第8話 ライダーと戦隊とウルトラと

 改造オートバイが風を切って走る。ナンバープレートの数字は全てゼロ。これは、特務車両であることを示すナンバーだ。

 ピピっ、とヘルメット内蔵のスピーカーから音がする。

 「なんですおやっさん」

 「もうじき目的地だ。今日もまた、頑張ってくれ」

 「了解です」

 真夏だと言うのに黒いライダーズ・ジャケットを着こんだ運転者は、無線の向こうから聞こえる男性の声に答えた。通信機能は、そのフルフェイスのヘルメットに用意されている様々な特殊機能のひとつでしかない。

 県警によって目的地近くへの道は封鎖され、住民の避難も完了している。あとは十分程度、丁寧にお相手をして帰って頂くだけだ。

 「ではいくぞ……変、身っ!」

 男の腰にあるベルトの奇妙な形をしたバックルから光が迸り、そして……




 最初の事件が起きたのは二千三十五年二月十一日、日曜日。日本における商業地の代名詞、東京の銀座で惨劇は起きた。

 突然出没した謎の集団により、たまたま訪れていた一般人約三百名が無差別に殺害されたのだ。そしてそれから先、同様の事件は一週間に一度のペースで発生し始める。

 商業地区へ警官隊を配置し対抗することで、被害を軽微に抑えることには成功した。しかし相手は神出鬼没であり、出没場所には何の法則性もない。どこかの商業区域という漠然とした共通項のみでは、警戒地域を絞り込むこともできない。

 対策チームとして様々な分野の科学者や研究者が集められ、収集されたデータを元に事象の研究が始まった。しかし成果は一向に上がらず、誰もが憎むべき惨劇にただ歯を食いしばるしかなかった時、一人の科学者が声を上げた。

 「これは時空振動だ」

 彼の差す先のデータ。それは、謎の集団が出現する三十分ほど前に、対象区域の時空歪曲率が増大するという数字だった。

 今でこそ時空物理学という分野が一般に知られてはいるが、その当時はオカルトの戯言程度にしか認識はされておらず、それを専門に学ぶ研究者もいなかった。

 彼についても本業は数学者であって、時空関連の研究を専門にしていたわけではない。彼の数ある興味のうちのひとつ、程度であった。精霊工学と並んで眉唾科学とされていた時空物理学の躍進は、この発見が契機となった。

 敵の出現が、その三十分前と言えど完全に予知できるのならば、避難も封鎖も、そして警官隊の射撃による撃退も容易である。時空振動の事前確認には、日本全土をカバーする静止衛星による監視システムを構築して充てた。

 一連の対策により、謎の事件に全て未然に防がれることになった。


 はずだった。


 半年後、センサーはごく小さな時空振動の予兆をモニターに映し出す。そこは浦安、東京ディズニーランド。

 そこに転移してきた異形の怪人は、包囲する警官隊二十名を惨殺して消えた。テイザーガンも拳銃も全く意に介さないように、怪人はその右腕そのものである大きな鎌を振るって血の雨を降らせた。

 明らかに、人間の能力を超えた攻撃。これは警察に衝撃を与えた。それから数回の襲撃があり、自衛隊にも協力を要請して事に当たったが改善はなかった。ライフル銃による砲撃すら跳ね返す怪人が相手なのだから仕方がない。

 時を同じくして、富士の裾野に巨大な時空振動が検知された。そこに現れたのは怪獣……全高四十メートルを優に超す、巨大な怪獣だった。しかしこれは、陸上自衛隊の攻撃で約五分後に消滅、市街地を守備し侵攻を妨害することに成功した。



 つまり、この時点で日本は異世界から三通りの攻撃を受け始めたのだった。



 パターンAは謎の集団が出現するタイプ。これは一体ごとの戦闘力がさほどでもなく、格闘技の実力者であれば短時間なら対抗できるとされる。だが約十分の活動時間内においてノックアウトは確認されず、倒しても倒しても起き上がってくるので単独での対抗は難しい。

 パターンBは怪人が出現するタイプ。これまで確認されている数タイプの怪人はいずれも体の一部が昆虫を模したような形態になっており、また常人を遥かに超えた身体能力を見せる。銃器でもほぼダメージを与えられないが、その身体のどこか……これは怪人によって異なる……への攻撃を異様に嫌う素振りを見せるため、警官隊は狙撃による足止め・時間切れ撤退を対抗策としている。

 パターンCは巨大な怪獣が歯出現するタイプ。古代の巨大爬虫類のようなものから、空想特撮に登場するような奇天烈な形態を持つものまで見た目に一貫性はなく、口から火を吐いたり雷撃を発したりただその質量を武器にしたりと攻撃も様々である。これはもう陸海空の自衛隊にしか相手はできないが、約五分で消滅するとは言え市街地に直接現れればお手上げだ。

 都合三パターンの【敵】は数日に一度ランダムに現れた。警察も自衛隊も度重なる出動で疲弊していたが、とにかく時間切れまで【敵】の相手をして消滅を待つしか対抗手段はなかった。だが、例え必要な対応であったとしても、警察や自衛隊の武装強化には反対意見も出る。

 その目的を戦争やその準備ではなく、【敵】に対抗するためだということをアピールしても、野党議員や市民団体からの反論は続いた。そしてあの暑い夏の日、臨時国会で総理大臣が衝撃的な発表を行う。



 それは自衛隊の対【敵】対応からの段階的撤退と、代わって【敵】と戦う防衛組織の設立だった。



 新組織は運営母体を各都道府県とし、命令系統のトップは各都道府県知事とする。【敵】の襲来に当たってその行動が許可されるが、排除後は速やかに撤退。しない場合には警察や自衛隊が新組織に対して強制力を行使する。

 新組織の装備については各自治体の裁量に任されるが、防衛省・警察庁の管轄ではないので重火器や刀剣類などの銃刀法に抵触する装備については許可されない。また装備などの備蓄については許可されるが、平時においてそれを誇示することは凶器準備集合罪・凶器準備結集罪の対象となる。

 また既存の警察、消防、自衛隊からの参加を禁止するという、半ばやけっぱちになったと思われるような条件が多々追加されていき、ついにケチのつけどころがなくなった反対派は『そんな組織は参加者の人権無視だ』と言い出すに至った。

 「そんな無謀な装備で戦いに行かせるなんて総理、貴方はなんて酷い人だ!」

 その女性議員のヒステリックな国会での発言はすぐさまネットに拡散され、どの口が言うのか、誰がそうさせたのだという意見で動画サイトのコメントは埋まった。

 「確かに人権無視、人命軽視と言われればそうかも知れません。しかし現状、このような形でしか我々は脅威に対抗する手段を持たないと言うこの大前提、この前提に立った議論でなければ、今現在も被害に遭っている方々がいる現実を目の前にした議論としては不適当なのではないでしょうか」

 確かにそうかも知れないがいささか感傷気味だなと、その総理の答弁を見て誰もが思う。何某かの脅威に対する特効薬のようなものが実現されたならともかく、新防衛組織がそのまま設立されたとしても本当に役に立つのか疑問だったからだ。

 しかし、一般の疑問に反して各地の防衛組織たちは健闘した。研究者たちの元に提供された謎多き物質、ノゾミニウム。その効果を利用した道具類によって、人は新たなる力を手に入れたのだ。




 じりじりと空間に赤紫に輝く一筋の裂け目が生まれる。

 「あはは時間通り、いつも几帳面ねー」

 ピンク基調のメイド服を着た少女がきゃらきゃらと笑う。

 「本当に懲りないよなこいつら」

 裂け目を広げるようにして、空間の向こうから黒ずくめの人間……のようなものが這い出て来る。顔にあたる部分は銀色だが、そこに凹凸は存在しない。赤いTシャツにジーンズというシンプルな出で立ちの青年は、その這い出るさまを見て呆れたように言った。

 「まあこれも仕事だ。今日も時間一杯、きっちり片づけようじゃないか」

 そう言う薄青のコックコートに身を包んだ青年の肩を、濃緑の作業着の青年が叩く。

 「ですよねですよね。怪我しないように安全第一で!」

 「今日は六体ね……無駄骨折ってもらいましょう!」

 黄色いワンピースの少女が、不敵に笑いながら指間接をポキポキと鳴らす。

 「じゃあいくぜ!日光変身!!」

 赤いシャツの青年が叫び、五人は一斉に右腕を空に掲げる。そこには揃いのブレスレットがあった。

 「トウショウジャー!!」

 五人の叫びと共に各々のブレスレットから光が迸り、そして……




 なぜ日本にだけ【敵】が出現するのだろうか。誰もが抱く疑問に対して、答える者はいなかった。ただ一人、ノゾミニウム鉱石をもたらした人物……桜木健一郎博士は何かを知っているようではあったが、誰にもそれを話すことはなかった。

 ノゾミニウム鉱石を利用したドリーム・フォーミング・デバイス……つまり変身アイテムの開発後、自ら命を絶ったからだ。

 デバイスそのものは、セットされた鉱石に一定値の電流と磁力による刺激を与えるというシンプルな機能しか持っていない。使用者が変身を望んでスイッチを入れると、刺激を受けた鉱石から特殊な力場が発生して使用者を変身させる。

 敵の強さに応じてデバイスにセットされた鉱石の大きさは異なる。パターンAに対抗するための戦闘グループ各員には直径五ミリ程度の鉱石がセットされたデバイス、パターンBを相手にする単独行動戦闘者には直径一センチ程度の鉱石がセットされたデバイス。そしてパターンC相手には直径三センチ程の鉱石が配置されたデバイスが用意された。

 四十七都道府県全てに行き渡る数のデバイスを用意した夜、桜木博士は自ら命を絶った。

 「彼は、全ては償いだと言っていたよ」

 桜木博士と親しくしていたという研究者の一人、坂之下元教授はしみじみと語った。

 「世界への償い、命への償い、そして娘への償い。そのためのデバイスなのだと……それ以上は何も語らなかった。彼がどんな十字架を背負っていたのか、今や窺い知ることは出来ん」

 僅かに数個残されたノゾミニウム結晶、何度その成分や組成を解明しようと検査をしても、何も新しい発見はなかった。桜木博士の、亡き娘から名付けたというノゾミニウム。深い赤に輝くその鉱石が導く力が、日本を守っていることだけは確かである。



 巨大怪獣タイプの【敵】は、出現から約五分で消滅する。一定以上のダメージを与えられれば、制限時間前でも四散することは確認されている。

 だが、パターンCに対抗するためのデバイスでの変身可能時間は約三分。つまり、この対戦パターンに限っては【敵】の出現位置と時間が判ったとしても、運用時間がどうしても合わないのだ。

 出現からの二分間を敵ターンとして暴れるに任せ、残り三分でその動きを封じて消滅を狙うか、【敵】出現と同時に変身して全力にて攻撃し、撃退するか。

 判断は基本的に変身者に任されていた。任すしかなかった。場所と時間は判っても、どんな相手が出てくるのかは判らないからだ。実際に出てきてどういう行動を取るかを見ないとどうにもならない。

 「冗談じゃないんですよね」

 ずずーん、と地響きがする。山あいに出現した怪獣が、上流のダムを目指して歩き始めたのだ。

 「ダム破壊からの水害で一気に下流の命を消す、ってところか。止めるだけで済めばいいんだけど」

 スーツ姿の中年男性は、近隣住民が避難済みで人の気配がない町並みで、それでも周囲を気にしながら、上着の内ポケットから派手なデザインの眼鏡を取り出して勢いよく顔に近づける。

 「セヤッ!!」

 叫びと共に彼の体から光が迸り、そして……




 【人類保全法】。それが、防衛組織設立の基本となる法律である。

 この法律は、条文にいささか不穏な表現もあったので野党や学者からの疑義も多数見られたが、現実に被害が起きている中では多少の強引さも致し方ないと、修正もそこそこに立法された。『国民を含む人類の保護にあたっては、人権よりもそれを優先する』というこの記述が、将来どういう意味を持たされていくのかということを深く考えるだけの余裕を誰も持っていなかったのだ。

 人が、人ならざる【敵】と戦うためには、リスクを覚悟で立ち向かう場面も出るだろう。そういう場面を想定したものだと政治家は言った。また、【敵】によって人々の財産が侵害され、生まれ育った地へ戻れないこともあるだろう。そのような場面では、政府や自治体による完全な保証は難しいからという解釈もあるとテレビのキャスターは述べた。


 そもそもこのような立法を根拠としてまで防衛組織を設立しなければならなかったのはなぜか。


 【敵】襲来の初期、対応は警察か自衛隊の担当だった。しかし人の力を遥かに超える悪意と相対した時に、装備の増強は必然である。が、機動隊員や自衛隊員が武装をして街中に繰り出す様は、まるで戦争が始まったのではないかという錯覚を起こさせる。実際、【敵】と人の間ではもう戦争が始まっているようなものだったのだが、理屈と膏薬はどこにでも貼りつくものだ。

 これは国家間での戦争を禁止した憲法には抵触しない、正体不明の【敵】に対抗すべく行動しているのであり再軍備にはあたらない、というごく真っ当な理屈でさえも否定する論はあったのだ。

 そのために、多少無茶でも警察・防衛から一線を引いた組織が必要となってしまった。この立法に前後して桜木博士によるデバイスの開発が報じられたが、デバイスの完成を期待しての立法であったかは定かではない。警察や自衛隊による対応を自らの言論で封じてしまった以上、それに代わる組織のための強引な立法について声高に反対できる者は少なかった。


 悪法もまた法。


 予備人員も含めて各都道府県でそれぞれ十名が人類保全法によって徴用を受け、一年の間【敵】との戦いに赴くことになった。戦闘グループは基本五名、単独戦闘者一名、怪獣対応者一名を基本とし、残りの三名はいずれかの担当に追加戦士として充当されることが常であった。追加戦士分の変身デバイスは常備がなく、中央本部に申請して予備品を一定期間のみ貸与される。そのため追加戦士に頼りすぎることは危険であり、なるべくレギュラーのみでの解決が推奨された。

 任期が一年というのは、個人の精神的消耗が予想以上に激しいからであった。また、防衛組織は基本的に県知事直轄の部署として扱われ、そのデザインや名称を一年ごとに切り替えてグッズ販売収入を得るという計算もあった。




 こうして今の日本には、各県それぞれにヒーローたちがいる。かつてテレビや映画の中にしかいなかったヒーローたちが、今は実際に人々の暮らしを守っている。謎の別世界から現れる【敵】と戦い、人々の命を守ることが彼らに課せられた使命なのである。




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