第4話 プール
「で?とりあえず私たちは何をすればいいの?」
「じゃあ、夏樹ちゃんの小さな頃の話を聞かせて」
「私の?」
「こいつのちっちぇ頃は酷いぞ~?今もひでぇけど……」
ゴンッ!
「って!!んだよ!殴んなよ!本当の事だろ?」
「うるさい!酷いのはどっちよ![summer]のスペル、良い加減[m]一個付け忘れるのやめなさいよ!」
「今それカンケーあるか!?さっきまでビービー泣いてたくせに……」
「良いから!聞かせてちょーだい!」
二人の本当によく飽きないな……と思わずにはいられないやり取りを、清愛が少し口元を引きつらせて口調を強めにして止めた。
「「はい」」
「……私はきっと可愛くない子だった。大人ぶって、早く大人になりたくて、子供なんかつまらない……きっとそう思ってた」
「それを後悔してるの?」
「んー……、多分してる。もっと子供子供してれば良かったって。子供の頃から少し気を使いすぎる子供だったな。友達とかくれんぼするより六法全書見てる方がゆういぎだって思ってた気がする……。ふっ、そんなモノ、大人になれば幾らでも読めるんだから、かくれんぼしておけばよかった……。大人になったらかくれんぼなんて出来ないもん……」
「かくれんぼ……大人じゃ出来ないの?」
「出来ないよ!かくれんぼだよ?そんな事してる大人がいるとしたら、保育士さんくらいじゃいない?」
「へぇ……」
「もっと、もっと、子供を楽しめばよかったなぁ……」
夏樹は、少し遠い
「後は?」
「後?う~ん……あ!好き嫌いしてれば良かった!」
「はぁ?なんだよそれ!」
思わず遥希が笑った。
「だってぇ、良い子にしてなきゃって思ってたから、好き嫌いもしなかったもん。今になって好き嫌い増えちゃった。食べられるものなんて、だんだん増やしていけばいいんだよ。そう思わない?清愛ちゃん」
「ふふ。そう思うんだ?夏樹ちゃんは」
「そう。今ねになって。へへ。お母さんの料理、食べず嫌い結構あるかも。小さな頃、なーんも言わず何でも食べてたから、何がおいしかったとか、憶えてないの!ただただ良い子でいよう、ってそれだけ。今思えば、美味しいものは美味しい。美味しくないものは美味しくない。そう記憶して、美味しくなかったものだけ、治していく癖をつければ良かったな……」
「夏樹、かあちゃんのカレーライス食わないもんな。信じられん!」
「カレーライス……何が嫌なの?」
「えー……マジベタだけど、猫のゲ〇みたいで……嫌なんだもん……。子供の頃、飼ってた猫のゲ〇見ちゃって、それ以来、連想しちゃうんだよね。無理してたら、どんどん苦手になっちゃって……」
「ははは!」
「もう!笑い事じゃないよ、清愛ちゃん!小、中の給食でカレー出た時大変だったんだからぁ!」
「でも、う〇ちじゃないんだね」
「うわ!それ言わないで!それだけは連想しないようにしてるの!」
「あ、そうだったんだ。ふふふ。じゃあ、夏樹ちゃんはもっと子供らしく、自由に我儘にいたかったってことなのかな?」
「そうだね。なんかさ、アタマ良い事が全部って思ってた。……って言うか、今も少し思ってる」
「だろーなー。俺の偉大さが解んねぇんだから!」
「あんたは問題外でしょ!事には大なり小なり範囲ってもんがあるのよ!あんたは範囲外!」
「そう言うのが良くないんだよ!勉強出来なくても成功してる人間なんて沢山いるじゃん!」
「う……そりゃそうだけど……」
「反省が足りねぇなぁ、夏樹は」
「偉そうに……。そうは言っても少しは勉強もしなさいよ。大切なモノがあるのもそれはそれで事実なんだからね!」
「はい……」
「ふふふふ」
そんな風に、気が付いたら、二人は女の事を清愛ちゃんと呼び、和み、打ち解け、話し込んでいた。
夏樹は、幼い頃の自分の話を、心地よさそうに効く清愛が、幼き日の自分に思えた。自分は、話している方だった。いつもいつも。でも、今は自分が清愛になった気分で、自分の話を自分が聞いている気がした。子供の頃に戻って、我儘を言いたい放題言っていたのだ。後悔とは違った。本当に無邪気に心底清愛の中に自分を滲ませるように、記憶を作るように、夏樹は自分の話をした。
――気が付くと、夏樹は涙が出ていた。
「……夏樹ちゃん?」
「……夏樹……」
「ふ……。馬鹿だなぁ……私……。勉強ばっかして……。小学校の時、友達がみんなで宿題サボってプール行くって言ってさ……私、一人良い子ぶって行かなかったんだ。本当は行きたくて行きたくて仕方なかったのに……。勉強なんて一日くらいしなくても死なないのに……あの日のプールはあの日しかなかったのに……どうして行かなかったんだろう……。本当馬鹿……」
「大切って色々なんだね。勉強は確かに大切だけど、掛け替えのない大切が確かに小さな頃には存在してるんだね……」
「そうだよ。清愛ちゃん、もし、この世界が自由なら、後悔しないでね」
ぐすぐす鼻をすすりながら、夏樹は行き先の無い後悔を、清愛に背負わせないようにするかのように、そう呟いた。いや、幼き頃の自分に言ったのだろう。
『行きなよ、プール』
夏樹は、そう、言った。
『うん!』
清愛は、笑顔で心に刻んだ――……。
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