第3話 記憶づくり

「ほら!やっぱり夢じゃない。ここの人が夢って言ってるんだから、これは夢よ!それならこ~んな美人さんと話した事の無い誰かさんにはもってこいの良い夢なんじゃない?」


「お前は何処まで人を馬鹿にすれば気が済むんだよ!二人で見てるって事が変だって言ってんだよ!そこ!不思議に思わないの!?」


「な!遥希のくせに!テキトーに核心つかないでよ!」


「テキトーってなんだよ!俺はいつも真面目だ!」


「真面目に馬鹿なんでしょ!?この大真面目馬鹿!!」


「あぁんだとぉ!?」


 清愛の目には、どうやら、二人はこのを受け入れようかどうしようか迷っていると見受けられた。清愛は、しばらく二人の言い合いを微笑ましく観戦していたが、五分ほどすると、先ほどの遥希のように飽きて来た。まぁ、五分もほとんどおんなじ言葉のやり取りを見せられれば、この景色を五時間見ているのと比にならないくらい飽きる事は言うまでもない。


「ねぇ、そろそろ良いかな?」


「「何が!?」」


「お願いがあるの」


「「お願い?」」


?」


「き……記憶を作る……?」


 ポカーンと口を開き、何も言えない遥希を置いて、夏樹だけが少しこの世界に現実味を帯びて来たようだ。先ほどから、待てど暮らせど消えないこの空間と、今まで夢に出てこない事はなかったが、ここまで会話しながら一緒に夢見た経験などない遥希の存在と、何より誰かもわからない清愛と名乗る謎の女が放つ言葉の数々に、と言うよりそろそろ不気味さを感じる。


「記憶喪失なの?」


「いいえ」


「一緒にいてって事?」


「んー……、私は生きている意味を知らないの。私はここで暮らす意味を知らないの。只、ここにいて、息をしてるだけ。でも、苦しくはない。でも、楽しくもない。だから、私に記憶をください。って事かな?」


「これ、夢って言ったよな?覚めさせてくれって言えば、今すぐ覚めるのか?」


「ごめんなさい。それは無理。私が私に満たされれば、貴方たちは自動的に帰れるわ」


「ここは……時間は?時間は流れてるの?このまま私たちおばあちゃんやおじいちゃんになるまであなたを満たすまで夢から覚める事が出来ないの?」


 夏樹はさすがに焦った。


「ううん。それはないから安心して。ここは私の中だけで時間が過ぎる。貴方たちはここにいる限りは永遠にここに来た時と同じよ」


「なんだよー!じゃあ、良いじゃん!一生ここにいようぜ!テストねぇし!」


 能天気に、遥希はテストがないと言うだけでこの世界をあっさり受け入れた。


「何言ってんの!?ここにいる限りお母さんやお父さんにも逢えないのよ!?友達だっているし!私には最高裁判所の長官になるって言う夢があるのに!!」


「お前……どこまで現実的なんだよ……。ここまで来てさいばんしょかよ……」


「まぁまぁ。落ち着いて。大丈夫よ。そんなに難しい事じゃないの」


 一気に気の抜けた遥希と、相反して蒼褪める夏樹。その二人を可笑しそうにくすくす笑いながらなだめようとする清愛。そんな清愛に……、


「あなたなんなの!?こんな事に私たちを巻き込んでどういうつもり!?私はこんな事してる場合じゃないの!意味不明なこと言ってないではっきり目的を言いなさいよ!!」


「あら、怖い。そうね……、貴女がここから出るには、確かにそっちの坊やが必要そう。貴女一人じゃ私の記憶は作れなかったかも知れないわ。まぁ、それはそっちの坊やにも言える事だけれど……」


 顔を真っ赤にして、本気で怒り、腹の底から言葉を捲し立てる夏樹に、清愛は全く冷静沈着だ。それをぼーっと見てる遥希も夏樹と同じくらいきっと今の清愛には頼りない。


「……がい……。お願い……帰して……帰らせて……。ふ……うぅ……」


「な、夏樹!?な、泣くなよ!んな大袈裟な……」


 とうとう夏樹は泣き出してしまった。こんな時、やっぱり女の子は女の子なのだ、と、清愛……いや、遥希が思っていた。


 遥希は、夏樹の一ヶ月年上だ。たったそれだけで、昔から随分お兄ちゃんぶってきたものだ。態度だけは。頭は夏樹の方が数億倍優れていたから。しかし、近所の大型犬がいる家の前を歩く時も、自転車の乗り方を教える時も、初めて小学校に通う時も、中学校で友達を作るきっかけを作る時も、高校で成績だけでクラス委員にされそうになった時も、盾になったのは、教えたのは、道しるべになったのは、勇気をくれたのは、守ったのは、いつも、どんな時も、遥希だった。


 だから、遥希は、こんな時、いつも能天気になるのを本能的にやめるのだ。いつも、夏樹が本当辛い時は分かる。自分がしっかりしないといけない時だという時は自然とスイッチが入る。それが、二人のパズルがサクッと組み合わさる時なのだ。


「分かったよ!俺たちがあんたの記憶作りとやらを引き受ける!だから、それが終わったら、ちゃんと俺たちを元に戻してくれよな!」


「えぇ。約束するわ」


「遥希……そんな事出来るの?私たちに……」


「大丈夫だ!俺が居て大丈夫じゃなかった事なんてないだろ!?だから泣くな!夏樹!」


 しゃがみ込んで泣きじゃくる夏樹の頬をパンッ!と両手で挟み、遥希は笑って言い放った。












「遥希……。私……帰りたい。だから……頑張る……!」




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