第30話 と、いうわけで大団円です
女神再臨。
その光景に、その場の全員はただ茫然としていた。傷を負い、血を流し続ける魔族もまた同じくただそれを見つめていた。
「争うことはなりません」
衝撃波がマガリアとメリル、クラウスを襲った。方向をコントロールされているのか、三人はフレインのそばへと跳ね飛ばされる。
「ぐっ」
「大丈夫?回復を」
切り傷がないことを見て取って、フレインは三人に軽い回復魔法をかける。
「あなたもです」
女神は魔族に歩み寄り、その手の錫杖で魔族を突いた。魔族の体から血と傷が消えて、尻尾も再生する。
「あれが……創世の女神の力だってのか」
リックレックが、信じられないといった風に呟く。
「人を嫌い、人を憎み、人を信じないと嘯くあなたが、人の悪い部分だけを真似してしまったのは皮肉ですね」
女神が言うと、魔族のペンダントが輝き始める。
「力には力だ。邪悪をねじ伏せるには、そうするしかなかった」
「まあそれも真理ではあります」
女神はすたすたと王子へ歩み寄る。
「ありがとうございます、お兄様。長き眠りの末に、私もようやく覚悟を決めることが出来ました」
「そうか、それは良かった」
王子は力なく言う。
「これで私の使命も終わった。貧乏くじではなかったよ、シホ」
「さようならお兄様。他のお兄様やお姉様たちによろしく」
女神は微笑み、それに答えて笑って見せた。そして、第三王子ヘンリーク……ミノル九十九号は、光の粒子となって天へ還った。
「あ……」
リックレックの貸した指輪がことりと床に落ちる。女神はそれを拾って、リックレックの手にそっと握らせた。
「ありがとう。お返しします」
「あ、あ、ああ」
うまく返事ができない。リックレックは、自分をうまく制御できないことに戸惑った。
「さて」
女神は右手の錫杖で床を突き、左手を腰に当てる。
「ではちゃちゃっと、色々片付けましょう」
「片づけるって、何?」
ぽつりとフレインが呟く。
「私は世界創世の女神ですよ?じゃあまず、そこの女の子と男の子。剣と杖の魂の石を、こちらに」
口調と雰囲気が軽く変わってしまった女神を信じてよいものなのか。フレインは不安になってクラウスを見る。彼も逡巡していたが、意を決したように剣から魂の石を外して、女神に歩み寄った。それを見て、フレインも続く。
「うん、なかなかいい感じ。でもちょっと足りないかな?いや、足りるかな」
ふたつの石を手の平で転がして、女神は一人ごちる。
「じゃ、いくよ。えいっ」
魂の石から色が抜けていく。透き通っていく。しばらくして、二つの石は透明になり、ただのガラス玉のようになってしまった。
「うん、足りた。これで君たちのぶんはオッケー」
「いや、オッケーって、何が」
女神はきょとんとする。
「何って、君たちの村だよ。時空転移で超空間に隔離されてた君たちの村。戻ったよ」
えっ、となる二人。
「まあ実際見ないと信じられないよね。でも元のまんまのはずだから、後で確かめてみて」
女神は軽く言うと、防戦とする二人を尻目に、怯えた顔のままの魔族に近づく。
「次はあなた。さ、石を」
「嫌だ、これは儂の」
ペンダントを庇うように隠す魔族。
「でも、それじゃ助けられないよ天藻ちゃん」
魔族がびくっと体を震わせる。
「何故だ、何故儂の名を知っている!?」
「一度だけ……遠い昔の夢の中で会ってますから。私ですよ、シホです」
「あれは、でも、夢じゃ」
「夢です。でも夢じゃなかった。きっと今日のために、力を貸してくれたんですよ」
魔族はおずおずとペンダントを首から外して女神に差し出す。
「すごく強い想いと願い。これなら大丈夫」
女神が目を閉じて念じると、空中に銀色に輝く輪が出現した。その中には、白く丈の長い服を纏った女性が仰向けに浮いている。
「のぞみ!!」
魔族が叫ぶ。
「儂ののぞみ、のぞみ!!」
「静かに」
女神が目を閉じたまま制する。女性の体は光の輪と共にゆっくりと床へ近づく。彼女の体重が全て床に支えられたとき、光の輪は消えた。そうして、彼女は目を開ける。
「……あれ、ここは」
「のぞみっ!」
魔族が彼女に抱きつく。抱きついて、わんわん泣き始めた。
「ち、ちょっと何、あなた誰、ここはどこ?」
「案ずることはありませんよ桜木希海さん。その子はあなたの天藻です」
「えっ、天藻!?なんでこんなに大きく!?」
「色々あったんじゃ、のぞみー!!」
女神は微笑んで、二人が落ち着くのを待とうとした。が、一向にその様子がないようなのでため息をつく。
「さて、じゃあ次」
女神はリックレックに近寄った。
「あなたの願いは何?」
「お、俺は別に。そんな、大それたようなことは、ない」
うーん、と女神は何かを考える。
「そうね、じゃああなたの魔法の指輪。あなたの手にある限り、チャージ不要でいつでも使えるようにしてあげるわ」
「えっ、そんなことできるのか?」
「もちろん。ただし、持ち主が変わったら効果は消滅。新しく買った指輪には効果は乗らない。今持ってる分だけね」
「あ、ああ、それじゃそれで」
リックリックはいそいそとダガーから二つの石を外して女神に渡す。女神が手の平の上の石に念じると、すっと石から色が抜けた。
「はいオッケー」
「うひょーこいつぁすげえ!」
浮かれるリックレックを横目に、女神はメリルに歩み寄る。
「私は」
「そうね、あなたと彼女の願いは、だいたい同じ。この世界を守りたい。壊したくない。この世界で、自分の願いは自分で叶えたい」
「ああそうだ」
マガリアが進み出た。
「地金も斧も、自分で探して自分で作る。それが望みだ」
「じゃ、二人とも、石を」
マガリアとメリルはそれぞれの武器から魂の石を外す。この石の力があってこそ、ここまで戦って来られたという自覚はある。その力と別れるのは寂しいけれど……
「さて」
ようやく落ち着きを取り戻しつつある天藻と希海へと女神は歩み寄った。
「天藻さん。希海さんは元々こちらの世界の人です。ですから」
「嫌だ!儂は希海といる!」
「しかし、貴方はこの世界に大きな災いをもたらしました。破壊をしました。命を奪いました。どのような理由があったとしても、それは許されません」
「待ってください」
希海が口を開く。
「私も、天藻と一緒に向こうへ行きます」
「良いのですか?あちらの世界は、今や力と暴力が支配する魔の世界。魑魅魍魎が跋扈する世界となり果てているのです」
「それはきっと……人の罪の結果でしょう。天藻がこんなに血に穢れてしまったのを見れば、想像はつきます。でも、天藻をこうしてしまった責任が私にあるのなら、私は天藻と一緒に行きたい」
「希海……」
見つめ合う二人に、女神はわざとらしく咳ばらいをする。
「ま、そうなると思ってましたよ」
言って女神はそれぞれにひとつづつ、魂の石を持たせる。
「これでもう、二つの世界が交わることはないでしょう。さようなら天藻さん、さようなら希海さん。二人ともお元気で」
しゅぱっ、と何の前触れも余韻もなく、二人の姿は掻き消えて、後には色を失った元魂の石ふたつだけが残された。
「と、いうわけで大団円です!」
女神は明るく宣言する。だが。
「終わってないですよね」
クラウスが静かに言った。
「まだ、終わってないですよ」
「そうでしたっけ?」
女神は明るく返す。
「そうだな、確かにそうだ。まだ残ってるな」
リックレックの目線は、部屋の奥に着地した透明な棺に向いている。
「あんたの願いがまだ残っているはずだ」
マガリアも、いつか見た光景を脳裏に描いている。光となって消えた男女のことを。
「ええ、残っていますよ。でもね。それはあなたたちには関わりのないこと。私の個人的な願い。だからみなさんは、もう帰っていいのですよ。と言うか、できたらさっさと帰って欲しいです」
「でも」
クラウスは必死な声を上げる。
「もし、創世の女神を失ったら、僕たちはどうなるんです?この世界はどうなるんです?」
「そうだ、あんたが消えて世界もおじゃんとなったら、意味がない」
続くリックレック。
「何か勘違いがあるようなので、ちゃんと説明しますね」
女神はきちんと五人に向き直った。
「この一万年、私は封印されていました。兄もただ、その私を解き放つだけの力を欠片として残して消えました。つまり、この世界に神などいなかったのですよ」
「神が……いなかった」
「はい。この世界はもう、ひとつの世界として立派に続いています。そりゃああちこちで綻びも始まってますし、基本設定の甘さから矛盾もあります。でもね、世界はもうそれ自体がひとつの命として生きているんです。生き続けてきたんです。だから、今さら創造神だったものが消えたとしても、世界はずっとあり続ける。だから大丈夫!」
冒険者たちが不承不承立ち去った聖堂の奥、棺に横たわる男性を愛おしそうに眺める少女。
「……昇様、シホはようやく決心しました。あなたの望みと共にある決心がつきました。お兄様やお姉様みたいにすぐには決められませんでした、ごめんなさい。でももう迷いません。シホはずっと貴方と共に」
少女は呟きながら、コールド・スリープカプセルのロックを外す。
「昇様、起きて下さい。朝ですよ」
「昇様、もう起きないと」
体を揺すられて僕の意識は現世に引き戻される。もう朝か……?
僕をゆっくり揺する小さな手の感触を胸に感じて、僕は薄目を開けた。シンプルなメイド服に身を包んだシホが僕を眠りから引き戻すべく揺さぶっている。今日は土曜日で仕事は休みのはずだ。
「……もう少し寝たい」
「だめですよ昇様。今日はおじさまのお店に行くお約束の日でしょう?」
はっと目が覚める。
「ちょっと待て、そんな約束した覚えはないぞ」
「いいえしました。この間、お願いしたサントラCDが届いたっておっしゃってたじゃないですか」
「そうだったっけ?」
僕は記憶をまさぐる。そういえば、先生に絶版品のアニメCDを探してもらっていたっけ。上体を起こしてから大きく伸びをする。何か、記憶の底に引っかかる気がした。
「あれっ?前にもこんなことがあった気が」
「お休みの朝のお寝坊はいつものことです。そんなに珍しくもありませんよーだ」
舌を出すシホの胸元に、深紅のペンダントが揺れる。
「はい、朝御飯の支度も終わりますから、顔を洗っていらして下さい」
「はいはい」
「お返事は一度で」
「はーい」
日常。
世界線。
そんな単語が僕の意識下から浮き上がり、そして消えていく。
何か大切なことを思い出しそうで、思い出せない瞬間がある。まあきっと、大事なことならいつか思い出すだろう。僕は洗面台の鏡に向って、その不細工な顔を笑顔にしてみた。鏡の中の僕も嫌がらずに笑顔を返した。
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