第18話 冒険者ギルドへようこそ!
冒険者ギルドのメンバー登録には、制限がある。
自由業の最たるものと思われがちな冒険者。自称するなら誰にでもできるが、公設のギルドに登録するには必要条件をクリアする必要があるのだ。
まずは犯罪歴がないこと。公的なサポートを受けるなら、当然と言えば当然だ。そして年齢条件。上限はないけれど下限はある。満十五歳を超えていること、これは必須条件だ。
だから物語にあるような、少年少女の冒険者はいない。いや、いたとしてもギルドで仕事を受けられはしないし、仲間の紹介を受けることもできない。完全フリーの風来坊、未登録冒険者も一定数はいるけれど、そういうのは大抵犯罪に関わって資格を失った元ギルド員だ。そういう連中が活動できるのは冒険者時代に得た人脈でギルドのサポート部分を補っているからで、だから金もコネも持たない子供がフリーで活動することは不可能だ。
だから、ギルドの待合室に二人の子供が入って来たのを見て、周囲の大人はざわめいた。
「疲れたかいフレイン」
「ううん、大丈夫よクラウス」
十を少し過ぎたくらいの、二人の幼い声。似つかわしくないどころの話じゃない。
「なあ、あれ」
「なんだありゃ」
冒険者の中には、風の噂に聞いたことがある者もいる。特例中の特例でギルド登録を認められた子供がいると。しかしそんなものは嘘っぱちだと誰もが思っていたし、務まるはずもないとも思っていた。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
少年はそう言うと、受付カウンターにすたすたと歩み寄る。
「あの、この魔物退治の依頼ですが」
腰の物入れから折り畳んだ紙を取り出して広げる。それはギルドの依頼書で、中央に大きく星のマークがついている。
「報告に来ました」
周囲のどよめきが一瞬収まる。
冒険者ギルド発行の依頼書には魔法がかけられている。依頼を完遂するとその証として、中央に星のマークが浮き出るのだ。そこまでやって初めて報酬を得られる。
例えば魔物退治の場合、指定の魔物を一定数討伐すればクリアになるのが普通だけれど、倒しても倒しても星マークがつかない時もある。逆に、ほんの数匹でマークが出る時もある。そのために、依頼書にはおおよその作業量も書かれてはいたが、あくまで目安に過ぎない。
だからそういった依頼はフルメンバーのパーティー……ギルドでは六名をそう規定している……で受けるのが暗黙の了解だった。どこまで続くかはっきりしない討伐なら、安全策で挑む。それが常識だ。
だが今入って来たのは、剣士と司祭の二人きり。しかも子供。これは異様な光景だった。
「はい、完了を確認しました」
笑顔を崩さずにエルフの受付嬢は言う。まあその彼女も、この子たちが初めて依頼を受けに来た時は動揺を隠せなかったのだけれど。
依頼書を丁寧にファイルへ挟み、引き出しから金貨の詰まった拳大の袋をふたつ、取り出す。
「こちら報酬になります。どうぞ」
「ありがとう」
「またのご利用を」
少年は受付嬢に微笑みながら頭を下げて袋を受け取り、待っている少女の元へ向かう。
「お待たせ。じゃあ行こう」
二人が連れ立って出ていくと、ギルドの待合所はどよめきに包まれる。
「本当にいたんだな、特例のガキって」
「金貨二袋って、そこそこの難度だろ」
冒険者ギルドはこうして、しばらく憶測が飛び交う場となった。それくらいに、衝撃的な光景だったのだ。
クラウスとフレインの村は消滅した。
滅びたのではない。滅ぼされたのでもない。消滅したのだ。
村の司祭であるフレインの父の使いとして、馬車で二日ほどある聖堂へと向かった二人が務めを果たして戻った時には、村は影も形もなかった。
村があったはずの場所には、大きな半球体のくぼみだけがあった。まるで地面ごと、巨大な匙で掬い取られたように。
誰が何のために、どのようにして。その全てが不明だった。人の手で起きたことなのかどうかすらも判らない。人ならざるものの仕業としても、ここまでのことをするような魔物や魔族など誰も見たことがない。魔王が、その眷属である魔族が滅びてもう悠久の時が過ぎているのだ。
村を失った二人に、他に身寄りはなかった。天涯孤独になった二人に、その地方を統括する行政官は尋ねる。これからどうしたい、と。クラウスは答えた。旅に出たいと。
「旅?何のために?」
「僕は、村がまだどこかにあると思うんです。そしてきっと、助けを求めてる」
「それを証明するものはあるかい?」
「ありません。でも、探したい」
「フレイン、お前はどうか?」
フレインも気丈に言う。
「私は司祭の娘です。クラウスの助けになろうと思います」
「だが」
行政官は紙になにやら書きながら言う。
「あと五年もすれば君たちは冒険者ギルドの登録資格を得る。それまでは街の施設で暮らし、準備をしたら良いのではないか?」
「待っていられないんです」
クラウスはまっすぐに言う。
「何か、嫌な予感がするんです」
フレインも続ける。
「ふむ」
本来なら、この二人の身柄を施設送りにするのは行政官である彼の権限内の仕事だった。中央に指示を仰ぐような案件ではない。一家離散のみなし子など、さほど珍しくはない。だが彼の脳裏に、あの綺麗にえぐれた村の跡地の光景が蘇る。
「言い分は判った。検討するから二、三日待ちなさい。その間は私の屋敷に泊まるといい」
部下を呼び、二人を自分の屋敷に連れて行くように命じてから彼は書類を完成させて王都に送る。確かに何か嫌な予感がする。あのぽっかりと空いた半球のえぐれには、何か不吉なものが秘められている気がしたので、上の判断も必要だと思ったのだ。
王都からの返信を待つ数日間、クラウスとフレインは行政官の屋敷で客人としてもてなされた。知人や縁者を全て失った二人に少しでも気を強く持ってほしいという彼の思いだった。
三日が過ぎ、王都からの使者が到着する。手紙の返信を予想していた行政官は驚いた。その使者がただの使いではなく……聖王国の第三王子ヘンリークだったからだ。
「報告ありがとう、メルビン行政官」
「こ、これはヘンリーク王子自らのお越しとは」
「案ずるなメルビン行政官。私は君を咎めに来たわけではない」
言って王子は広間の端に固くなっている二人に向けて手招きをする。
「むしろよく報告してくれた。君のような人物がいてくれて助かる」
「は、はあ」
「報告にあった跡地は見て来た。あれは確かに異常だ。実際に見るとまた違う」
おずおずと近寄る子供二人に、王子は微笑む。
「君たちだね?旅に出たいというのは」
「はっ、はい!」
「危険な旅になると思うよ?」
「し、承知の助です!」
緊張のあまりの言い間違いも王子はスルーする。
「クラウス、君は剣士志望だったか」
「はい」
「そしてフレイン。君は司祭だね」
「はい」
王子は二人をじっと見つめて黙る。口元は笑みを浮かべてはいるが、目は笑っていない。
「……探してすぐ見つかると思っているかい?」
「それは」
言い澱むクラウスの代わりにフレインが言葉を継ぐ。
「どれだけかかっても、探し当てます」
そのフレインの強い意志に、クラウスも驚いた。
「なるほど、まあそうだろうね。定めっていうのはそういうものか」
王子は寂しそうに言うと手を叩いた。従者が隣の部屋からすっと現れて、一振りの剣と一本の杖を王子に手渡す。
「さあ二人とも、こっちに」
歩み寄る二人。王子は剣をクラウスに、そして杖をフレインに手渡す。剣は両手でも片手でも使えるブロード・ソード、杖は一人前の司祭が持つ錫杖にも似ているが、聖職者が好むような飾りが少なく、剣は鍔の部分、杖は先の部分に深紅の宝玉が埋め込まれている。
「君たちが旅を続けるのなら、この剣と杖を手放してはいけない。旅の途中で手に入るどんなものよりも、必ずこれは君たちの助けになるはずだ」
「お、王子様」
驚く行政官に、王子は笑って片目を瞑る。
「君たちの旅は決して楽なものにはならないだろう。一歩間違えば死が待っている。それでも行くと決めたんだろう?」
クラウスは無言で頷いた。
従者がすっと歩み出て、拳大の袋をクラウスに渡す。
「それは僕からの餞別だ。路銀にするといい。それと」
王子はポケットからアミュレットをふたつ取り出して、二人に一つづつ渡す。
「冒険者ギルドの登録証だ。後ろに彫ってある数字が認識番号になってる。名前と歳は彼の報告書通りにしたけれど……ウソはないよね?」
勢いよく頷くクラウス。そして行政官。王子は優しく続ける。
「僕ら王家の人間は、君たちの旅に期待している。けれど、だからと言って大っぴらには助けるわけにはいかない。後は自分たちで稼いで、鍛えて、戦って行くんだ。もう覚悟は決まってると思うけれど……やり抜く自信はあるかい?」
「自信は……ありません」
クラウスは、優しいけれど鋭い王子の瞳を見返しながら続けた。
「でも行きます。行くって決めたんです」
「そうだね、まだ始めてもいないのに自信も何もないよね」
王子の目から鋭さが消えた。
「じゃあ、もう行くといい。自分たちで決めて、自分たちで進むんだ。いつか王都に来ることがあったら、旅の話でも聞かせてくれると嬉しい」
「はい!」
「ありがとうございます王子様!、行政官様!」
礼を言って飛び出していく二人をそのまま見送ってから、王子は館の主に向き直る。
「メルビン行政官」
「はっ」
畏まる行政官に一瞥もくれず、二人が走り去った方を眺めながら王子は言う。
「君の慧眼に父は大変お喜びだ。これからも王国のために尽くして欲しい」
「勿体ないお言葉」
慧眼と言われても、と行政官は思う。だが彼の報告が第三王子まで動かしたことは間違いない。
「さて、これでどう動いでくるかな」
王子は小さく呟いた。誰にも届かないくらいに、小さく。
冒険者ギルドに登録をすると、まずは初心者講習がある。
まあ大したことはない、ギルドの施設お設備についてのレクチャーや依頼の受け方から報告の仕方などの基礎知識をざっと説明されるだけだ。そしてその講習は、基本的に随時行われる。
講習はその時に手の空いている職員がやらされる業務だ。若くてやる気のある新米たちだけならともかく、他業種で食い詰めたおっさんおばさんあたりが相手だと最悪で、説明もろくに聞かずに効率のいい仕事を寄越せ楽に稼げる仕事はなんだとばかり騒ぐ。
「エフィリア、講習来たわよ」
「えー今日私だっけ?」
エルフの受付嬢エフィリアはうんざりしたような声を出す。それが許されるのはここがいわゆるバックヤードで、声が漏れないからだ。
「仕方ない、お仕事お仕事」
営業スマイルを作るエフィリア。長くかかっても三十分だ、我慢我慢。扉を開けて受付カウンターに向かうと、そこには子供が二人いた。
「あら?」
「こんにちは」
少年が礼儀正しくお辞儀をする。少女もそれに倣う。意表を突かれたエフィリアは、それでも笑顔を崩さずにいた。
「あの、講習って君たち?」
「あっクラウス、あれ」
「そうだね」
二人は、首から下げている革紐が通されたアミュレットをカウンターの上に置いた。エフィリアはそれをひっくり返してみる。頭がゼロじゃなくて9の登録番号?なにこれ、こんなの見たことない。
エフィリアはとりあえずその番号で魔力照会をかけてみる。支部に置かれた端末にその数字を打ち込んで、本部の管理簿と照合するのだ。瞬時にとはいかないが、数分もかからず登録情報が確認できる便利な装置である。
ちりん、と鈴が鳴った。装置の下から紙が出てくる。え、登録されてる?
「えーとまずあなたかな、クラウスさん」
「はい」
少年が返事をする。
「えーと、まだ仮登録なので職業登録がないんだけど……」
「戦士でお願いします。メイン武器は剣です」
「はい、剣戦士ね」
まいったな、なんだろうこれ。多少混乱しながらも、エフィリアは紙に必要事項を追加して本部へ返送する。そしてもう一つのアミュレットの番号についても同じ作業をする。
「そしてあなたはフレインさん?」
「はい、フレインです」
「司祭……でいいよね。宗派は?」
少女の持つ、飾り気のない杖を見てエフェリアは問う。
「創世の女神様です」
さらさらと筆を走らせるエフィリア。なんだろう、何かの試験とか視察とかなのかしら。
そもそも志望者の多い冒険者ギルドの登録ナンバーには十八桁の数字が使われていて、過去から全て連番で割り振られ再利用はされない。だからまだ上八桁はゼロのはずだ。なのにこの二人の番号は、最初の数字が9だった。
何か特別な事情があるのかしら、でもこんな話は聞いたことがない。それでも正式に登録はされてるのだからとエフィリアは右往左往する思考の手綱をしっかりと握り直した。
「はい、お二人とも登録完了ですよ。改めまして、冒険者ギルドへようこそ!私は今日の講習を担当します、エフィリアです。よろしくね」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
スマイルスマイル。自分に言い聞かせるエフィリア。
「ではこれから、ギルドの施設について説明しますね」
カウンターから出て、二人を先導する。
「まずここは待合所です。今は誰もいないけど、朝は依頼や仲間探しの冒険者がたくさんいますよ」
待合所には大きな木のテーブルが一つにつき背もたれのない丸い木の椅子が六つ……つまりギルドが推奨するパーティーのメンバーの数だけあり、それが四セット用意されていた。四パーティー二十四人ぶんというわけである。
「ここでの飲食もできますがギルドでは食事を出していませんので、ここで食べるものはどこかで買ってきてくださいね」
「はい」
素直な返事だ。こないだのおっさんは、代わりに買いに行けだの出前を頼めないのかだのとうるさかったっけ。
エフィリアは二人を階段に案内する。
「この上は簡易宿泊所になっていまして、この街の宿より安く泊まれます。ただ、基本は相部屋で素泊まりですから、最低限の宿泊施設だと思って下さい」
「判りました」
ああいいなこの反応。エフィリアの頬が緩む。休憩はいくらとかサービスタイムはあるのとかセクハラしてくる親父とは違うなあ。
そしてカウンターに……戻る前に、大きな掲示板へと案内をする。
「これが、依頼が発表される掲示板です。毎朝、ギルドの本部から出された依頼書が掲示されるんですよ。それを見て、気に入ったものがあれば剥がしてカウンターまでお持ち下さい」
「それは」
おずおずと少女が手を小さく上げる。
「早い者勝ちなんですか?」
「はい、早い者勝ちです」
エフェリアは笑顔を崩さずに答えた。
「だから、朝一はいい仕事目当てで人がたくさん集まることもあるんですよ」
少年が緊張するのが手に取るように判ったので、エフェリアは営業外に笑ってしまった。
「大丈夫、この街は今冒険者も少ないし、取り合いになることはないですよ」
「なら行けそうだね」
「そうね」
会話を微笑ましく聞きながら、エフィリアは二人をカウンター前へと導いた。
「そしてここが受付カウンター。依頼を受ける時は依頼書を持ってここに、そして依頼が完了したらやっぱりその依頼書を持ってここに。受ける時には簡単な説明を、報告の時には報酬をお支払いします。依頼書には魔法がかかっていて、条件をクリアすると完了の星印が浮き出るようになっていますから、たまに確認してくださいね。それと……」
エフィリアはわざと声のトーンを落とす。
「依頼の中には、思ったより難度が高いものもあります。すぐには手に負えないようなものもありますし、依頼条件にない敵が出てくることもあります」
びくっ、と少女が身を震わせる。
「これは駄目だな、と思ったら依頼をキャンセルすることもできます。できるけど、キャンセルするとペナルティとして三日は新しい依頼を受けられません」
ごくり、と少年が唾を飲み込んだ。
「だから、依頼は慎重に選んで受けることをお勧めします」
「その」
少年が口を開いた。
「途中で諦めた依頼は、どうなっちゃうんですか?」
「キャンセルした依頼は、次の日に近くのギルドでまた募集がかけられます。だから心配しなくても大丈夫ですよ」
「でも、魔物退治の依頼なら、それは困ってる人がいるんですよね」
「そうです」
少年の真剣な眼差しに、エフィリアはちょっとときめく。こんな真摯な冒険者なんて、ここしばらくお目にかかってない気がする。
「じゃあ、いい加減な気持ちで受けたりキャンセルしてはいけないんだ。そうですね?」
「そうです」
エフィリアは、少年と少女の目を交互に見つめた。
「どんなに安価な報酬でも、例えくだらないように見える依頼でも、誰かが必要として依頼をかけています。冒険者の仕事はそんな誰かの助けになることですから、決していい加減な気持ちで臨んではなりません。自分の体と命を第一に、ベストを尽くしてくださいね」
「判りました!」
「ありがとうございました」
笑顔で出ていく二人を見送るエフィリア。私も笑顔で講習を終えられて良かった。いや、正確にはいつも笑顔は笑顔だったのだ、解放される喜びからの笑顔だったけれど。でも今日は違った、なんだか嬉しいなとエフィリアは思い、そしてしばらくしてふと我に返る。
いやでも完全に子供だったじゃん!
若めのフロルスじゃなかった。完全に人間の子供だったじゃん!あんなの登録するなんて正気なの!?
「あ、あの、あれ」
同僚のフロルス、トリスティがあわあわするエフィリアを見てくすくす笑う。
「あら、あなた知らなかった?あの二人、王家の肝入りで特例登録されたって話よ」
「王家の!?」
「見た感じ普通の子供だったよね。あ、王家絡みとか部外秘だからよろしくね」
「口外無用ね、了解」
クラウスとフレインか、覚えておこう。あと数時間もすればギルドの一日が終わる。田舎でさほど忙しくはないギルドだけれど、細かい仕事はいくらでもある。エフィリアは一人気合いを入れ直して、残りの仕事に立ち向かうのだった。
魔王との戦いが伝説となった世界。暗雲などが世界を包んでいない時代。わりと呑気で時にシビアなそんな世界、その名はサンクレア。
これは、そんなサンクレアを舞台にして繰り広げられる、あまり大したことのない物語の一節である。
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