第5話 大切
「清愛、夏樹はな、泣き虫なんだよ。実は」
「みたいだね」
「……うるさいなぁ……」
赤くなった鼻の頭を隠すように、顔を腕の中にうずめる夏樹。
「じゃあ、次は遥希の番。遥希は?どんな子だったの?」
「俺ー?俺は変わんねーなぁ……。いつも楽しい事優先で、やりたい事やって、後で困んだよ。勉強とか運動とかなんも得意なもんなかったし。だから、元気でいるしかなかった」
「自信……なかったの?遥希……」
ボソッと夏樹が清愛に代わって聞いた。
「ねーよ。んなもん。俺なんもねーの知ってんだろ?夏樹。いつもいつも夏樹に頼って何とかなってたなぁ。だから……その……今だから……今回だけ言うけど……その……なんてゆうか……」
「ん?」
清愛が、『答えはもう解ってるよ』と言わんばかりに微笑んだ。
「……夏樹、ありがとう」
「!」
「もう一生言わねぇからな!」
「い!言われたくないよ!気持ち悪い!」
「あんだと!?……言わなきゃよかった……」
遥希は、顔を真っ赤にして、夏樹と清愛から顔を背けた。しかし――……、
「……俺、正直空っぽなんだよ」
数分後、ふくらましていたほっぺを、凹ませ、いつになく悲し気に言葉を吐き出した。
「何やっても虚しい時がある。将来どうなるんだろう、とか、俺ちゃんと自立できんのかな、とか、怖くて怖くて仕方なくなる時がある。それは、もう小学生の時から。夢とか、特技とか、何も無かったからさ……。何して良いのか分かんないし、すべきことからも逃げてた……。だから、怖くなる一方!俺なんも無しでーす!」
「遥希は何もなくなんかないよ。いつも自分から人の輪に入っていけるリーダーシップは凄いと思うし、テスト前だけだけど、一気に何かやる時の集中力ももの凄いと思う……。まぁ、一瞬で忘れちゃうのも凄いけど!」
「うんうん」
清愛が、微笑ましく頷く。
「……一言多いんだよ!」
凹んでいたほっぺを、また膨らます事に成功した遥希だった。
「ありがとう……。二人とも、十六年の人生をちゃんと生きて来たんだね……。そうだね。子供子供する事も、時には大人になる事も、ちゃんと必要な時は必要な事をする事が大切なんだね」
「清愛ちゃん、清愛ちゃんの記憶はどんなふうに作られるの?私たちの話を聞く事と関係あるの?」
「ふふ。もう十分作ってもらったよ。私の記憶は、大切で出来上がった」
「「大切?」」
「私は二人の温度が嬉しかった。最初は冷たい夏樹ちゃんの温度も、熱すぎる遥希の温度も苦しかったけど、今は二人の温度が
「私……冷たかった?」
「うん。最初は、心が痛くなるくらい冷たかった。きっと心にいろんなものを閉じ込めすぎてたのね。でも、子供の心がふわーって溢れて来て、無邪気な大切が私を温めてくれた」
「えー!じゃあ俺熱すぎたのー?」
「ふふふ。まぁね。でも、悲しい温度も、遥希の心にちゃんと住んでた。それは、自分の弱さを認めるには必要な事。弱さを認めるのは大切な事なんだよ」
「弱さを認める……か」
「私、怖かった。ここで、誰が来るのか、私を本当に助けてくれるのか、怖かったけど、二人が来てくれて良かった。……ううん。来てくれたのが二人で良かった。最初はどうなるかと思ったけど……」
「そりゃ、パニックになるよ!」
夏樹がおどけた。いつの間にか、それほどの余裕が出来ていた。最初は泣きじゃくったのに……。
「ねぇ、清愛ちゃん、私たちが清愛ちゃんを助けたの?」
「え?」
「私には、清愛ちゃんが私たちを助けてくれたように思うんだけど……」
「それは誤解。私は、ここを出られない。今まで私は貴方たちの世界で言う五百年くらい一人でいたの。もう、私は記憶を作るのは無理かと思ってた。二人が来てくれて、本当に良かった」
「清愛ちゃん、もしかして……私たちの使命は終わっちゃったの?」
「……さすが夏樹ちゃん。頭の回転が速いね……」
「えぇ!?もう俺たちの夢覚めちゃうの!?」
「ふふふ。覚めたらテストが待ってる?」
「ち、違うよ!……せっかく、清愛と色々話せるようになったのに……」
「わ……私も、もうちょっと一緒にいてあげてもいいよ?」
「なんでお前はそう上から目線なんだよ?それが冷たいって言われてんの!」
「う……ご、ごめん。清愛ちゃん……。正直に言う。私、もうちょっと清愛ちゃんと話がしたい。次は、私たちが大切を教わりたい」
目を潤ませ、鼻声で、清愛にもう愛着が湧いた二人は、あれほど帰りたかったのに、あれほどここに来た事を恨んだのに、もう少し、もう少しだけ、清愛と言う不思議な人と触れていたいと思っていたのだ。
「それはもう終わったんじゃないかな?」
「「終わった?」」
「私、二人が好きよ。とーっても良い子たち。私は、私の記憶は、形成された。それと同時に、貴方たちの心も自由に解放されたはず。自分に正直になって、自分の弱さと向き合って、ちゃんと子供にも大人にもなれたじゃない」
「……やっぱり……もう目覚めなくちゃいけないんだね……」
「えぇ。でも、私は貴方たちの中から消えたりしないわ。きっとね。……さ、そろそろ目覚めましょうか」
「ありがとう!清愛ちゃん!」
「ありがとな!清愛!」
「……それは、私のセリフよ。私の記憶を作ってくれたのが、貴方たちで本当に良かった。本当に、本当に……」
夏樹と遥希が清愛との別れの辛さに下を向いていたが、今まで笑顔だけで、ひたすら二人の話を聞いていた清愛の声が、ほんの少し掠れ、言葉が詰まったのが分かった。
「清愛ちゃん……?」
「清愛……どうした?」
「嬉しいの。こんなに私の五百年を埋めてくれた貴方たちに出逢えたことが……。ありがとう。夏輝ちゃん、遥希」
その笑顔は、多分、一生二人の記憶から消える事はない。頬を薄紅色に染め、その生命は、危うく、儚く、風に揺れた髪の毛が、口元の震えを伝えていた。
その次の瞬間、お別れを言う暇もなく、あれが始まった。雨が降り、腰かけていた白鳩公園のベンチがふわっと柔らかくなり、目の前の清愛の映像が霞み、その中で二人は確かに見た。
満面の笑みの、清愛を――……。
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