第2話 中二病
秋山隆は、今年で35歳になるが、高校時代から、大学時代までにかけて、結構、
「中二病的な発想」
を持っていた。
「背伸びしたがる」
というところがあり、本来であれば、中二という思春期くらいに通る道である性格が、少々遅れてきているのであった。
その影響は、アニメにあったようだ。
ロボットアニメなどを見ていると、ついつい主人公に思い入れを強めるところがあるのか、主人公のセリフを何度も繰り返して、覚えるくらいに言ってみたりして、自分の性格が、さらに強くなるのを感じるのだった。
本人は、
「背伸びしたがっている」
という印象があるわけではない。
どちらかというと、
「目立ちたいとは思っているわけではないのに、目立とうとしているところが、まわりの人に疎まれる」
というところがあるようだ。
「出る杭は打たれる」
と言えばいいのか、そのあたりの発想が面白いと言えば面白いのであった。
あれは、高校生の頃、友達が、発作を起こして倒れたことがあった。皆、友達の母親から友達の病気のことを聞いていて、何かあればという対処法を聴いていた。
もちろん、隆も聞いていたのだが、その時のとっさなことに、頭の中が空っぽになってしまったのか、母親から話を聴いた時、
「俺には関係ない」
とでもいう感覚で、
「まともに記憶していなかった」
と言えばいいのか、まったく、そうなった時に機能しなかったのだ。
一緒にいた他の友達が、その対応をしっかりできたことで、事なきを得ることができたのだが、
さすがに、高校生だけで何とかできる状態ではなかったことで、救急車を呼んだのだった。
それまで、オタオタしていて、軽いパニック状態に陥っていた隆を、まわりは、気にすることもなかっただろう。
実際に、気になどしていられるわけでもなかったからだ。
だが、救急車に救急隊員が運びこんで、後は任せればいい状態になったところで、子供たちは安心して、救急車が走り去るのを見つめていた。
その時、隆は、急に思い立ったように、救急車に向かって、
「おーい、ちゃんと医者に診てもらえよ」
といって叫び出したのであった。
友達二人は最初は、
「何が起こったんだ?」
と思って見ていたのだが、すぐに冷めた目になり、
「何だこいつ。何をいまさらっているんだ?」
とばかりに考え、次第に、虚脱感が襲ってくるのを感じたことだろう。
そして、
「こいつのそばにいたくない」
と思ってか、二人は無視して、帰宅を急ごうとする。
隆一人が見えなくなった救急車に向かって叫んでいるのだ。
友達二人は、すぐにそこから離れていくのを感じた。
だが、隆にしてみれば、ここでやめてしまうという選択肢はなかった。
救急車が見えなくなっても、後ろの二人が自分の視界から消えても、叫び続けるしかなかった。
自分でも、叫び続けることの、虚空の極みは分かっていたのだ。
実際に叫んでいると、途中でやめることができない闇に嵌ってしまったことに気が付いた。
それは、無意識に、
「いってはいけないことを言ってしまった」
というのが分かったからで、その前には、
「周りから、冷めて見られるようなことを言ってしまった」
ということで、顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしていることは分ったのだ。
だが、それをどうすればいいのかということが自分で分からない。
まるでロボット工学における、
「フレーム問題」
で、目の前に広がった無限の可能性をどうすることもできないと感じたからだ。
だから、まるでその時は自分がまるでロボットになったかのように感じたのか、本当に何をどうしていいのか分からなくなって、軽いパニック状態に陥ったのか、そこで出てきた行動が、あの謎の叫びだったというわけである。
一人残されたのは、
「自分で自分を呆れる」
という状態に追い込まれた隆だった。
その時になって、自分が、
「なぜ、そんな行動を取ってしまったのか?」
ということを考えてしまった。
そこに、自分がヒーロー気どりとなり、叫んでしまったということ。
そして、それが、元々、皆一緒に聴いたはずの、対処方法を、自分がパニックになってしまって、後の二人に任せたことで、そこで終ればいいのに、何か、
「手柄」
のようなものが欲しかったのか、
「このままでは、爪痕を残すことはできない」
と感じたからなのか、気が付けば、そういう行動をしていた。
目立ちたいというよりも、応急処置のできなかった自分のいいわけを、そういう行動でしてしまったということを考えてしまったということが問題だったに違いない。
そして、それが、完全にすべってしまったという行動となってしまったことで、さらに、自分を追い詰めてしまったのだ。
「おかしい。テレビアニメのヒーローは、こんなに浮いてしまうことはなかったはずなのに、どうして俺がやると、こうなるんだろう?」
と思うのだった。
アニメがあくまでも、
「まわりに目立たせるもの」
だということは分っているつもりだった。
だが、なぜかそんな大人げない行動に出たのは、あくまでも、
「何とか自分の行動に、正当性を持たせたい」
という思いであった。
まず、最初に分かるはずのこと、いや、
「分からなければいけなかったことが分からなかった」
という後ろめたさをいきなり感じた。
それにより、それ以降はすべてが、
「後手後手にまわる」
ということであった。
それにより、まったく何もできなくなってしまったことで、結局思い出したのが、アニメの主人公のように、最後に、アドバイスを送るということだった。
「最後であれば、少々の遅れは取り戻すことができる」
という感覚を持った。
それが、そもそも、
「中二病」
のようなものではないだろうか?
自分では、夢にも思わなかった。
「背伸びをしたがる」
という性格であり、友達二人は、そんな隆に対して、
「道の真ん中から、いきなり叫んでいるというのは恥ずかしい」
という思いと、
「中二の頃なら分からなくもないが、何でいまさらこの年になって、あんなことを叫ばなければいけないのか?」
ということであった。
隆自身の、思春期は、確かに中二前後くらいにあったのは確かだった。
異性に対しての興味というのも、中三くらいからの、若干遅めではあったが、確かにあったことだった。
中学時代に迎えた思春期で、異性に興味を持つようになるということは意識できていたのだが、それ以外の変化に対しては、あまり意識があったわけではなかった。
どちらかというと、
「異性に興味を持てば、それが思春期だ」
という意識が強かったことで、それ以外に関しては、さほど意識がなかったのだ。
それを思えば、
「意識というのは、持つことで、思春期のような、人生の節目を超えることができるのではないか?」
と思っていた。
だから、中学時代に得ることのできなかった、
「思春期に通り過ぎなければいけない」
という道を、通ることができたのかということを自分で分かっていないのだ。
そもそも、思春期を通り越し、大人になるということがどういうことなのか分からない。
もっとも、35歳になった今でも、35歳という年相応の意識があるにも関わらず、まだまだ意識が子供の頃と変わらない。
つまりは、
「子供の頃の意識しかない」
というような、まるで、
「成長が止まった」
という意識があることに、隆は時々気づくことがあった。
それが、高校生の時の、友達が倒れたという、
「救急車事件」
だったのだ。
そんなことがあってから、
「自分が恥ずかしい人間だ」
ということを思い知らされた気がして、さらに、
「なぜ、友達にとって一番大切なことを意識できていなかったのか?」
ということを感じさせられた。
それから、再度友達に頭を下げて、
「聞くべきことを聞く」
ということができるようになったのは、どれくらい経ってからだっただろうか、
どうしても、すぐであれば、自分の方が歩みよるには、期間が短すぎる。相手が、忘れてしまったくらいの頃に聴いた方が、
「こいつは、やっとその気になったんだな」
ということを強く感じてくれそうな気がして、その思いが相手に伝わる演出を、どうしてもしてしまうように考えてしまうのだった。
この方が、
「一石二鳥だ」
と考えたからだ。
しかし、この一石二鳥という考え方が、そう考えた時点で、ある意味、
「卑怯だ」
と言えるのではないだろうか?
しかし、中二病になってしまっている自分を何とか成長かさせようと思うと、それくらいのことを意識しておかないといけないということであろう。
間違っていると分かっていることでも、それを素直に認められないという意識がどうしても、人間にはある。
それが時と場合によって、
「中二病」
と言われるようなことになりかねないということである。
隆は、自分が、中二病であるということを感じると、自分に対して、ついつい、
「自虐的」
になっていることに気づくのだ。
実際の中二病の症状では、
「自虐」
という発想とは、むしろ正反対の意識があるのではないだろうか?
「目立ちたい」
あるいは、
「背伸びしたい」
という発想は、素直な気持ちであり、それだけに、
「抑えが利かない」
といってもいいのではないだろうか?
それを思うと、自虐というのは、
「自分を虐めたい」
というよりも、
「自分を虐めているかのように見せて、そこで何かの辻褄を合せているのではないだろうか?」
と感じるのだ。
ただ、ここでいう自虐は、
「それをすることで、まわりが、本人の考えを、なるべく表に出すことで、笑ってもらって、真相から離れた意識を植え付けようという、どちらかというと、わざとらしさであったり、打算的なところがある」
と思わせたいに違いない。
それを思うと、
「自虐」
というのは、まるで、
「プラスマイナスゼロ」
というような、
「見かけの部分が存在しているような気がする」
といってもいいのではないだろうか?
それが、
「隆にとっての、中二病だ」
と言えるのではないだろうか?
隆は、自分のことを、
「中二病だ」
という意識はあるようだが、
「自虐」
という意識はなかったようだ。
これは、隆に限らず、何か自分に対し自虐的な行為を、形に表している人であれば自覚もあるのだろうが、そうでもなく、ただ、他人が見て、自虐に見える場合もあれば、本人にも何となく自覚はあるようなのだが、どこか、認めたくないという意識がある場合もあるのではないだろうか?
特に、自虐の原因の一つといわれる、
「自己肯定感の低さ」
というものがあると言われているが、
「自分を認めないという意識」
というものが、自虐という意識があっても、
「それを認めようとしないものが、どこかに潜んでいるということも言えるのではないか?」
と考えるようになった。
そして、自虐という言葉には、
「ネタとして弄られる」
ということでの、自虐というのもある。
この場合は、自分が、まわりから苛められているということを演出することで、
「自分が目立ちたい」
あるいは、
「自分を目立たせたい」
という意識があるからではないだろうか?
バラエティ番組に出ている芸人が、弄られているのを、子供の頃に見て、本当に小さい頃は、無邪気に笑っていたが、小学生も高学年になってくると、見ているだけで、何か胸やけがしてくるのを感じた。
その理由に関しては自分でも分からなかった。
「可愛そうだ」
と思ったわけではない。
むしろ、苛められているのを見て、苛立ちを覚えるくらいだった。
その頃学校でも、苛めというのがあった。
小学生なので、そんな目立つ苛めがあったわけではないが、皆に目立たないように行われていたのだ。
それを、隆は知っていた。知っていて、何もできない自分に苛立ちを覚えたのだ。その感覚と、テレビに出ている芸人のその姿に苛立ちを覚えたのだ。
「こんな姿を電波に乗せるから、苛めのようなものがなくならないんだ」
と、子供心に感じたものだった。
子供といっても、小学生の高学年になってくると、
「低学年の頃のような、何も分からなかった幼児ではないんだ」
と思っていた。
小学五年生くらいになってくると、それまで感じたことのない感情が、時々生まれてきた。
最初は、
「思春期というやつの、始まりだろうか?」
と感じたりもしたが、どうもそうでもないようだ。
確かに、それまで分かっていなかったことが分かってくるようになり、自分の中の、
「感情」
というものが芽生えてきて、その感情に対して、さらにリアクションをしようとする時分がいるのを感じていた。
だが、その感情は、ストレートなものが多かった。喜怒哀楽という言葉が、そのまま意識できると言えばいいのか、その裏に何も潜んでいるという感覚はなかったのだ。
そんなことを感じると、自分のまわりにいる同年代の友達連中も、同じように、ストレートな感情を持つようになった気がした。
ただ、この感情は、自分だけで持っているもので、
「まわりの人に知られたくない」
という感覚が強いということに気づくようになってきた。
それが、小学生高学年の頃の感覚だったのではないだろうか?
他の人とは、そんなに差がないような気がしていた。遅いか早いかというだけのことで、
「誰もが通る道」
ということなのだろう。
少年だった頃のことを思い出そうとすると、この小学生高学年の頃は避けては通れないものだったりする。
その頃の、いわゆる、
「遠い過去」
というものは、現在からみれば、ほとんど、差がないように見えるのは、そのどちらも遠く感じるからである。
それは、宇宙空間というものを想像した時に感じる。
SF特撮映画などを見ていると、宇宙空間の、比較的地球に近い宇宙空間に佇んでいる宇宙船が、地球を目指して進んでいる時、その姿がどんどん小さくなっていき、そのうち、豆粒のようになっていき、スーッと消えていくように思えるのだ。
しかし、決して、そんなに近づいたわけではない。それが宇宙空間というものの、感覚なのだろうか。
それだけ、
「地球というものが大きい」
ということも言えるのかも知れない。
宇宙に存在する無限の星の中では、まだまだ小さい方なのかも知れないが、何といっても、生物が存在し、人間のような高等生物がいるのだから、少なくとも、周辺の星の中では、
「異質な存在」
といってもいいのかも知れない。
地球との距離を宇宙空間の一点から見て、そこから、地球に向かって移動する宇宙船から、距離を考えるという発想は、隆だけではないだろう。
しかし、それが、今まで生きてきた時系列や、事件などと結びつけて発想するという人は、そうはいないだろうと思っていた。
小学生高学年の頃から、何か奇抜なアイデアも浮かんでいたのだが、そんなアイデアをもし、人にいおうものなら、変人扱いのようなことをされてしまうという意識から、余計なことを考えないようにしたのだった。
自分にとっての遠い過去というものを考えた時、
「小学生高学年の頃の記憶の方が、小学生低学年の頃よりも、遠く感じるような気がするんだけどな」
と思うのだった。
気のせいかとも思ったが、そうでもないようだ。
小学生の低学年の頃の意識は、今ではほとんどない。
「記憶が希薄だ」
といってもいい。
だが、それは記憶という器から、意識というところに戻して、そこで再生させることで、自分の中で、映像化であったり、意識として感じることができる再生というものができるのだろうと思っている。
しかし、小学生の低学年の頃の記憶は、意識としてのスペースに戻すことができないのかも知れない。
それでも、意識は断片的に残っているのだから、感覚としては、存在しているのであった。
それを思うと、
「俺の記憶の中で意識として戻せるのは、小学生の高学年以降ということになるな」
と感じ、
「物心がついたという言葉で言い表せる時期として、俺の場合は、小学生の高学年になってからということになるのだろうか?」
とも思った。
だが、物心がついた時期というのは、
「記憶として残っている部分である」
と解釈すれば、小学生低学年も、十分に物心がついていた時期なのだろう。
「じゃあ、物心がついてから、思春期までの間というのは、どういう時期だったのだろうか?」
と考えると、
「記憶としてしか残っていない時期もあれば、意識として認識していた時期がある。意識として認識できている時期を、少年というのではないだろうか?」
と考えてみた。
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