はやめて、いつでも頼ってくるがよいと男らしいところを見せるか。
反応に困っていると、アイはさっさと一人で僧堂の中へ引き返した。
「さーて! あのLサイズピザを食べちゃわないとね!!」
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