第20話 わちと私
どこだここ?わちはねむい目をこすりながら考える。希海と寝た。そかおトイレに起きたんや。やめなさい言われたち、コーヒーになんも入れんで飲んだら不味うて不味うて、ぎうにうをくぴくぴ飲みすぎたんやった。
ほいでもおトイレに行きたい感じと違う。それにどこだここ?なんもかも白うてふわふわしとる。希海の部屋と違う。
「のーぞみー」
返事がない。わちは胸の底がきゅん、となった。どこ?希海はどこ?わちは耳に念じてみる。希海の気がわかる。わかるけどどこにおるんやろ?いなくはないけどいない。
わちの尻尾がぴぴん、となる。なんぞおる、知らんなんかがこちらを見よる。
「あなたはだあれ?」
そいつは人間の女。いやなんか違う、これ人間なん?なんやよう判らん。
「わちは……稲荷狐の天藻よ」
「天藻さまとおっしゃるのですね」
なんが可笑しいか、そいつは笑いよる。
「私はシホ。シホ百八号です」
「しほ?ひゃくはち?」
「あ、シホでいいです」
そいつは何やきょろきょろもじもじしよる。
「あの天藻さま、ここはどこでしょうか?」
よく判らん奴や、けどさまつけて呼ぶんはええ心がけじゃな。
「知らぬ」
「それで、このあたりに素敵な男の人はいませんでしたか?」
こやつ何を言うとるち?
「男なんぞおらん。わち一人じゃ。それよりお前、希海を見んかったか?」
「のぞみさま、ですか?いいえ」
なんね、どっか判らん場所にわち一人。あ、シホとやらもおるから二人。
「足もともふわふわしよるち、遠くも見えよらん。ちうこつは」
「ここは夢の中なんでしょうか?」
「先に言うな!」
わちはわちのめいせきなすいりを取られてちょっと腹立った。そん時。
そうだよ、ここは夢の世界。
頭ん中にぐわんぐわんと声ば鳴った。
「誰ね!」
「テレパシー!?」
わたとシホは周りを見やる。誰もおらんけど誰かおる。そいつがこん世界ばわちらを連れて来たんか。
驚かせてすまない、ただ確かめたかったのだ。
「何をですか」
シホん声が意地悪うなっちょる。怒っとる。シホん怒りの気がぶうんと唸っちょる。風に渦ば巻く。
「姿をお見せさない!」
その必要はない。
わちもなんだかむかむかしてきた。希海の横ん早よ戻りたい。
「わちらを早う元に戻しや!こがん夢ば知らん!」
そうかなるほど。人ならざる故に、人の道を拓くか。
そういや昔かかさまが言うとった。わちらあやかしと根の違うもんがおるち。根の違うけん交わらん、そんで、里へ帰ってったのがおるち。
「お前、妖精やな」
我を知るか、狐の子よ。
「シホ、こいつら妖精言うもののけじゃ。眠りば使うてわちらをここに呼んだちゃ」
「妖精!?そんな、妖精や精霊はもう皆自分の世界に帰ったと聞きましたのに」
「なんや判らんがこれは妖精の仕業ち。何ば企む!?」
企んではいない。ただ知りたかったのだ、
「何をね!?用ば済んだならもうええやろがい!」
「そうです、早く帰してください!」
最後にひとつ……それほどまでに人が大事か?人ならざるお前たちだと言うのに?
「うるさいがや!わちは希海を守るち決めたちゃ!!」
「総称としての人ではありません、シホが大事に思うのは昇様だけです!!」
はっ、とシホは目が覚めました。なんでしょう、何かとても嫌な夢を見ていた気がします。おでこを触ってみたら、ものすごく汗をかいていました。
隣では昇様がすやすやとお眠りになっています。狭いベッドにシホのための場所をつくるため、不自然に体を曲げた姿勢で寝てくださっています。大きなベッドを研究所の予算で買いましょうと申し上げたのに、そのお金でシホの新しい服と靴を買ってくださいました。
シホは静かに身を起こして洗面所に向かい、そっと水を出して顔を洗います。汗といっしょに、悪い夢の感触が流れていく気がしました。新しいタオルで軽く顔を拭いてから、鏡の向こうのシホと笑い合いました。うん、ちゃんと現実。
シホは寝室に戻って、ベッドの上の昇様の体に身を寄せて目を閉じます。夢って変ですよね、こんなに近くにいるのに同じ夢は見られないんですよ、どうしてなんでしょう。
そうだ、明日起きたら昇様に訊いてみましょう。きっとまた、深く考えなくていいよっておっしゃることでしょうね。おやすみなさい、昇様。
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