第2話 長ーい夢の始まり

「なんだ。夢か。二人同時におんなじ夢を見る事ってあるんだね」


「そうだな。こんな夢、長い事夏樹とつるんでるけど、初めてだな」


 二人とも夢から覚めたのに、まだ夢の中にいる感じだった。


「びっくりした……。虹の入り口……初めて見た」


「虹に端っこってあんだな」


「ね。虹に端っこがあるんだったら、なんだね」


「帰ろうか。遥希。テストがある。あんた、今度四百位以下になったらおばさんに殺されるでしょ?」


「おう。多分な。獄門の末の死刑じゃね?」


「獄門の上のって言葉揃えてくれると嬉しいな」


「俺、やっぱお前嫌い」


「うん。気が合うね。私も」


 二人は、ベンチから腰を上げ、白鳩公園を出ようとした。

















「あら。貴方たち。来たのね」


「「……」」


 そこに現れたのは、この近所にはいない、見た事のない、とても綺麗で、憂いを帯びた二十代前半と見られる女性だった。


「えと……どなたでしたっけ?あ、引っ越してこられたんですか?」


 多少動揺したが、以上の椿事が起こり得るはずがない。それを経験した直後だ。少し見慣れない女性がそこに居ても、そしてその女性が少しおかしな発言をしても、少なくとも夏樹は驚く事はなく、冷静に笑顔で聞き返した。


「私、青柳あおやぎ清愛。夏樹に遥希ね。貴方たちはどうしてこんな事になったのかしら?ふふっ」


 青柳清愛、と名乗った女は悪戯っぽく微笑んだ。


「なぁ、夏樹、俺たちまだおんなじ夢見てんのかな?」


「私もちょっとそう思ったところ」


「そんな顔しないで。大丈夫。私は、熊より怖いけど、兎より可愛いわよ。ふふふ」


 その笑い方は、悪戯っぽくではなく、その女の自然な笑い方なのだと、その時二人は理解した。


 その女は、本当に綺麗だった。センター分けのボブヘアーに、淡い紫の半袖カーディガン。白いレースのスカートを履いていた。靴はスカートと同じ白いバレエシューズだ。顔は、まあるい眉にまあるい目。その二つのまあるさとは違う高めの鼻。下唇だけ少し厚い。輪郭を言ってなかった。丸顔と面長を混ぜた何ともいいとこどりの大きさ。まぁ、良い加減何を言いたいのかと言うと、何とも可憐で女性らしい姿面持ちだ、という事だ。


 しかし、夏樹と遥希にとって、そんな事は今そんなに大した問題ではなかった。よく分からない女がよく分からない事を言っている。それが問題だ。


 うん。それも少し違う。まさに二人が出したい問題の答えは、これが、夢なのか、そうでないのか、という事だ。


「遥希、やっぱりこれは夢だよ。私たちいつ目覚められるんだろうね」


「な。俺、ちょっと飽きて来た」


 と言いつつ、二人は清愛に何だか妙な親近感を抱いた。親近感と言うより、懐きたくなる感じだ。清愛自身は、懐っこい感じはしないが、恐喝をしてくるようにも見えない。確かに、で、感じだ。


「私ったら、なんて女なのかしら。こーんな可愛い子たちをに呼んじゃうなんて。ごめんね。でも、私を助けてくれたら、くすぐにでも帰れるわ」


「『助ける』?清愛さん、貴女何か困ってるの?」


「っておい!なんでお前はいつもいつも冷静なんだ!この状況だぞ!この女だぞ!ここは明らかにここじゃないだろ!」


「うるさいなぁ。こんな経験、滅多に出来ない。どうせ夢ならゆっくり楽しもうよ」


 もうこの時点で二人の性格の違いが露になっている。







 中貫夏樹は、3歳児の時点で、この現代に、裁判所の種類が、最高裁判所、高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所の五種類がある事を知っていた。そして、それを知った上で、目指すは長官だった。その夢は、十六歳になった今も変わっていない、秀才中の秀才の少女だった。


 広川遥希は、十六歳の時点で、<裁判所>を漢字で書けず、出来る事と言えば、まるで絵に描いたように、自転車を漕ぐだけと言う、いわゆる落ちこぼれ……にも失礼な程、勉強にもスポーツにも嫌われた少年だった。まぁ、救いだったのは、いつもテスト間際に基礎だけは叩き込んでくれる夏樹がいる事で、奇跡的に高校も夏樹と同じところに入れたという事だ。


 何が言いたいか。二人は正反対という事だ。






「夏樹、お前少しパニックるって事を知れよ!」


「あんたこそ余裕をもって物事に接しなさいよ。どうせこれは夢なの。だったら楽しめばいいじゃない。虹渡ったなんてくらい自慢できちゃう。はははは」


「……笑いが乾いてるぞ?お前、本当は焦ってんだろ」


「焦ってるって言うか、不思議な事もあるものだなぁ……とは思ってる」


「xとyだけじゃ解けないもあるぞ?」


でしょ?語感だけでもの喋るのやめなよ」


「こんな時に俺の間違い探しすんのやめろって!」


「馬鹿にしてんのよ」


「あん!?」


「なによ!」


「……なんか……貴方たちが私の所に来た理由が少し解る気がする。貴方たちなら私を助けてくれるかも……」


 そもそもの始まりの清愛を放って、言い争う二人に向かい、フイッと清愛が言った。


「「あんた誰!?」」


「まぁ。息ピッタリ」


 ぱちくりと清愛はお目目をくりくりさせた。そして、微笑みを浮かべ、


「これは、そんな貴方たちだから見られる、貴方たちにとって今までで一番長ーい、ヨ。よろしくね。ふふふ」

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