終章

 「また会えましたね」

 そいつの声に聞き覚えはない。また、だって?

 「世界のありようなんてものは、どこでどう繋がっているか判らないものです」

 「何の話か、良く判らないな」

 僕は慎重に答える。こいつは誰だ、ここは何処だ。僕を照らすのは日の光ではない。青白く冷たい、月の光だ。

 「まあそうでしょう。多分あなたと会うのは初めてです。でも何回かはお会いしてるんですよ」

 「からかっているんですか」

 僕は心の平静を保とうと必死になる。あまり良い場所ではないように感じる。

 「いいえ、真面目な話です。世界は人の心とは関係なく存在する。人の心はあくまでも、世界をどう解釈するかというフィルターに過ぎないのです。ここを天国と思う人もいれば、生き地獄と思う人もいるでしょう。でもそれは、同じものを別の角度で見ているに過ぎないのですよ」

 「よくある詭弁ですよね。カウンセラーとか精神科とかが言うような」

 そいつは薄く笑う。

 「可能性世界」

 「パラレル・ワールド」

 僕は答える。

 「世界はもともと可能性に満ちているんです。でもね、その可能性は常に未来に向いている。選ばれなかった選択肢はもう意味を失うんです。最新の選択だけが保存されて続く。だからそういう意味では、可能性によって分岐した世界など在りえない。分岐とは何か?可能性とは何か。それを人が理解しない限り、そちらには行けないんですよ」

 「で?」

 僕はようやく心の平静を取り戻す。涼しい風が頬を撫でる。

 「いえね、ただ私は様子を見に来ただけなのです。世界に誘われたあなたがどうしているのかを」

 「誘われた?」

 「はい。案外あなたは馴染んでいるようだ。実に良かった」

 「言っている意味が判らないな」

 「いいんですよ、どうせ起きたら忘れてしまいます。これは夢ですから」

 「夢……」

 夢だとはっきり言われると、なんだか納得してしまう。急に周囲があやふやになってきたようにも感じる。そもそもこんな場所を、僕は知らない。

 僕がそいつに掴みかかろうとした瞬間、景色がぐるぐると渦を巻いて漆黒に飲まれていく。

 「またそのうち、様子を伺いに来ます。それまでどうぞ、お健やかに」

 そいつの声だけが漆黒の空間にこだまして、



 僕は目覚めた。




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ストレンジ・ワールド 小日向葵 @tsubasa-485

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