第十五話 僧侶菩伴、ピザ注文をする
ピロロロロロ、ピロロロロロ……。
腕につけたデバイス端末から浮き出る、ピザのメニュー表の画面を見ながら、私は呼び出し中の電子音を聞いていた。
アイのバイト先である宅配ピザ店「パラディーゾ・ピザドーゾ」に注文の電話をかけているところだ。
となりではアイが、固唾を呑んで画面を見守っている。
アイいわく二コール以内に出ないといけないらしいが、空しく電子音は鳴り響く。六回目にして、ようやく電子音が途切れた。
「……はい」
一瞬間かける先を違えたかと思う程の間が空いた。出たのは男性のようだ。
「あの、ピザの注文をお願いしたいのですが」
「あー……はい」
愛想のかけらもない声。
アイをちらりと見ると、こくこくとうなずく。どうやらお目当ての人物が釣れたようだ。
「私、肉と魚、卵が食べられないのですが。ベジタリアン向けのピザはありますか?」
「あー……ほぼ入ってますよ」
アイがメニューにある一枚のピザの写真を激しく指さす。「アボカード」という緑色のピザだ。これがベジタリアンに対応できる品らしい。
「この、アボカードはどうですか?」
「あー……いいと思います」
「ではそれで」
「……サイズは」
「Lサイズをお願いします。あとデザートが欲しいですね。何かおすすめはありますか?」
「……アップルパイとか」
「ではそれも」
「住所は」
「あともう一品。そうですね、あなたの一番好きなサイドメニューは何ですか?」
ちっ、と微かに舌打ちが聞こえた。
「……骨付きチキン棒棒っすかね」
「いいですね、それをお願いします」
「……いや、あの、肉っすけど」
「ええ、大丈夫です、ありがとう。以上です」
住所と電話番号を伝える。「……っした」とぎりぎり聞き取れる声を最後に、通話はブツリと切れる。
アイを見ると、空中をつかむようなポーズでわなついていた。
「っっっもーー!! ありえないっしょ!? 電話とったときの『お電話ありがとうございますパラディーゾ・ピザドーゾ七福通り店です』もないし! あと一品追加してもらうためのおすすめもしないし! 商品知識も浅いのかめんどくさいのか……ふぐぅ~~~~!!」
「まぁまぁ、落ち着いてアイ殿。私は彼、心底腐ってはいないと思いますよ」
「そうなんだろうけどさー。ま、勝負はこれからだよねっ!!!」
アイはデバイス端末で時刻を見た。午後三時十分。
通常この時間帯は暇らしく、三十分かからず届けられるはずだという。
なのでドライバーも一人か二人で、シフトを見て新人君がいることを確認して電話をかけた。今時注文はほぼネットからで電話注文はほとんどないという。だからこそ、試しに電話での注文をしてみたのだ。
さて、どんな人物が現れるやら。
「アイ殿、とりあえずお茶でも」
時間が刻まれるのをじっと見つめるアイの肩をぽんと叩き、私は箒を手に僧堂へ向かった。
○○○
「……遅い」
飲み干した湯飲みをちゃぶ台に置き、アイはつぶやいた。
注文をしてから四十分が経過している。
「二十分あればいけるってまじで! もぉー店長もいるはずなのに!」
「店長さんが新人君の採用をしたのですよね?」
「人足りな過ぎて来るもの拒まずなの、うちの店長。そんで指導もバイトに丸投げ!」
アイの湯飲みにおかわりを注いだとき、わずかに表の方で、からんからん……と鈴の音がしたのが聞こえた。
この音は本堂の参拝用の鈴の音だ。
「……来ましたかね」
すっくと立ち上がる私を、アイが驚いた顔で見上げた。
「えっ!? なんか聞こえた!?」
直後、私の手首に振動が起こった。見慣れない番号からの着信が表示される。
「はい、
「……あの、ピザ屋っすけど、どこ行けばいいすか」
電話で道案内しながら僧堂の玄関へ向かい、引き戸を開ける。上下黒のジャンパーを着た人影がきょろきょろしているのが目に入った。
「配達員さん、こっちです」
やってきたのは、背の高いやせ型の青年であった。
面長の顔はあごと鼻がしゅっとしててなかなか恰好がいい。長めの髪は緑色に染められており、首にしなだれかかっている。耳にはたくさん輪がついていて、不機嫌そうな唇にもシルバーが光っていた。
カラコンをした、ドラキュラみたいな金色の瞳が私をにらむ。
「……ピザっす。支払い方法は」
青年は片手でピザの箱を持ったまま腰のポーチを開く。受け取り時に会計を選択したため、現金か電子マネーで支払いをする必要がある。
私は青年の胸元に目をやった。
通常雨の日に着るであろうジャンパーには「
「
アイが言うには、新人君の届けたピザは具が偏っている、冷めているなどのクレームがよくくるそうだ。
眞内くんの小鼻がぴくっと動く。
次の瞬間、私の足元へピザの箱が音をたてて落下した。
落ちたのではない。落としたのだ。
「……どーぞ」
不機嫌さを隠さない言い草。
私は大きく空気を吸い、喉を拡張させた。
「
狭い玄関で声が破裂する。
空気を割る咆哮に、青年が「うわっ」と小さく声を漏らす。
僧侶の必殺技〝
語尾がちょっとイタリアンに寄ってしまったのは気のせいにしたい。
眞内くんは中腰になり、腕を構えて防御の姿勢になっていた。カラコンをした人口的な瞳に、恐れの色が浮かぶ。
「食べ物を粗末にするとは何事か!! 命の源となる恵みであり、それ自体が命である!! このピッツァはキミがストレスをぶつけるための道具ではない!!」
「……」
眞内くんがちらりと床に投げ出されたピザの箱に視線を向ける。
「お金はきっちり電子マネーで払うよ!!!」
顔をしかめたまま口を開かない眞内くんにしびれを切らしたのか、奥からアイが走ってきた。仁王立ちして腕のデバイス機器を見せつける。なんだかキメポーズっぽい。変身しそう。
「え……なんで、ここに……」
アイの登場に眞内くんはさらに混乱したように、私とアイを交互に見るのであった。
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