第十一話 ディナーの誘い
自慢ではないが、私の顔面は端正な造りにできている。
すっと通った鼻筋に、主張しない唇。眉は平行に、落ち着いた印象を与える切れ長の目の上に添うように引かれ、輪郭は卵型。
強いて言えば目元のほくろが、くせのないこの顔にわずかな個性を生みだしている。いや、一番の個性は坊主頭かもしれないが。
私はこの顔を鏡で見ても何とも思わない。それは意図して、人に――主に女性に――好意的に映るように〝設計〟されていることを認識しているからかもしれない。私は自分の顔を仕事道具としてとらえている。
――いや、私はすべてが仕事道具なのだ。
そんな「実用性もある飾りとしてのアンドロイド僧侶」の私に、今回大きなアップデートが入った。
なんと、食事機能が追加されたのである。
以前は液体を体内の貯水タンクに溜めることしかできなかったが、固形物も摂取できるようになったのだ。
味覚を得ることで、人の好ましい味付けを繊細に調節できる。それにより調理のスキルが向上した。
摂取した食物は体内のタンクで肥料に加工される。
無駄になるわけではない。が、この機能、本当に必要なのだろうか。
改造手術にそこそこの経費はかかったはずである。
住職はいったい私をどうしたいのだろう。レシピ通りに作る料理が、実は不味かったのだろうか。
「じゃあ
と、住職は身支度を済ませて言った。
檀家のお食事会にお呼ばれされてしまったらしい。招待とあらば行かねばなるまい。旬の魚の刺身や熟成肉のローストビーフも、酒も、どうぞと出されれば口にしなければなるまい。たとえそれらが、僧侶にとって避けるべきものだったとしても。
いやはや斎藤さんの宴好きには困ったものよ、と住職は首を振りながら、よそ行きの着物を召した奥方と一緒に寺を後にした。
きっと茹でだこのように赤くなって帰ってくるだろう。
私は仏殿での読経を終えると、夕食の支度にとりかかった。
食材を消費してしまうことに正直まだ気が
香を
がららっと勢いよく僧堂の戸が開く音がした。
「菩伴っさーーーん!!!」
予想した通りの声がする。
私は盆を台所にひとまず置き、玄関へ向かった。
「こんばんは、アイ殿」
制服にダウンジャケット、短いスカートと金髪。見慣れた姿が立っている。
「こんばんはーって、あれ。なんか今日はすごいお坊さんっぽいね!?」
私は
食事の時には作業服ではなく、キメ過ぎない程度の正装をするのだ。
アイの目には、こちらの方が仏教僧のイメージに近いらしい。
「なんかカッコいー!!
手首のデバイス端末を向けるアイ。写真を撮っているようだ。
またカッコイイと言われてしまった。
ご希望通り合掌しながら、目線は下を向く。
檀家の女性たちに写真を撮られるときは、ちゃんとカメラ目線でキメ顔を作れるものなのだが……。
なぜだか、アイの方を向けないのである。
「ごほん。……アイ殿、今日は?」
合掌したまま用件を尋ねる私に、アイは
「んー? なんもないよ」
と真っすぐな瞳で微笑した。
何か仕事を求められるのが常であるアンドロイドロボットの私は、この答えに戸惑った。
そうですか用件ができましたらまたお申し付けくださいと背を見せるわけにもいかず、私は居場所を失くしたように来客の前で沈黙した。
「用事なきゃ、会いにきちゃダメ?」
わずかに首をかしげるアイ。
イケメンか!!!!
いや違う、小悪魔ギャルか!! そうか、そうなのか!!!
「あ、もしかして仕事中だった?」
「いえ、これから食事を摂るところで。アイ殿も一緒にいかがですか」
――しまった!!!!
言ってしまってから気づく。何をさらりとディナ~に誘っているのか。
アイの言動に困惑するあまり、相手の状況、心理に配慮することなく浅はかなことを言ってしまった。
「えっ!? 菩伴さん食事すんの!?」
そっちに反応するアイ。そうだ、アイにはまだアップデートのことを言っていなかった。
「はい、先日新機能が追加されまして」
「すご!! えー、でもご飯の時間早いね? まだ五時だよ」
「そうですね、アイ殿には中途半端な時間ですか。では、また……」
次の機会に。
相手が断れるよう、さりげなく引く……ということをしようとした。
しかし私の台詞はアイの声にさえぎられ続かなかった。
「ううん! 今日なんか食欲なくてお昼ごはん卵サンド一個にしたら、やっぱお腹空いちゃった! お言葉に甘えまっす!!」
予想外の言葉に私は驚く。
「い……いいのですか? その、お家の夕食は」
「うん、今日ママ夕食いらないって。ひとりだし、何食べようかなって思ってたところ!」
「さようでしたか……。では、どうぞ」
おじゃましますと靴を脱ぐアイ。
なんだか大変なことになったと、アイの床を歩く音を聞きながら私は内心焦っていた。
男女二人で食事。職場の同僚とかならともかく、一般的には、親密でないとこういうシチュエーションにはならないのではないだろうか。
一つ屋根の下、閉じた空間に二人でいることが急にやましいことのように思えてくる。
今までにだって、台所で二人で菓子作りをしたことがあるではないか。おまけに恋バナまでしたのだ。そう、私はアイにとっては友人――。異性とは見られていないのだ。というか人間でもない。
私はアンドロイド。さえない坊主頭の僧侶なのである。
一歩一歩進みながら、私は自分にそう言い聞かせた。
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