本編

 スポット1《山梨県・大石公園、富士山の前》


「みんな? 富士山だよ」(雄大でのんびりとした声)


 富士山だよ(やまびこ・エコー)

 富士山だよ(やまびこ・エコー)


「みんな今日はどうしたのかな? 夏休みだから富士山に遊びに来てくれたのかな?」


「えっ? 富士山が夜空や雲に隠れて、見えてないお友達もいるって?」

「大丈夫。見えないだけで、富士山はいつもここにいるからね」


「ふっふっふじ~っ(富士山の笑い声)」

 ふっふっふじ~っ(やまびこ・エコー)

 

「えっ、君たち肝試しをしているの? じゃあせっかく富士山に来てくれた君たちに、富士山がとっておきの」


「富士山のこわ~い話」

 こわ~い話(やまびこ・エコー)


「をして、ひんやりさせてあげよう!」

「でも、みんながみんな怖い話が大丈夫なわけじゃないよね? だから怖さの違う話を三つ用意したよ。選んでくれるかな?」


 不安になるBGM


「『ほんのりこわ~い話』でじゅうぶんなお友達は、そこの花壇の前(スポット2)に立ってくれるかな?」


「『ガチでこわ~い話』でも平気なお友達は、そこの富士山のモニュメントの前(スポット3)に立ってくれるかな」


「こわ~いのが苦手なお友達は、富士山が『こわ~いのが吹き飛ぶ話』を聞かせてあげよう。もっと富士山に近づいて貰えるかな?(スポット4)」



「では、移動してみよう! れっつごー!」


 カチカチカチ……(秒針の音)

「ふ~じさん、ふ~じさん、おやまが高いのね。そ~よ、ふじさんは『3776m!!(早口)』なのよ~♪」




《スポット2》

「ふっふっふじ~」

「ほんのりこわ~い話が聞きたいんだね。怖いのは苦手だけど勇気を出してちょっとだけ聴いてみたい。その気持ち富士山もわかるなぁ。君は富士山にちょっと似ているね」


「大丈夫、富士山は誰かを無理に怖がらせたりしないからね」


《富士山のほんのりこわ~い話》(ナレーション)


「そこのちょっと離れた花壇に、緑色のコキアが生えてるのが見えるかい? それ越しに富士山を撮影するの、みんなの間で流行ってるらしいよ?」


「ところで、みんなは草やお花を育てるためのお水が、どうやってくるか知っているかな?」

「お水は山からやってくるんだ。富士山に積もった雪が溶けて、富士山にしみこんだあと、数百年かかって湧水に変わって、川となって、水道水になってるんだよ」


「今のお水は、数百年前に富士山につもった雪だと思うと、ちょっと壮大じゃない?」


「でも、お山ってカモシカやキツネがいるじゃない?」

「どのお山でも、たまに山で息絶えた動物の『魂』まで、お水にしみこんでしまうことがあるんだ」


「ちょっと怖いけど、魂は死んだら終わりではなく、循環するんだね」


「で、カモシカやキツネならいつものことなんだけど……山には『得体の知れない何か』も潜んでいる。富士山心配だよ~」


「では富士山が、そこのコキアのこわ~い話を始めるね」


 足音。ホースから放水する音

「その日、コキアの世話係のTさんは、コキアに水をやろうとホースを持ってやってきた」


「Tさんは、もともと東京の一流企業に勤めていたんだけど、登山部だった大学生の娘さんを、滑落事故で亡くしてしまったんだ。それからは会社をやめ、娘さんの眠る富士山の近くで生きようと、コキアのお世話係になったんだよ」


「Tさんは滑落事故が起こった前の日、娘さんと喧嘩をしたんだ。そして『お前なんて、どうにでもなってしまえ』って心にもないことを言ってしまった。それがずっと後悔だった。もし仲直りしてから送り出していれば、娘さんは登山に集中して、事故などなかったかも知れないと」


「その日、コキアにあげるお水はいつもと違って、雨上がりのような臭いがしたんだ」


「そんな日もあるだろう。Tさんが気にせずお水をかけていると、水をかけ終わったコキアが、おかしな音を立てている事に気づく」


「耳を澄ますと、コキアがぶつぶつと喋っていたんだ」

「カモシカでもキツネでも人のものでもなかった。もう長年、山で暮らしているTさんでも聴いたことない声だったそうだよ」


「でもTさんは不思議と怖くなかったらしい」

「Tさんは娘さんを亡くしてから、いっそ死なせてくれと思うほど毎日苦しんだ。だから、たとえ山で亡くなったのが何者であろうとも、構わず『可哀想』と思う、やさしい心が芽生えていたんだ」


「あるいは娘さんを亡くしてから、自分もいつ死んでもいいと思っていたのかも知れないね」


「『苦しかったろう』。Tさんはコキアを、娘の髪を撫でるように撫でた」

「するとコキアははっきりとこう言った」


「『もう泣かないで』」


「以来、コキアが喋るような事件はないそうだよ。コキアは一年草だからね。そのコキアも今では枯れてしまった」


「Tさんは、あれは娘さんの魂だろうって喜んでるけど、実際には正体が分かってないんだ。だって富士山の雪が川になるのは数百年かかるって言ったからね。娘さんが死んでからまだ数百年経ってないからね」

「じゃあ、あれは誰だったんだろうね」


 10秒間、無音。



「でも場所によっては、たった20年で湧水になるらしいよ。Tさんがそのコキアに出会ったのは滑落事故から20年目だったんだ」




 ほんわかしたBGM 

「ふっふっふじ~(笑い声)」

「ほんのりこわ~くなったかな? 富士山に会いたくなったら、いつでもここにいるからね」




《スポット3》

「ガチでこわ~い話が聞きたいんだね。君が一人でトイレに行けなくなってしまわないか、富士山、心配だよ~」


《富士山のガチでこわ~い話》ナレーション。


「富士山の麓に現れる妖怪『頬撫で』は知ってるかな?」


「青白い『手しかない妖怪』で、山道を歩いていると現れて、すれ違いざまにほおを撫でてくるんだ」

「ただそれだけ。無害で、出会った人も全員生存。でも正体も、頬を撫でる目的も分かってないんだ。目的が分からないと、かえって気味悪いよね~」


「じゃあ富士山、ちょっと真面目にお話しようかな? いくよ~」


 しゃわしゃわしゃわ……(蝉の音)


 その日の夕方。恋人と喧嘩したC子は自殺をしようと富士の森へ入り込んだ。あっという間にGPSが狂い、スマホのナビがぐるぐる回り始めた。来た道をまっすぐ戻ったが……なぜかどこまで行っても出口がない。


 C子は怖気づいた。というよりも、最初から自殺する覚悟なんてなかった。恋人がC子を赤ん坊のように慰めてくれるのを望んでいただけだった。

 C子は自殺志願者にふさわしくない大声で「助けて」とわんわん泣いた。

 

 カナカナカナカナ……(ひぐらしの音)

 土を踏む音。

 立ち止まる音。


 C子は頬に何か触れた気がした。

 振り返ると、ススキの穂が風に凪いでいた。


「なんだススキか。びっくりさせないでよ」

 C子は『頬撫で』の話を知っていたので、厭な気分になった。

 『頬撫で』は山でたまにすれ違う『手しかない妖怪』だ。もっとも頬撫では無害な妖怪だった。目撃者は全員生存で、後遺症もない。迷った人を慰めようとしている説さえある。

 なら頬撫でに出会ったなら、むしろ生きて帰れるのかも知れない。


 20分ほど歩いただろうか。

 あたりはもう一面、ススキの草原になっていた。

 須山のようだと思った。でも徒歩20分で山梨から静岡まで富士を周回できるとは思えなかった。奇妙と思いながらも、C子の思考力は失われつつあり、ワイン色に暮れるススキの草原をぼんやり眺め「妙なほど綺麗だ」と見とれていた。


 気づくとC子は、頬を撫でられていた。

 ススキの穂は血を宿しているかのように温かかった。

 慰めてくれているのだ。そう思うとC子は子猫のような甘い気持ちになり、ぼんやりと頬を撫でてくれるススキの草原を進んだ。


 C子がしばらく進む頃、いつの間にかススキの草原は見渡す限り青白い手に変わっていた。



 後日。

 警察の捜査でC子のスマホが発見された。というより、河口湖に届けられていた落とし物の中にC子のスマホも混じっていた。


 あれ以来、C子は行方不明になっていた。

 警察は観光センターにC子のスマホをどこでいつ拾ったのか尋ねたが、答えは「知らない間に混ざっていた」だった。


 警察がC子のスマホを解析していると、奇妙な動画が撮影されていた。

 C子が半狂乱になって、必死で何かを映そうとしているのだ。しかし撮影地はどこまでも暗闇でC子の声しかろくに入っていなかった。


「助けて」

「助けて」

「こいつ頬撫でじゃない」












「顔がある」






 不協和音の音楽


 富士山です。いかがだったでしょうか。山とは分かっているようで分かっていない場所が多いところです。富士山を見るのについ夢中になっていると、いつの間にか奇妙な世界へ迷い込んでしまうかも知れませんよ。


 ほら、今、すぐ後ろにも。


 ふっふっふじ~。

 ふじ~(エコー)

 ふじ~(エコー)


「怖くなったかい? なら富士山の『こわ~いのが吹き飛ぶ話』で元気を出すといい。富士山はいつもここにいるからね」





《スポット4》


「ふふっ、君は怖いのが吹き飛ぶような『富士山の、たのもし~い話』が聞きたいんだね」

「怖いのが苦手な子だって、せっかく富士山まで来たら、富士山とお話せずにはいられないからね。その気持ちわかるよ? 富士山に任せなさい!」


「ふっふっふじ~」


《富士山のこわ~いのが吹き飛ぶ話》(ナレーション)


「富士山はとっても大きいだろう? 君は『富士山と怪獣どっちが強いか気になる』ことはないかい?」


「怪獣なんて怖いよねえ。富士山が倒してくれたら、もしかして今の怖い気持ちも一緒に飛んでいっちゃうんじゃない? じゃあ富士山がまだ若い頃、怪獣をやっつけた話をしてあげよう」


 怪獣映画っぽいBGM

 

 ――それは、富士山の細胞から生まれた。(怪獣映画風ナレーション)


「隊長! 駿河湾が赤く光っています!!」

「現れたな……!! 怪獣め! 富士山を……噴火させるつもりか!!」


 それは、悪魔か。それとも人類への……天罰か。

 夏休みロードショー。

 

《富士山VSボルケノア》


「富士山……噴火しないで」

 ――富士山よ、君を忘れない。


「ふっふっふじ~」


「実は富士山、中学生の頃、温暖化で突然変異した怪獣にストーキングされていたんだよ~。富士山、怪獣に襲われたら噴火しちゃうと思って、警察に相談したんだけど『様子見て』って取り合ってくれないんだ~」


「モタモタしているうちに、怪獣が富士山の家まで来ちゃったんだよ~。やだよね~」


 カチカチカチ。慌ただしくスイッチを入れる音。

「こちら怪獣対策本部! ドローンの映像が入ってきました」

「怪獣、富士山へ向かっています!! ……隊長、怪獣はなぜ富士山に執着するのでしょうか!?」


「エリカ隊員。ボルケノアは強大な熱エネルギーに触れると進化する。もしかしたら富士山を噴火させて、その熱エネルギーでさらなる姿に進化しようとしてるのかも知れない」


「隊長! 富士山が噴火したら、東京にガラスの灰が降るんですよ?」

「エリカ隊員。ボルケノアは温暖化の熱エネルギーで突然変異した怪獣だ。自分をこんな姿にした人間たちに、復讐しようとしているのかも知れない」


 ほえええええっ!!(怪獣の鳴き声)


「……えっ!?」

「どうしたエリカ隊員!?」


「小っちゃい! 富士山と比べると怪獣なんかお人形みたいに小っちゃいです! 怪獣は100mくらいだけど、富士山は3776mだから~っ!!」



 ふっふっふじ~(富士山の笑い声)

「いい所に気づいたね。富士山と比べると、怪獣はカブトムシくらいのサイズなんだよ? 富士山はおっきいねえ。怪獣の攻撃なんかじゃ、びくともしないよ」


「富士山光線!(早口)」


 ビイイイイッ!(光線の音)

 怪獣の爆発音 



「これで平和になったよ~。富士山、あと3000年は噴火しないつもりだからね~」

「でも万が一噴火した時は、すぐにマスクをつけるといいよ。あとは大人がなんとかしてくれるからね」



 ほんわかしたBGM

 

「どうだったかな? なんだか急に元気が出てきたりしないかい? 富士山と一緒にいれば怪獣もお化けも怖くないからね」


「富士山に会いたくなったら、いつでもここにいるよ。ふっふっふじ~」

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富士山とお話できるAR あづま乳業 @AzumaNyugyo

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