第4話 サンクレアの夕餉

 「どうしてエルフとダーク・エルフがいるのかな」

 「は?」

 唐突なクラウスのその問いに、エルフであるメリルの返答はいささか怒気を含んでいるように聞こえたが、それは単に焼き魚の骨から身を剥がすという面倒な夕食……焼き魚定食を食べている最中だからである。

 「だってそうじゃん。ダーク・ドワーフなんて聞いたこともないよ」

 「……エルフとダーク・エルフの違いって判る?」

 剥がした身を口に放り込んで咀嚼する。あまり行儀が良いとは言えない日常だ。

 冒険者たちで騒がしい街の食堂のうち、ここ『豚の耳亭』は比較的安価でボリューミーな食事を提供することで有名である。ただし味付けについては好みが分かれ、万人受けする店ではない。

 「どんな精霊と魂が近しいかで変わるもんて聞いたけど」

 「半分正解」

 「半分?」

 「実はエルフもダーク・エルフも、契約する精霊の種類は大差ないの。ただし力には二面性があって、理性的な力と野性的な力。エルフは理性と、ダーク・エルフは野性と魂が近しい」

 「なるほど」

 木のカップから水を一口飲んで、ヒューマン……つまり人間である少年クラウスは神妙に頷いた。

 「で、別に他の種族にそういった違いがないわけじゃない」

 「え?だってドワーフはドワーフだよね」

 「今いるドワーフは古代魔法王国時代、ダーク・ドワーフと呼ばれた氏族の末裔だよ」

 「えええええ」

 思わずカップを落としそうになったクラウスは、落とさなかった代わりに残っていた水を太ももにこぼしてしまう。鎧の下のインナーへと水が浸み込んで冷たいが、水なのでまぁいいかと鎧の表面だけテーブル備え付けの台ぶきんで拭うクラウス。

 「だから彼らは基本的に野性で精霊の力、大地や火の破壊的な力を好んで使う」

 「そりゃまあそうだけど、ドワーフの神官もいるよね?」

 「純粋な僧侶や神官になるドワーフは、魂が理性寄りってことね。でも想像してみて……ドワーフの神官ってバトルアックス振り回す、いわば神官戦士がほとんどでしょ」

 「たっ確かに」

 クラウスの脳裏に、むさい髭面で法衣に身を包み、巨大な斧を軽々と振り回しながら真言を唱えるドワーフのイメージが蘇った。そうだよな、ドワーフの神官はだいたい戦士としての特性を持っている。

 「つまり現在主流のドワーフはだいたいダーク・ドワーフなんだけど、ダークでない方はかなりの希少種になってしまっていて区別する場面がほぼなくなったから、縮めて単にドワーフと呼ばれてるの」

 「はー、つまりエルフとダーク・エルフは拮抗してるから区別の必要がある。ドワーフはほぼダーク一色だから今さら区別する意味がないから省略してる」

 「そゆこと」

 魚の骨から身を剥がす作業、そこからひと時も目を離すことなくメリルは答えた。

 この時代、社会の大多数を占める人間族は種族として『中庸』だ。特に秀でた能力も。極端な寿命の長短も持たない彼らはその代わりに『適応』と『工夫』でその勢力を広げてきた。まぁ英雄的な仕事なら話は別かも知れないが、世間一般に生きるのであれば人間の『だいたい何でもできる』という特性は、得手不得手がはっきりしている他種族よりも有利に働くことが多い。その結果、人類は繫栄しているということである。

 「じゃああれか、探せばどこかに色素の薄いドワーフがいるかも知れないってことかな」

 「色素が濃くて悪かったねクラウス」

 定食のトレーを持ってやってきたのはドワーフ戦士のマガリアだ。浅黒い肌と濃い赤の髪は彼女の自慢で、愛用の斧はこれまでに幾度となくパーティーのピンチを救ってきた。

 「いやいや、別にマガのこと言ったんじゃなくて」

 「判ってるよ。またどうせどっかで変な疑問を仕入れて来たんだろ?」

 焼いた薄切り肉にかぶりつきながら、やれやれといった感じでマガリアは言った。

 「人間だって色素の濃い薄いはあるじゃないか。それについてはどう思ってるんだ?」

 「人間かぁ。それはあんまり考えたことがなかったな」

 自分の皿の野菜をフォークでつつきながら、クラウスは言う。

 「たぶん民族の違いくらいだと思ってるよ。住んでる地域によって違う感じ?」

 「だったら他所もそれでいいじゃん」

 今まで黙って聞きながら食事を続けていたフロルス……人より小柄で短命、手先が器用な一族である……のリックレックがあきれたように口を挟んだ。

 「俺たちからしたら、色の違いなんてどうでもいいんだよ。そいつが役に立つか立たないか、そいつの役に立ちたいか立ちたくないかの方がよっぽど重要だね」

 「ニヒリスト……というのとちょっと違うけど何よそれ。いつもそんなこと言ってるけど、それはあんたたち種族のこだわりポイントなの?」

 ようやく魚の身をあらかた食べ終えたメリルは。偉そうに言うリックレックをからかうように言った。

 「そんなんじゃねぇよ」

 「じゃあ個人的なポリシーなんだ」

 「なんだっていいだろ別に。それよりなクラウス。俺たち人間以外の所謂『亜人』ってやつは、なんにしても神だとか精霊だとか魔だとかの影響を受けやすい。そういうのから全部一定距離を取ってるのがお前たち人間なんだよ。だから亜人と人間の子はいても、亜人同士の雑種はできないだろ」

 「そう言われれば」

 ぽん、と手を打つクラウス。確かにエルフとドワーフの夫婦に子が出来たという話は聞いたことがない。

 「それに言っておくが、ゴブリンやオークだって『亜人』なんだぞ?人間と敵対してるから俺たちとも険悪だけど、あれは一応魔物じゃない。魔物みたいなもんだけど」

 「そう言われればそうだ……ゴブリンは女性を攫うこともあるっていうし」

 ゴブリンの群れに辺境の村が襲われるという話はたまに耳にする。大抵は居合わせた冒険者や村にいる血気盛んな若者たちや、組織されていれば自警団などによって撃退されているという話である。

 「リックレックは色々知ってるねぇ」

 感心したように言うメリルにも冷ややかに視線をぶつけるリックレック。

 「お前たちエルフは長命なくせに知識の分野が偏り過ぎなんだよ。その様子だと、東の古代遺跡が滅亡した光ゴブリンの王国かも知れないって話だって知らないだろ」

 「それは僕も聞いたことがあるよ」

 嬉しそうに言うクラウスに一つため息をついて、リックレックは肩をすくめた。

 「そうなんじゃないかってだけで、まだ確定したわけじゃないぞ。ただ俺が言いたいのは、ダークだなんだと騒いだところで何にもならないぞってことだ」

 「まぁそうだな」

 焼肉定食をあらかた平らげたマガリアが、空になった丼をテーブルに置きながら言った。

 「知識として知っとくのも大事だろうけど、問題はそこにいるそいつと旅をしていけるかどうかだ。そうだろリックレック?」

 「まぁそうだな。だからフレイン」

 リックレックは、自分の隣の席でさっきからずっとスープに悪戦苦闘している女司祭に視線を移した。

 「苦手な辛い物にも付き合うお前の根性、嫌いじゃないぜ」

 「あはは、ありがど」

 まだ幼さの残る顔を真っ赤して汗の玉を載せたまま、クレインは必死に笑顔を作った。彼女は辛い物が大の苦手なので別の店に行ってもいいと言ったのだが、みんなで食事をしたいと付いてきたのだ。

 少年剣士クラウスと幼なじみの司祭フレイン、斧戦士マガリアにスカウトのリックレック、そして魔法使いのメリル。この五人で旅をするようになってもう一年。そのきっかけはほんの偶然だったが……今では気心の知れたいいパーティーになったとクラウスは思う。

 魔王との戦いが伝説となった世界。暗雲などが世界を包んでいない時代。わりと呑気で時にシビアなそんな世界、その名はサンクレア。



 これは、そんなサンクレアを舞台にして繰り広げられる、あまり大したことのない物語の一節である。



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