第14話 ガンダムビルドデリュージョンズ
「昇様、どうしてプラモデルって、ばらばらのまま売ってるんですか?」
僕が広げた組み立て説明書を眺めながらシホが問う。
「最初から出来上がっているほうが楽じゃないですか?」
「判ってないなシホ、この細かく分割されたパーツをひとつひとつ組み立てていく、その時間も込みで楽しむホビーなんだよ」
「時間も込みですか」
「人のすることで、趣味性があるものはだいたい全部そうだぞ。料理だってお菓子作りだって食べる人のことを考えると楽しいだろ」
「それは、そうですけど違うと思います」
「違う?」
僕はシホの目を見る。澄んだ瞳だ。
「お料理もお菓子も、シホは昇様のためを思って作るので楽しいです。では昇様のプラモデルはどなたのために作るのですか?シホのためではないことは判りますけど」
「うーん」
僕は少し考える。趣味っていうのは、説明するのは難しいな。
「趣味って、基本的には自分のためにするんだよ」
「自分のため?」
「そう、自分が楽しいと思うからする。それが趣味だ」
「でもでも、お料理やお菓子作りは昇様のためにしていることです。それでは趣味にならないと思います」
必死に抗弁するシホ。
「そこは考え方だよ。シホは料理を作っている時に、何を考えてる?」
「それは、もちろん昇様のことです。喜んでいただけるようにって」
「で、そんな時はどんな気分?」
ん、とシホの動きが止まった。何か考えている。
「そうですね……今日はどんな顔で喜んでいただけるのかなとか、この味付けで大丈夫かなとか、どきどきわくわくしています」
「楽しくなってるだろ?」
「楽しい……そう言われると確かに、シホはお料理を楽しんでいます」
「それが趣味だ」
シホははっとした顔をして、すぐに笑顔を作った。
「なるほどです!」
「お前は僕が褒めた料理をたまに作りすぎるだろ?」
「はい」
「なんで?」
「それは、お褒めくださって嬉しかったからです。だからつい、また昇様の喜ぶ顔が見たくって」
「ほら、ちゃんと自分のためにもなってるじゃないか」
「わあ!」
目をきらきらさせるシホ。自分の行動と感情の結びつきに気づいたことが嬉しいようだ。
「じゃあじゃあ、趣味だから作りすぎてもいいんですよね?」
ズレた。
「そこは違うよシホ」
「えっ、違うんですか?」
「うん、違うんだ。つい楽しくなって作りすぎるのと、楽しいからわざと多く作るのは違う」
「うーん、つまり確信して多く作るのは趣味ではなく、偶然に作ってしまうのが趣味ですか?」
「違う違う、量の問題じゃないんだよ」
こういう部分については、研究所の人工知能とやらは教えてくれなかったらしい。まあ趣味を理解する人工知能というのも妙な気もするが。
「最初に言っただろう、作る時間も込みで趣味なんだ。何かを完成させたという喜びと、そこに至るまでに自分の心が安らぎ、豊かになること。それが趣味だ」
「じゃあじゃあ、大変ですよ?」
「何が?」
シホは腰に両手を当てて大まじめな顔をする。
「それだと、シホの生活は全部趣味になってしまいます!」
そういうことなのか、と僕は改めて思う。シホ・シリーズは誰かご主人を決めて奉仕することを喜びとするように作られた。だから人間にとっては本来漠然としたものである趣味でさえ、彼女の中ではこうやって定義・分類されるのだろう。
「毎日楽しくできてるならいいんじゃない?そんなに深く考えなくていいよ」
だから僕はその辺りは適当に誤魔化す。何もかもが理屈で割り切れるものではない。
「むーん、また昇様お得意の【深く考えなくていいよ】が出ました。結局判ったような、判らないような」
「趣味ってそういう、あやふやなものなの」
「むふーん」
シホは不満げに頬を膨らませる。
「それで、プラモデルを昇様はどう楽しまれるのですか?」
「まあ普通にただ組み立てたり、オリジナルの色に塗ったり、改造したり。思いを形にするんだ」
「思いを、形に」
「そう。例えばアニメに出てくるメカのプラモデルの場合は、自分がその作品世界にいたら……という仮定のストーリーをでっちあげて作るんだ」
「聞きたいです!」
シホが大声を上げた。また目をきらきらさせている。こういう顔をされると、その期待に応えたくなってしまうのが僕だ。
僕は完成している模型をアクリルケースから取り出して角度を変え眺めながら、多少の気恥ずかしさを我慢して語り始めた。
ルウム戦役の大敗に伴って不足する兵力を補う、という理由で四年制である連邦海軍士官学校の新三・四年生が徴用されたのは、まだ新学期も始まっていない四月一日のことだった。少なくとも僕はそのニュースを全く信用しなかったし、それは同室の連中も皆同様だった。
それでも講堂に集められて一人一人に辞令が手渡された時には、そんな性急な事態も飲み込まざるを得ないと無理に自分を納得させていた。だってここは士官学校なのだ。戦争をするための兵士を育成するための学校なのだ。まだ未成年の混じる学年ではなく全員が成年している学年からというのは、たぶん最後の良心みたいなものなのだろう。
それなりに専門的なカリキュラムで学んでいたはずだったが、僕たちの配属は全て宇宙軍だという。地球の海も宇宙の海も同じだと教官はひきつった顔で答えてはいたが、もし同じなのだったらそもそも宇宙軍と海軍の士官学校が別個にある意味がわからない。そのあたりの理屈はもうどうでもよくて、要は習うより慣れろということなのだと思うと、事態が思ったより切迫しているなと少し背筋が寒くなった。
「なあ」
生活班コースのジョンが辞令を手にしたまま不安そうに、僕の脇腹を突きながら低い声で言う。
「宇宙で料理ってどうするんだ?」
「知らないよ、でも汁物は無理っぽいよな」
昔読んだSFの本では、宇宙船には重力制御のなにがしかが積んであって、乗組員は1Gの生活を保障されていた。また別の本では、居住区が回転して慣性による疑似重力を発生させていた。だがどちらにしたって宇宙世紀0079年の現在、人類はまだ重力を自在に制御できてはいない。
月面都市だって、地球上の1/6しかない重力をマグネットやマジックテープで誤魔化し、定期的なトレーニングとサプリメント投与で身体能力の劣化を防いていると聞く。
潮に耐えて鍛えた三半規管が宇宙でどれだけ役に立つものか。僕はその絶望的な想像にため息をつくしかなかった。
勲章を大量に着飾った将軍閣下の言う事には、僕たちはこれから半年間の速成訓練を受けた後に建造中の宇宙巡洋艦に配属されるのだそうだ。来たるべき大反攻のために鋭意努力して期待に応えてもらいたいとその勲章は言った。ジオンに兵なし、というレビル将軍の演説は聞いたことがあるが、こうやって学徒動員までする連邦も大差ないなと誰かが愚痴っていた。全くその通りだと思う。
午後には早速、訓練を受ける基地からの迎えがグラウンドに集結していた。全く手際のいいことだ。僕は指定された輸送機に乗り込み、空いている手近な席に腰を下ろして目を閉じた。
宇宙戦闘機の挙動が、海軍の空母艦載戦闘機とあまり違わなかったのは僥倖だった。僕たちパイロット候補生は、少なくとも海軍士官学校で受けてきた訓練よりもかなり甘い「特訓」を受けて一人前の烙印を押されることに成功した。正直、成績順は下から数えた方が早かったこの僕ですら、ABCの三ランク中でAと評価されたことは驚嘆に値すると思う。
それは恐らく、優秀なパイロットはルウム戦役でほぼ全滅していて、連邦宇宙軍のパイロット自体がほぼ存在しない現状から来るものだろうと思う。まっすぐ機体を飛ばせて、月と太陽と地球の位置から機体の場所を把握できればもう満点に近い評価なのだ。
二か月ほどの「特訓」により一人前となった僕たちはルナツーへと送られ、そこで哨戒任務と称した暇潰しをすることになった。ルナツーのセンサー有効範囲内を肉眼で確認するという、ミノフスキー粒子下でしか発生しない任務だったが、正直これは退屈だった。ジオンの連中は嫌がらせのようにミノフスキー粒子をばらまいていくが、かと言ってルナツーに攻撃をしてくる気配はなかった。それは、ジオンが未だ地上支配を念頭に置いて戦っていることの証左であり、ほぼ壊滅状態の連邦宇宙軍をさほどの脅威と見ていないことの証明だった。
【FF-4T トリアーエズ教習仕様】
ハービック社によって開発された宇宙戦闘機トリアーエズの一部は、ルナツー工廠にて学徒動員兵の教習用として改装された。主にセンサー系を強化したのみで武装はベース機のまま、塗装を警戒色の黄色系統としている。また本機は一般的な教習機のイメージとは違い複座機ではない。これは運用範囲がルナツー周辺のみに限られていたこと、また開発当初はマゼラン級やサラミス改級の艦船と組み合わせて配備される予定だったが、ジオン軍のモビルスーツという新兵器の登場で宇宙戦闘機自体の戦闘能力が疑問視されたことから、トリアーエズ自体が主戦力として大量配備されるのではなく、V作戦で開発されたモビルスーツ群の補完的役割に転向したことによる。
複座として教官と生徒とをマンツーマンで指導できるほどの熟練パイロットがルウム戦役において壊滅していたため確保できなかったという人員的事情と、パイロットとして養成された兵士が将来的にモビルスーツへと機種転換することがほぼ確定してしまったために、戦闘機の操縦技術向上ではなく空間戦闘のノウハウを重視するようにカリキュラムが変更されたことの二点がその主な要因である。
教習目的から離脱した機体は、強化されたセンサー系はそのままに外部塗装を元のグレーに戻し、指揮官機として仕様された。
北半球の季節が晩夏になった頃、突然機種転換命令が出た。
ジオンの一つ目(ザクと言うらしい)に対抗すべく連邦軍が総力を挙げた、と春に見た勲章閣下が演説をぶって帰って行ったのだけれど、その白いすらりとしたフォルムはお世辞にも強そうには見えなかった。闘士然としたザクに比べたら、どうにもシンプルすぎる外見で損をしているようだ。
操作系については、戦闘機を経験しているならまぁ呑み込めないこともない程度の違和感しかなかったのだが、機体感覚というか車両感覚というか、そういったものが全く違うのには閉口した。そりゃそうだ、今までは薄く横長の戦闘機に合わせた感覚を磨いていたのに、このロボットは人型だから縦長なのだ。狭い場所を潜るには頭を下げなければならないし、その両足は細かい方向転換には向くものの段差や不整地には弱かった。
それでもその機体、先行量産型の試作機というよく判らない立ち位置のジムは割と素直な挙動で僕たちの機種転換を楽なものにしてくれていた。この頃になると、例え学徒動員とは言え士官学校出の僕たちは半ばエリートとして扱われ、続々到着する高専出身者とは上層部からの待遇も目に見えて違うものになっていく。
ジムに乗る僕たちと、そして作業用ポッドに毛の生えたような玉っころ、RB-79ボールを宛がわれる彼らとの関係は正直あまり良いものではなかった。技術系の高専から動員された彼らと僕たちは歳も近く、またその学業履修内容もさほど違うものではなかったのだが、連邦軍直属の士官学校と公立とはいえ民間需要のための高等専門学校とを同一に扱うことは、階級社会である軍には難しいことなのだろう。
対弾性や小隊での役割分担を考えると、盾を持って矢面に立つジムの方が圧倒的に損な役割にも思えるのだが、自分の命を託す兵器が近未来然としたロボットか愛嬌のある丸い玉かを選べるのだとしたら、やはりロボットを選びたくなるのが心情だろう。しかし我々学徒動員兵にそんな選択の自由が与えられるはずもなく、上の命令にただ従うことしかできなかった。
ジャブローから次々に宇宙巡洋艦が打ち上げられ、その中の一隻へと僕たちは配属された。それと共にモビルスーツも正規の量産型ジムに振り替えられたので、先行量産型試作機はルナツー守備隊として残る同窓生たちへ譲ることになった。
【RGM-79aE 先行量産型試作ジム】
RX-78ガンダムの完成を待たずして、見切り発車で始まった量産計画による機体。既にほぼ完成していたガンタンク、半完成品のガンキャノンから得た工作用データとガンダムの設計図面を比較し、量産化に不都合な部分を排除して設計された。
モビルスーツというシステムそのものに後れを取っていた連邦軍は、高性能機の量産に時間をかけるよりそこそこの性能の機体を大量投入するべきとの方針を決定。そのため鹵獲改造機より多少ましという程度の性能しか持っていない。
エゥーゴのキリマンジャロ基地攻撃により、ティターンズは地上の拠点を失い宇宙へとその本拠を移した。これは、ティターンズ以外からは地上至上主義者の敗北にしか見えず、その立ち位置を曖昧なままにし続けてきた地球連邦軍の一般部隊は雪崩をうってエゥーゴへの参画を希望する結果となった。ジャブローでの核爆発からダカール連邦議会での空爆、そしてキリマンジャロ基地の放棄といったティターンズ側のリアクションが全て悪い方向へ向いてきた結果である、とジャーナリスト達は評論する。
例えその戦力が当てにならないとは言え、連邦正規軍がその態度をはっきりしていなかったがための内戦扱いである。一部隊としてのエゥーゴとティターンズの勢力争いとして大目に見られていた部分が、連邦軍の過半数以上であるエゥーゴと一部隊に過ぎないティターンズとの戦いになってしまえば、それはもうティターンズによる【叛乱】でしかなくなる。ティターンズ司令であるジャミトフ・ハイマンによる政治工作によって連邦軍の指揮権はティターンズに譲渡されてはいたが、指揮される側がまるごと寝返ってしまっては意味がない。
しかしエゥーゴの上層部は、そうやって味方へやってきた連邦軍に対して表面的には歓迎したものの、決して心を許そうとはしなかった。それは、もし今後エゥーゴが窮地に立った場合、そういった士官たちが再びティターンズ側へ向かうことも有り得ることだし、そもそも経済的に恵まれていない組織であるエゥーゴにとって想定外の人員増加は負担でしかなかったからである。
そのため、キリマンジャロ攻略以前に帰順した部隊に優先して新型の装備を回すようにし、それ以降の部隊については敵味方識別コードの貸与と塗装変更の指示及び塗料の配布程度で済ますこととなった。エゥーゴ艦隊における新造巡洋艦アイリッシュ級と旧式艦の混在や、モビルスーツ部隊における機種の混在はそういった理由も強い。
「つまり」
新型量産モビルスーツ、ネモを前にして整備士のマツダはにんまりとした。
「こいつらが来たってことは、うちの部隊は直参扱いってことだ」
今まで使ってきたジム2やガルバルディが搬出されていくのを横目で見ながらも、ピカピカのネモを早く弄りたいという欲望を隠せない。
「直参?」
「エゥーゴの中心に近い部隊ってことさ。キリマンジャロの作戦に参加してない部隊はまだしばらくは新型の配備がないって話なんだ」
同じく整備士のトーマスがふうん、と感心したように頷く。
このサラミス改級巡洋艦コメヅカには、四機のモビルスーツが搭載されていた。高機動型と称するカスタムタイプのガルバルディβが二機、ジム2が二機。三機で小隊を組むためにガルバルディの一機は予備、パーツ提供用として半ばバラされた形で存在していた。その交換としてネモが2機、そして指揮官用にはリック・ディアスの推力アップ版であるというシュツルム・ディアスが到着する予定であった。
「ディアスの新型はまだかい」
マツダの背後から声がする。モビルスーツ小隊の小隊長として赴任してまだ日の浅いノボル・ハセガワ少尉だ。
「そういやまだネモしか来てないなぁ。おーい、ディアスの搬入はどうなってる?」
ガルバルディの搬出を指揮しているアナハイムの職員が、その問いかけに首を捻る。
「あとはジムの改修機と支援戦闘機が一機だよ、ディアスの話は聞いてないなー」
「支援戦闘機」
ハセガワ少尉が疑うような口調で言う。
「しかもジムってどういうことだ、だったらネモもう一機の方が断然いいんじゃないの?」
「いやいや、今データシート見たけどこのジムはすごいよ、ジェネレータもセンサーもガンダム並みに強化されてるし」
アナハイムの職員がタブレットを流して寄越したので、マツダとハセガワは顔を寄せ合って覗き込む。ワイヤーフレームで再現されているシルエットはどう見てもジム2にしか見えない。3Dモデルを指で回すと、バックパックにビームサーベルが二本あるのが見える。
「これバックパックは新型なの?」
「ああ、なんでもガンダムマーク2の量産検討ラインから流れてきたレプリカだって話だよ。それに合わせてジェネレータも載せ替えたって」
「支援戦闘機ってこれか」
画面の端のアイコンを押すと、平べったい形の機体がズームアップする。
「あ、俺これ知ってるわ。Gディフェンサーだ、ガンダムマーク2と合体するんだよこれ。グラナダで研修受けた時の資料に乗ってた」
「え」
後ろから覗き込むトーマスの声にハセガワは嫌な顔をして振り向く。
「つーことはだよ、これジムと合体すんの?で、俺がそんなジムに乗んの?」
「あれ、でもこれ型番ちょっち違うな、FXA-05Deって小文字のeがついてる」
「なんか判ったぞ」
ハセガワがげんなりとした顔で言う。
「これたぶん、ジムもディフェンサーも量産前提の試験機だろ?ジム2をアップデートする計画が連邦軍内にあるってのは聞いたことがあるから、それと連動した新装備の実地テストってことじゃないのか」
「小文字のeが付いてるのもそれっぽいね」
マツダは点滅する矢印アイコンを指で押す。するとGディフェンサーが変形してジムの背後に回り込み、そしてドッキングする。推力、航続距離、攻撃力等のパラメータがぐぐっと伸び、比較対象のネモ、リック・ディアス等を遥かに上回る数値へと変化する。それでもΖガンダムにはかすりもしない数値なのだが。
「この数字も信用していいんかね」
「眉唾もんだよ」
ハセガワは心底嫌そうに言う。
「だいたいね、数字が大きければ良いってのは現場に立ったことのない経営者の発想だよ。アーキテクチャが古い物をいくらアップデートしても、完全新規にゃ勝てないっての。バランス取れてない機体がどれだけ使いづらいか、乗らない人にゃわかんないんだよなー」
「カタログスペックなんて割といい加減だからね、でもまぁ今まで少尉が乗ってたガルバルディよりは使える機体にはなるんじゃないの?あれだってジム2よりは多少マシってレベルでしょ」
「俺の個人的な感想としては、ジムとかガルバルディよりもハイザックの方が断然扱いやすかったな。デザインがどうにも性に合わなかったけどさ」
「ハイザックは変な拘りとか縄張り争いとか、そういうの抜きで出来た機体だって話だからね……確か、宇宙にあったハイザックはティターンズがほとんど持ってったって話だよ。ジオンの残党狩り部隊がザクタイプを使うってどういう神経なんだか」
しみじみとマツダは言う。
「あー、聞いた話じゃなんでも、【ジオンの心の拠り所であるザクを使って見せて戦意を挫く】んだとさ。ザクすら連邦に屈したんだから諦めなさいっていう」
「今でこそゲルググとかドムなんていう機体も有名になったけど、普通の人はジオンのモビルスーツっつったらまずはザクだもんね。まあ判らないではないけど、根暗な発想だよ」
「奪ったガンダム使うエゥーゴも他所のことは言えないけどさ」
平然と上層部批判に似た言葉が出るのも、前線では黙認される。それくらいのガス抜きが無ければ、ストレスを受け続けたまま部隊行動など出来はしない。
「しかしまあ直参だ外様だなんて派閥を作るなんざ、エゥーゴも結局は」
「仕方ないよ、急に膨らんだ組織だもの。有象無象がたむろしてる中で、少しでも信用できる部隊を身近に置きたいってのは判る話だよ」
マツダの肩をぽんと叩いてハセガワはそう言った。
「だけど俺の場合、その信頼がどうにも変な方に向いてるんだよな。こんな実験機ばっかり寄越しやがって、前のガルバルディもへんてこなバランスのカスタム機だったし。そろそろカラバあたりに転属願い出しちゃおうかな。これでも俺地球出身なんだぜ」
「またまた……少尉なら、しばらくこいつで我慢すればもっといい機体が来ますって」
「そうあって欲しいよ」
手をひらひら振りながら、ハセガワは床を蹴ってモビルスーツ・デッキから出て行く。入れ替わるように、キャリアに乗せられたジム2とGeディフェンサーが搬入され、モビルスーツ・デッキの喧騒はより激しくなった。
【RMS-179GR ジム2.5】
既に性能的には陳腐化していたジム2の改装パターンとして、ジェネレータの強化及び装甲・武装の追加、一部マニュピレータの交換等によるジム3化が承認された。元々は一年戦争時代の量産型であるRGM-79を近代化改装して名目上第二世代モビルスーツとしたジム2を、更に主要機器を最新のものにアップデートすることで延命し、戦力化しようというのである。
ジェネレータやバックパックの変更に始まり関節部分のアクチュエータ等の交換等、ジム3化における改造部分のリストアップやチェックのために先行して改造された機体がごく少数存在し、実戦投入された。それがこのRMS-179GRである。
ガンダムマーク2で使用されているバックパックのレプリカを装備しているため、支援戦闘機とのドッキング機構も受け継いでいる。試作型ジム3と呼んでも差し支えない内容の機体だが、その外見上の特徴がほぼジム2のものを引き継いでいるためジム2.5という中途半端な呼称になっている。しかしジム2では約40%程度だったムーバブル・フレーム比率は約75%まで引き上げられ、単体での総合的な運動性はカタログスペック上最新のネモにも匹敵する。
固定武装は頭部バルカン砲二門、ビームサーベル二基。シールドとビームライフルはガンダムマーク2と同等のものが専用品として指定されているが、実際にはジム2のものを塗り替えて使用していた。Geディフェンサーとのドッキング時には、ショート・メガビームライフルを手持ち火器として使用する。
【FXA-05De Geディフェンサー】
Gディフェンサーはエゥーゴが開発した宇宙空間用の支援戦闘機である。AMBAC用のシールドアームと高出力のジェネレータ、ムーバブルフレームを組み合わせた簡素な構造の機体で、新型モビルスーツの開発・投入よりも安価に戦力の増強を図るという目的の元に開発された。その試験機はまずガンダムマーク2との連携用として製作され、ガンダムそのものの構成を変更することなく一線級の能力を付与することに成功する。
試験機の成功を受け、先行量産試験機として再設計の後にロールアウトしたものがFXA-05Deである。Geディフェンサーと呼ばれるこの機体は、ドッキング相手がガンダムマーク2である試作機よりも多少性能がデチューンされている。これは搭載されているジェネレータを量産対応の規格品に変更した事と、ドッキングする相手として想定される機体がネモもしくは開発中のジム3であるための、トータルバランスを考慮した結果である。また外部塗装もドッキング相手のジム系統に合わせた形とし、グリーン系で塗られて配備された。
主武装はシールドアーム部に格納されているミサイルポッド及びショート・メガビームライフルである。ミサイルについては試作機から搭載数を増加して戦闘持続力を強化している。またショート・メガビームライフルは試作機のロングライフルの出力抑制版で、破壊力より連射力を重視した設計になっており、こちらについても他機種と混合運用を前提とした作戦行動時におけるパフォーマンスを追求した形となっている。
当面はジム3の試作試験機であるRMS-179GRとの連携専用とされ高コストパフォーマンスを遺憾なく発揮したが、Geディフェンサー側にもパイロットが必要である点、ドッキング状態ではサラミス改級巡洋艦の手狭なモビルスーツ・デッキ内での整備性が劣悪である点、ジェネレータ出力をデチューンした結果、重力下での飛行が不可能となるなどのマイナス点が次第に判明し、ジム3及びネモ系統への対応量産機の生産は中止されることとなった。
【RMS-179GR + FXA-05De スーパージム】
ジム2.5とGeディフェンサーがドッキングしたMS形態をスーパージムと呼ぶ。これは、ガンダムマーク2とGディフェンサーのドッキング形態をスーパーガンダムと呼ぶことに倣った呼称であり、あくまで通称であって正式名称ではない。
ドッキングすることで全体の推力及び出力は向上し、またモビルスーツ部分への被弾率を低下させ戦闘継続能力を著しく向上させるというのが本プロジェクトの目的であった。部分的には目標を上回る結果を出した機体ではあったが、煩雑になりすぎる機体構成や劣悪な整備性、またGeディフェンサー単体での戦闘能力に疑問符が付いたことなどから先行量産機の部材選定中にプロジェクトは中止となった。
その後、Ζガンダムの成功によりエゥーゴ及びカラバによる量産対応の高機動型モビルスーツ開発プランはMSK-006系統の単体可変攻撃型へと集約されていく。その結果、本機に代表されるような「汎用モビルスーツにフライトユニットを追加するタイプ」の強化案については全て白紙となった。
「中尉はエゥーゴにいらっしゃったんですよね」
未だに応対から堅さの抜けないその若い整備兵に、ハセガワは笑って答えた。
「もっと楽な喋りで構わないよ……そうだね、メールシュトローム作戦までは宇宙にいたよ。その後のドサクサで地球に降りたってわけさ」
エゥーゴの地球での支援組織であるカラバは、その母体を地球連邦正規軍としなかった。ティターンズから除外されたと言えども地球に留まる連邦軍はエリートであり、非主流派と言えどもその立場は保障されていたから、わざわざ抵抗運動をする必要もなかったのである。
そのため、市民運動を基盤として発生したカラバの活動は脆弱で、組織的な働きと言うことに関して言えば腐敗しきった連邦軍にすら遠く及ばないものだった。
しかし、シャア・アズナブルによる議会放送をきっかけにカラバの組織と言うものは大きく変わっていく。ティターンズの支配に疑問を抱く連邦正規軍の一部がカラバへ参加し、カラバ自体が軍へと変容して行ったのだ。その動きを容認したのは、エゥーゴを構成する勢力の大部分がかつてのジオン軍に近い組織にルーツを持つものであり、反連邦の名の下に協力し合う組織と言えども根底の思想が異なることをカラバの幹部が理解していたからである。
つまり、エゥーゴが勝ちすぎて新ジオン軍になることを恐れて、現連邦軍の主導権を握るティターンズの打倒が成った後に、自らが新連邦軍の代表としてエゥーゴ内の親ジオン派の歯止めとなろうというわけだ。
しかしその思惑自体は、ハマーン・カーン率いるアクシズという第三局の登場によって解消した。より判りやすい形でジオン軍の後継が登場したため、ティターンズの崩壊と共にエゥーゴ・カラバ内の親ジオン派はこぞってアクシズへ恭順したからである。
そのため、カラバの象徴としてアムロ・レイ大尉専用機として用意されたディジェ系、シャア・アズナブルが開発に大きく関与したとされるディアス系のモビルスーツもエゥーゴとカラバから姿を消した。アナハイム・エレクトロニクス内の旧ジオニック系技術者の流出もまた散見されたという。
ティターンズの敗北に伴い、エゥーゴ及びカラバから離脱した連邦正規軍もまた存在する。存続した連邦政府に従うことによって既得権益を守ろうという、元々地球に配属されていた部隊を中心としたグループであったが、彼らは政治的中立を謳いアクシズとエゥーゴとの戦いに関与しようとはしなかった。戦争はエゥーゴとアクシズとの間で起こっているものであり、地球連邦正規軍としては関知する必要がないという理由である。宇宙での争いならば、地球は関係ないと言う立場を貫こうというのだ。
結果、組織としてスリムになったカラバは、その陣容も連邦軍ベースではなく独自なものへと変えていく。ほぼ完全に連邦軍内の派閥と化したエゥーゴと協力して戦後の連邦軍を掌握するためには、独自の兵器体系により連邦正規軍を圧倒する必要性が発生したからだ。その象徴的な機体が、Ζガンダムの簡易量産型であるΖプラス・シリーズである。
MSKという型番を与えられたΖは、汎用部品の使用や変形機構の簡略化によって生産性を高められ、逐次戦線へと投入されていった。
「宇宙ではどんな機体に乗っておられたんです?」
「どんな機体って……テスト機とか改造機とか、まともな機体はほぼなかったな。部隊そのものが陽動任務ばかりっていう、はみだし部隊だったから仕方ないんだが」
うんざりしたような口調でハセガワは言った。
「でもここに来て普通のネモを宛がわれてさ、ちょっとホッとしたんだよ。重力下じゃゲタなしだと使い物にならんけど、妙な改造ジムより素直で全然良いよ」
「そうなんですか……あの、今日カリフォルニアから新型が届いたんですけど、中尉に使って欲しいと艦長から」
「新型」
おずおずと言う整備兵の言葉に、ハセガワの返事も強張った。
「いえ、その、自分が見る限りまともな機体です。単機での飛行も出来るっていう可変モビルスーツなんですが」
「Ζプラス?」
「惜しい」
「惜しい?」
「第二デッキに用意してあります、どうぞ見てください」
ひとフロア下の第二整備デッキに降りたハセガワの前に屹立していたモビルスーツ……それは、ごつごつとした直線的なフォルムをグレーを基調に塗られた、ガンダムタイプの頭部を持つモビルスーツだった。その額にはハイメガキャノン砲が設置されている。
「これダブルゼータって奴?」
「Θ(シータ)プラス、ダブルゼータ・ガンダムの再設計機だそうです。これならネモと違ってΖプラス隊に置いて行かれることもないと思いますよ」
「はー、ピカピカの新型ってわけだ」
「中尉の戦績からすれば、新型の配備は遅すぎたくらいですよ」
「おーおー、おだてたって水蒸気くらいしか出ないよ」
おどけて言いながらも、ハセガワの目はグレーのガンダムから離れない。巨大なバックパックと太い脚部がいかにも強力そうに見えたが、果たしてこれが飛べるのだろうか?
「なんか割とふとっちょに見えるけど、ほんとに飛ぶのこれ?」
「ええ、これを」
整備士が差し出すタブレットの画面には、ワイヤーフレームで表示されたモビルスーツがゆっくりと回転しながら変形する様子が映し出されていた。膝から下が上下に入れ替わり、前後が反転して巨大なブースターユニットへ変形していく。
「人魚みたいだな」
「片足分だけでネモ一機分近い推力があるんです。そのくせ重量はネモ比で微増程度ですから、バックパックと両足のブースターだけで飛べる計算ですよ」
「そりゃまあ計算上ではそうだろうさ。翼がないから、力技で飛ぶしかないんだろ」
「コアファイターも内蔵してますし、なかなかの高級品ですよこれ。すごいなぁ、こんな機体がここに来るなんて」
興奮したように整備士は言う。3Dモデルのガンダムが画面の中で分解し、中央のブロックがくるくると回りながらコアファイターになる。上半身部分は点滅しながら画面より消え、バックパックが腰を起点に脚部へ被さるように移動、その下半身にコアファイターが再度ドッキングして飛行機となって画面は止まった。
「これがコアベース形態だそうです。重戦闘機形態ってなってますけど、この状態ならΖプラスにも負けないスピードが出るみたいです」
「ふむう」
ハセガワは首を捻った。
「どうかしました?」
「いや、これ上半身どうなるの?」
整備士が画面に触れていくつかの情報を読み出す。
「……使い捨てみたいですね」
「……で、上半身は何個か予備も来てるの?」
「……いいえ、特には」
「……つまり、一度外したら補給が来るまでモビルスーツにはなれない、と」
「……拾えばいいんじゃないでしょうか」
「……宇宙じゃないんだよ?落っこちたら壊れるんじゃないか?」
「……」
「……」
整備士とハセガワは無言で見つめ合う。
「やっぱりあれかな、俺日頃の行い悪いんかな」
がっくりと肩を落とすハセガワ。
「だ、大丈夫ですって!性能の劣るネモでも互角以上に戦ってきているじゃないですか!幸いシールドとかライフルとかのオプション品はネモと共通みたいですし、そのあたりの補給は万全ですから大丈夫ですって!」
何が大丈夫なんだという言葉を飲み込んで、ハセガワはもう一度そのグレー基調のガンダムを見上げた。ダブリンで一度だけ見たことのあるダブルゼータ・ガンダム、その量産機。オリジナルのダブルゼータを擁する部隊は、宇宙でハマーンのネオジオン、グレミーのアクシズとにらみ合っていると聞く。自分たちが地上のジオン残党軍の鎮圧を終えるまで、あとどれくらいの時間を必要とするのだろうか。
「ま、焦ったところで良いことはないか。新しい機体を回して貰えるだけ幸せだと思うことにするよ」
整備士の肩をぽん、と叩いて、ハセガワは整備デッキから出た。
【MSK-010A1 Θプラス】
Θプラスは、U.C.0088年における最強のガンダム、MSZ-010ダブルゼータ・ガンダムの簡易生産型である。開発コードであるΘ(シータ)を正式名称としたのは、同時期に既に展開していたΖ(ゼータ)プラスとの混同を防ぎ、また開発の進んでいたδ(デルタ)ガンダムの再設計機、δプラスと併せてシリーズ機としての名称を揃える意図があったとされる。
エゥーゴで検討された量産型ダブルゼータ、MSZ-013は原型機の攻撃力と防御力に着目し、戦闘継続能力の向上を図った宇宙用の非可変機として設計・開発されたが、Θプラスについては重力下での単体飛行が可能な指揮官用可変モビルスーツという、量産型ではピックアップされなかった別の特色を色濃く残した機体となっている。
その可変機構は簡略化され、脚部のみブースターユニットへ変形する。モビルスーツ形態ではバックパックの移動は行われず、あくまで脚部のみの変形である。これはΖプラス・ハミングバードやSガンダム(Bst)のテスト結果から採用された形態で、バックパックの推力と併せて機体の行動半径を長大なものとしている。
上半身の変形機構を廃したため、変形後の主翼となる両腕のウイング・シールドはオミットされた。代わりにネモと同型のシールドを一基装備する。また手持ち火器のダブル・ビームライフルも出力過多との評価を受け、百式と同等のものに変更となっている。
コアファイターはプロトタイプと同型のものを使用するが、上記の理由でコアトップ形態及びGフォートレス形態はとれない(機首にあたる部分が存在しない)。コアベース形態になるには、上半身を排除した後一旦下半身とコアブロックを分離、コアブロック部分をコアファイター形態にしてから再度下半身部分と合体する必要がある。合体変形のプロセスが複雑なため、緊急時以外は母艦での換装が推奨される。
ダブルゼータの特色とも言うべき上半身・コアブロック・下半身と三基分散搭載された小型かつ強力なジェネレータについては、量産化にあたって多少デチューンされてはいるものの、可変機構や装甲強度の見直し、汎用部品の利用などで大幅な軽量化を実現しているため、トン当たり出力ではオリジナルを上回る数値を叩き出す。
頭部ハイメガキャノンの威力はオリジナル機の3/5程度となっているが、ジェネレータ及び充電回路の改良により発射後の行動不能時間がない。この改良はMSZ-010S、強化型ダブルゼータへフィードバックされた。
アナハイム・エレクトロニクス製ガンダムの特徴とも言える、準サイコミュのバイオ・センサーは搭載されているが実機能は封印状態とされている。代わって、スラスター制御及び回避行動の補佐を目的とした、Sガンダムに搭載されたALICEの機能限定版とも言うべきAIシステムが稼働状態となっている。Θプラスとチームを組む複数のΖプラスにも同システムが設置されており、それらの機体間でリアルタイムに行われる双方向通信により、戦域内での状況把握・援護等の情報精度を高めて作戦の成功率を大幅に引き上げ、また損耗率を著しく改善した。
U.C.0088年後半から数機がロールアウトし、先行して戦線に投入されていたΖプラス部隊に合流、エゥーゴ及びカラバが地球連邦軍を掌握するまで第一線で活躍した。その後組織改編・部隊解散等に伴い民間へ払い下げられた機体も少数存在するが、その多くはリゼルやジェガン等に機種転換となり廃棄されたためにU.C.0100年の時点で連邦軍内に稼働状態で存在する機体はない。
ロンド・ベルの司令ブライト・ノア大佐が、テロリストであるマフティー・ナビーユ・エリンを処刑したという話は、沈痛なコメントと共に電波に乗った。それは、例え息子であったとしても処断する、平和と正義に忠実な父親という態で美談に近い彩りを載せられていたが、それは反連邦運動に対して連邦政府及び軍がそこまで冷徹に処断をするという意思表示に過ぎなかった。市井の人間であれば、そんな意図に気づきもしないだろうが、少なくともマフティーと同様の意思を持って反抗する人種には、その恫喝は大いに効果があった。
かつてのホワイトベースからガンダムの母艦を歴任してきた大佐であっても、そうまでさせられるという事実は恐怖でしかない。その事実が例え真実でなかったとしても、そういう報道が為され否定する言葉が出なければ、真実の意味など誰も求めはしない。
マフティーに合流したテロリストグループたちは、そのアデレード襲撃の失敗と共に闇に消えた。ある者は裏稼業から足を洗い、ある者はさらに先鋭化して微かな抵抗を続けた。戦う相手の巨大さを思い知らせ、またガンダムを用いたところで数には勝てないという現実を直面させるには、その失敗は必要十分なものだったのだ。
「そんなわけでさ」
ハセガワは、暗い部屋でモニターを見つめる少女の肩に手を置いて語りかける。
「契約延長して欲しいと言ってきた」
少女は微動だにせず、モニターに表示される数字を見つめ続ける。
「だけど、断ろうと思うんだ。これ以上はリスクだけが高くなるだけだ」
カラバを除隊した彼は、フリーランスの用心棒稼業で食ってきた。と言ってもその相手はモビルスーツを使ったテロリストや強盗団で、部隊解散と共に退職金代わりとして払い下げられ彼の所有物となったΘプラスは、その基本性能の高さで一対複数の戦いにおいても事を有利に運ぶことができた。カラバとアナハイムの設計陣が機体を構成する部品に一般の工業用規格品を多数採用したことで、整備・補給も町工場レベルで最低限の水準はクリアできたことも大きいが、間もなく建造後二十年を迎えようかという機体である。
相棒であるマキ・ローウェルとの共闘のために機体の大規模な改造は行い、メンテをサナリィの関連組織に委ねることで更なる延命処置はできていたが、それでも行く先は不透明であった。
「なあマキ、お前さんは何かやりたいことってないか?」
暗がりの中、モニターの光にぼんやりと浮かび上がる少女の顎のラインを眺めながらハセガワは続ける。
「お前さんは良くやってくれたよ。でもいい機会だと思うんだ。今までさんざん子供を戦いに利用していた大人が、何をいまさらと思うかも知れないが……お前さんはもう光の中を歩くべきなんだ」
「私は」
厳かに発せられたその声は、凛として部屋に広がる。
「……私は貴方の役に立てればそれでいい。だから貴方を守ることが私の存在理由でありやりたいことだ。何度も同じ事を言わせないで欲しい」
「しかしなぁ、ずっとこのままというわけにはいかんだろう」
「これは決して刷り込みや暗示などではない。貴方にあの暗い場所から引き揚げてもらった時、私は全てを貴方に託すと決めた。マキという名前をもらったあの日から、私は貴方の妹であり姉であり、母であり娘であり、妻であり影であると決めた。だから、貴方の気遣いはナンセンスだ」
「うーん」
ハセガワは頭を掻いた。
「じゃあ、俺がお前に普通の子供らしくなって欲しいと願えば、そう振る舞ってくれるのか?」
「それが貴方の願いなら」
「でもそれじゃ意味ないんだよ」
がっくりと項垂れるハセガワに、マキは不思議そうな視線を向けた。
「どうしてだ?」
「命令してそうなるのと、自発的もしくは自然にそうするっていうのは別だろう」
「私は最初から、貴方に命令されてやってきたつもりはない。本当に申し訳ないが、私にとっては貴方が全てなのだ。愛情と忠誠心を増幅された存在、それがこの私。プルシリーズの失敗作として封印されたのは、たぶんこのせいなんだろう」
自嘲的にマキは言う。その言葉を、ハセガワはぴしゃりと遮った。
「それは違う。お前は失敗作なんかじゃないよ、マキ。お前を産み出した連中や、この世界のほうが間違ってるんだ。俺はねマキ、そんな連中から戦いのことしか教わって来なかったお前に、もっと別なものを見せてやりたいんだ」
「……言いたいことは判る。でも」
「でも?」
「まだ大丈夫。Θプラスのサイコミュは、まだ本気を出していない。下駄履きのメッサー程度が相手なら十分お釣りが来る。ペーネロペー・ユニットだって一蹴して見せる」
「そういう問題じゃなくて」
「それに、貴方の経歴と年齢ではもうまともな就職は無理だろう。軍にも戻れないだろうし、今の恩給の額では二人の人間が食べていくにはいささか不安が残る。何か実入りのいい仕事が他にあるのなら構わないが、そうでないなら現状維持で凌ぎ、何か別の手を探すのがベターだ」
「痛いところを突くな」
「それに」
マキはハセガワに顔を向け、じっと射るような視線を投げた。
「私はいつまでも庇護されているつもりはない。さっきも言ったが私は貴方に対する全ての女性の役割を担うと決めたのだ、いつまでも子ども扱いは困る」
「そういう所が子供だってんだよ」
マキの頭をぽんぽんと軽く叩いてから二、三度しっかりと撫で、ハセガワはふうっとため息をついた。
「そうかな」
「そうだとも」
頭を撫でた手の平をじっと見つめてハセガワは続ける。
「だが俺のこの手は血で汚れている。俺は長いこと人殺しをして生きてきた。こんな道を、これ以上お前にまで辿って欲しくないんだ。
こんな俺でも、初めての戦闘で人を殺した恐怖感からコクピット恐怖症になりかけたこともある。同じ教室で学んだ友と、たかが配属された部隊番号が一桁違ったばかりに敵と味方に分かれて殺し合い、後で気づいて吐いた事だってある。そういった生々しい記憶をだんだん不鮮明なものに塗り替えて、慣れてしまったことに愕然としたこともある。
俺はさ、何が正しいのか間違っているのかそんなことに興味がないもんだと思ってきたけれど、それってやはり違うんだ。自分が正しくないと理解しているからこそ、そこから目を背けたくて世間の評価など無価値だと自分に言い聞かせているだけなんだな。結局自分を現状から切り離して、第三者の視点でいることなんて無理なんだ。
だからさ、お前さんの歳ならまだなんとかなるんじゃないかと思っちまうんだ」
「なるほど」
マキは何回か瞬きをするが、それでもハセガワから視線を動かそうとはしなかった。
「でもね、まだ六歳だった私をあの闇の中から拾い上げてくれた手が、血に塗れていたかどうかなんて今更もうどうでもいいこと。人の一生が正しかったのか間違っていたのかなんて後世の人間が判断すれば良い事だし、そんな評価だって時代の流れでどうにでも変わるもの。私にとって一番大事なのは貴方と過ごす時間だし、戦うことがそれを奪うというのなら拒否する。
軍人が人殺しというのなら、漁師は魚殺しだし農家は植物殺しだ。人は生きていくために殺さねばならないだろうけど、でも殺すために生きているのではないはずだ。その二つは似ているようで根本的に異なっていて、少なくとも前者たり得ようと思うならば、それは原罪となるべき部分の話であって、後者とは絶対的な違いがあると思うのだ」
「だがな、俺にはわからんのだ。あの日あの戦場で俺は命を懸けて戦った。あそこでは運と偶然と必然がないまぜになって、その上でようやく生き残る者が決まっていたようにも思う。だが俺は果たして本当に、自分が生きるためだけに戦っていたのだろうか?殺すべき相手、殺されても仕方のない命などどこにもないのに、自分が生きているということは誰かを犠牲にした上のことなのだから、あの時の自分はまさに【殺すために生きていた】んじゃないのかってな」
ひとつ息を吐く。
「俺には守るべきものなんかなかった。ただなんとなく士官学校に入り、流れで学徒出陣した。生と死とが交錯する中で、それでも俺は誰かと分かり合うことすらできなかった。軽い恋愛のような体験もあったが、それは簡単に自然消滅する程度のつながりでしかなかった。童貞でなくなっただけが奇跡のようなものだな。周囲の人間が国家のため信じるもののため、愛する人のために戦って死んで行く中で、俺はただ殺すためだけに生き続けていたのさ。
ア・バオア・クーの戦いが終わって乗員が全滅して漂流する母艦に一人戻った俺は、まず自室の私物をまとめたんだぜ。そこに感慨はなかった。悲しくすらなかった。つい少しばかり前まで同じ釜の飯を食った連中が残らず死んでいる中で淡々と荷物をまとめ、営倉から酸素と水と食料のパックを取り出してジムに積んだ。
俺はなぁマキ、あの時もう本当は死んでいたんじゃないかと今でも思うんだ。何も持たない俺だけが生き延びて、何もかも持っていた連中だけが死んで行くなんてそんな不公平が本当にあるのか?死さえ俺には平等に訪れないのか?とな。だから本当は俺も死んでいて、いつか死んだ連中にもまた会えるんじゃないかなんてことも考えたんだ」
「それはたぶん」
マキは言葉を区切る。こういう部分は自分のクセをそのまま再現されているようで、ハセガワには少し居心地が悪かった。
「考えても詮無いことだと思う。貴方が羨んだ人たちが本当に羨まれるべき境遇だったのかは判らないし、何もかもはっきり意識して生きている人間なんていやしないのだから、後からこじつければ解釈なんてどっちにだって転ぶ。
偽悪ぶりたい気分も判るしそういう部分が貴方の可愛いところだとも思うからあんまり強くは言わないけれど、そういう考え方は結局死んでいった人たちへの冒涜でしかないな」
「偽悪に冒涜か」
「ごめんね生意気言って」
「いやいいんだ。多分その通りだろうから。俺は、ただ生きている自分という存在に苛立っているのさ。もし戦いの結果が逆になっていて、俺が死に他の連中が生きていたら世界はどうなっていただろう?ひょっとしたら何かを為し得ただろう人間たちを手にかけてしまったんじゃないか、世界がより善き方向に進む芽を摘んでしまったのじゃないかと考えると、日々生活に追われるだけの自分が情けなくてな」
マキは小さくため息をついて、おもむろにハセガワの頭をその胸に抱いた。
「世界中が敵に回っても、私は貴方を愛し続ける。そんな私の存在こそが、貴方が唯一為し得た偉業だと胸を張りなさい。これ以上成長しない歪んだ肉体の私だけれど、いつ突然訪れるかも判らない死の恐怖からも貴方となら逃れられる」
「お前」
「かつて貴方が何も持たずに戦ってきたのは、全て私をあの暗闇から救い出してくれるための準備期間だったと思いなさい。この私の強化された体だっていつ壊れてもおかしくはないし、だから私は貴方と共にいられるこの時間を至上の喜びとして生きている。だからあまり自分を否定しないで欲しいな」
「スマン」
「とにかく、仕事の依頼は断らなくていい。いつか仕事そのものが無くなる時が来るまでは出来ることでお金を稼ぐしかないだろう」
「そうだなぁ」
ラプラスの箱だなんだと連邦軍とアナハイムが騒いだ後、マフティー・ナビーユ・エリンのテロが終結して数年。年々旧ジオン軍の残党によるテロや事件も先細りとなっている現状、確かにいつまでも高待遇での雇用は期待できない。
「平和が一番だが、そうなると食い扶持に事欠く。難儀だな」
「私は、貴方と一緒ならどこでもついて行く。なるべく貧乏はしたくないが、我慢する」
「はいはい、ありがとう。ま、最悪はΘプラスを下取りに出すか博物館に売りつけるって手もあるからな。サナリィ辺りなら、アナハイム・ガンダムの資料は欲しいだろう」
「冗談じゃねえぞ!」
ハセガワは吠えた。
「さっきから聞いてりゃ勝手な御託並べやがって!」
Θプラスの四肢が嫌なきしみ音を立てて、拘束具となっていた鉄骨の柱を押し曲げた。
「地球に住んでれば誰もがエリートなものか!それは地球連邦やジオンの理屈であって、ここの人たちは関係ねえ!誰も彼もが連邦の市民だと思ったら大間違いだ!」
全周波数でがなり立てる。
「だからだよ」
その赤いモビルスーツから聞こえる声は、恐らく酒場にいたあの気障な男のものだろう。ハセガワは乾いた唇を舌で潤し、半分死んだモニターの向こうから届く気配に身震いした。
「地球上の自治権というものはとても貴重だ。既得権益の最たるものであって、新しく得られるものではない。ならばそっくりいただく」
鋭く突き刺さるその気配は、戦士のものではない。純粋にまっすぐに自分のみを信じるその歪みがハセガワを苛立たせる。
「なんだと?じゃあ、最初からお前たちは」
「そう、交渉などするつもりはない!ここでお前とそのガンダムを潰せば、ここの連中は皆殺しさ!そして我々が住民と入れ替わる!」
「させない」
マキが小さく呟いて、手元のパネルのいくつかを素早く叩く。Θプラスのバックパックからマイクロミサイルが数発射出され、赤いモビルスーツをその煙幕に包み込んだ。
次の瞬間、Θプラスは空へとジャンプする。さらに次の瞬間にはいままでΘプラスの機体があった空間に、煙の中からビームの束が捻り込まれた。
左右に素早く目を走らせ、護衛のメッサーやガルスが瞬時の出来事に反応できていないことを確認すると、ハセガワは一番近くにいたメッサーをドダイから蹴り落とし、ドダイのコントロールを奪う。ハセガワの目は次の獲物を捉え、マキのコンソールは落ちていくメッサーを逃さない。
ドダイを奪ったΘプラスがガルスへと突撃する刹那、右手のビームライフルから放たれた光芒が落下するメッサーのコクピットを正確に射抜く。ぐっ、とメッサーが動きを止めた瞬間には、Θプラスはドダイをガルスへとぶつけ自分は上空へと退避し、スラスターを一閃してメッサーの放つ断末魔のミサイルを宙返りで軽く避けた。
この複座機の、熟練した二人による連携攻撃はまるでオールレンジ攻撃のようにも見え、三機で臨み必勝を期したテロリストたちの戦術をいともたやすく突破する。
上空へ向けて数発放たれるビームの束を左右に軽くかわし、半壊してなお立ち上がろり反撃しようとするガルスへ止めのビームを打ち込むと、ハセガワは赤いモビルスーツにロックオンのサインを出したままΘプラスを着地させた。
「なんだこれは……一瞬で壊滅だと!?」
「投降すれば殺しはしない、すぐにモビルスーツから降りるんだ」
「まさかな……噂のニュータイプっていうのはそういうものか?」
「知らん!」
空いている左手にビーム・サーベルを握らせると、軽く一振りして粒子の刃を呼び出す。青白い炎は、地獄で揺らめく魂の炎のようにも見えた。
「投降しろ。命の保証はする」
「我々は降参などしないよ」
「……戦って死ぬというのか?」
「信念のために命を懸けることこそが本来の政治、人を導く活動家というものだ!」
不穏な動きを見せた赤いモビルスーツの、右腕がさっくりと斬り落とされる。
「お前らなんぞに、他人をそんなものに付き合せるだけの資格があるものか!テロリストめ!」
「いつの世も、高き志は理解されぬものよ!」
返す刀で右太股も切断され、バランスを失って倒れこみながらもその赤いモビルスーツは左腕のランチャーを撃つ。
「自分の命すら大事にしない奴が、人を導くなんてナンセンスなんだよ!」
が、照準すら合っていなかったランチャーの弾は空しく飛び去り、次の瞬間にはΘプラスのビーム・サーベルがその左腕を肩から切断していた。
残った左足にΘプラスの右足を乗せて機体の体重をかけるように抑え込むと、ハセガワはそのままビーム・サーベルの刃をザクに酷似した赤いモビルスーツの頭部に突き立ててその機能を奪い、その間にマキが右手のビーム・ライフルの銃口をモビルスーツのコクピットに突き付けた。
【MSK-010A1/W Θプラス改】
Θプラス改は、コアブロック・システムを採用した単座機であるΘプラスを、分離・変形機構を廃した複座機として改造した機体である。機体の操縦系統は2系統用意されているが、通常の複座設計では主に教習用として使用されるために優先順位はなく、後から入力されたコマンドがオーバーライドされるシステムになっている。それでは本機を複座とする意味が薄いため、サブ・コクピットシステムからのオーダー処理には必ず新設のサイコミュ・ユニットを経由することとし、可能な限り並列処理を実行するようにした。そのため本機ではメインパイロットには操縦に長けたオールドタイプを、サブパイロットにはNT能力者を乗せ、常に優先させるメイン・システムからのコマンドを実行しつつ、サブ・システムからサイコミュ経由で発行されたオーダーを同一機体上で並列処理するという、極めて特殊な動作を行う。
そのため、外部から戦闘中のΘプラス改の挙動を観察すると、まるで360度視界監視の下に間断なく攻撃を行っているかのように見える。メイン・サブ両システムにオールドタイプを乗せた場合には、サブ・システムの動作にサイコミュが介在しないためコマンドの並列処理割り込みが行われず、システムのメリットは全く生かされない。
上記のような特殊な操縦系統のため、現状ではノボル・ハセガワとマキ・ローウェルのペア以外にこの機体を扱えるパイロット、扱ったことのあるパイロットは存在しない。
サブ・システム用に搭載されているサイコミュは、後期グリプス戦中にエゥーゴが鹵獲したキュベレイマーク2のサイコミュと、カラバが接収したオーガスタ研究所のデータを参考にサナリィが組み上げた特注品で、F91系列に搭載されたバイオコンピュータ開発のための基礎理論構築用に試作されたユニットである。様々な状況下での動作確認とデータ採取が目的のユニットであるため、研究所内でのテストだけではその目的に対する稼働状況が不十分であったが、Θプラス改に搭載されることにより多様な状況・環境でのデータをサナリィにもたらすこととなった。
このユニットに使用されている技術はアナハイム・ガンダム系のバイオ・センサーとは全く別系統の、ジオン系統に連なる本格的サイコ・システムのため、メイン・システム用に撤去されず残置されたままのバイオ・センサーが動作した場合には相乗効果による機体性能のさらなる向上が期待できるが、封印状態の解除コマンドに対する応答がなかったために現状は死んでいるものとして扱われている。そもそも動作していたものなのか、動作するものなのかすら不明なシステムだが、メイン・システム系回路にがっちりと食い込んでいるため改装時に撤去することは不可能だった。
改造前のΘプラスに搭載されていた機体管制用AIシステムについては、当該サイコミュ・ユニットの設置スペース確保のために撤去されている。そのためΖプラスやΔプラスとの情報リンクシステムについては使用不可となっている。
機体そのものの老朽化に伴う更新作業に伴い、使用実績のなかったコアブロック・システムを排除しての改造となった。コアブロック部分のジェネレータに関してはコアファイターごと撤去、上半身部分と下半身部分のジェネレータを最新型の小型軽量・高出力のものに置き換えてトータルでの出力を維持している。コクピットブロックに関しては教習用モビルスーツの標準的なユニットをそのまま流用、また胴体部分のフレームも合体・変形を意識しないものを新造したため、構造的にも大幅な強度アップと軽量化を果たしている。
ガンダム・タイプとして特徴的な外観は改造前のものをほぼそのまま再現しており、グレーを基調とした外部塗装もそのままとなっている。
改造はメイン・パイロットで機体の所有者でもあるノボル・ハセガワの個人的なツテにより、地球のサナリィ支社で行われた。機体の運用に関わる費用やメンテナンス等についてもサナリィが全面的に協力しているがが、これは組織としてのバックアップを持たずにモビルスーツを運用することがこの時代でも難しく、また運用データの安定確保がサナリィにとって大きなメリットであることを示している。
改造の際に排除されたコアブロック・システムはサナリィに売却され、アナハイム製ガンダムの解析に用いられた。機体解析と運用実績の検討を推し進めた結果、サナリィはサイコミュ・システムの発展形としてのバイオ・コンピュータ開発に着手し、また地球連邦軍に対しては小型モビルスーツの開発を提案することになる。時にU.C.0108のことである。
「……とまあこんな感じで」
ちょっと長く喋り過ぎたかな、と僕は少し後悔する。ニコニコしていたシホがいつの間にか真顔になっているからだ。
「あ、ちょっと長かったか?」
「あっ、ごめんなさい」
シホは僕の動揺に気づいて笑顔に戻る。
「違うんです昇様。お話の中に色々と固有名詞が何度も出てきたので、色々と整理しながらじっくり拝聴していただけなんです」
僕はプラモデルたちをアクリルケースに戻す。
「つまり昇様は作品世界を背景にした夢想をそのプラモデルに投影しているのですね。その物語を考える時間、プラモデルを組み立てる時間、そして完成したものを鑑賞する時間。それらもまとめて昇様の趣味なのですよね?」
「ああそうだよ」
僕が畳に胡坐をかくと、シホは僕を座椅子にでもするように座ってきた。髪の香りがふわっと漂う。全面的に体重を僕に預けるシホ。
「でもよろしくありません。ええ、絶対にダメです」
「何が?」
珍しくシホが怒った声を出している。
「誰です、そのマキって子は。なんです、そのプル・シリーズって。シホはちょっと不機嫌ですよ」
「いや、それはシホと会う前に考えたお話だし、プル・シリーズは普通にアニメに出てくる設定なんだよ」
「では今からでもシホに置き換えてくださいませ。あとはそのアニメのシリーズも、一通り目を通したく思います」
シホがツンケンするのは珍しい。嫉妬心、独占欲、そういったものは用意されていたのか、彼女の自然な心の動きなんだろうか。
そこまで考えて僕ははっと気付いた。シホの身の上を気にしない風を装いつつも、実は一番拘っていることに。
僕は黙ってシホの体を背中から抱く。
「んもう、こんなことくらいで誤魔化されないですよっ。そりゃあ、シホの言うことが理不尽なことは自分で判ってます。お話だって判ってます。でもなんていうかこう、もやもやするんですっ」
「ごめんね」
僕はシホの髪に顔を埋めて、そう言った。この子は僕を愛してくれている。嫉妬してくれている。無性にそれが嬉しかった。
「でもシリーズすごくいっぱいあるよ」
「構いません」
「漫画も、小説もあるよ」
「望むところです」
鼻息荒く答えるシホの暖かみを抱いて、僕は目を閉じた。
そんなわけで、夜寝る前や休日の空いた時間を使ってシホはガンダム・シリーズの履修を始めた。まあこれも一つの趣味と言ってもいいんじゃないだろうか。
「昇様、クワトロ大尉ってシャアじゃありませんか?」
※デリュージョン(delusion)……妄想、幻覚
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