第3話 無茶とめちゃくちゃ。
「め、めがね…」
ガサガサ…
目覚めたばかりのシニーはベッドの上から、隣にあるテーブルの上を手探りで眼鏡を探している。
だがしかし、彼女の裸眼視力はすこぶる悪いため、眼鏡を探り当てるまえに、水の入ったコップに誤って腕が触れてしまった。
ゴトッ、パリーン!
「何してるんですか…」
「そ、その声は我が弟子、私の眼鏡を取ってくれたまえ」
僕の声が聞こえるとすぐ、たった今の醜態がまるで無かったかのように堂々と指示をし、師匠の貫禄を出そうとしている。
「もう、こうなる前に呼んでくださいよ」
ハヤテは小さく小言を言いながらテーブルの上にある眼鏡を手に取ると、ベッドの上に何故か堂々と座るシニーの耳にかけた。
んっ
眼鏡をかける際に彼女の耳に僕の手が少し触れ、ビクッと反応したことを僕は見逃さなかった。
「お〜視界がクリアになった」
手を内向きにグーパーして指先の指紋のシワ一つまでしっかりと識別できることを確認した。
「助かったよハヤテ、さて朝ごはんにしようか」
◇◇◇
今日で僕が灰髪の魔法使い"シニー・アッシュ"の弟子となって一週間が経った。
その期間ずっと、この家の大半の場所の大掃除を決行していた。
現在僕たちが寝室としている部屋も三日前までは書物や資料、用途知れぬ魔法用具の物置きとなっていた部屋だ。
古代ローマを思わせるあの巨大な湯殿は実はこの家ではないらしい。
(魔法によって空間を無理矢理繋げてるらしいが、当然詳しいことは分からない)
だがどうりでこの家の有様と違い風呂場は綺麗に保たれているのかと腑に落ちた。
キッチンの荒れ具合は比較的マシだった為、そこまで掃除に手間はかからなかった。
「ハヤテの作るホットケーキは美味だな」
三枚の積まれたホットケーキの上にバターを乗せ、たっぷりのメープルシロップを流しかけるとほんの数十秒でペロリと食べ終え、マグカップに入った牛乳を胃に流し込んだ
僕は忘れない。
この家に来た次の日の朝、シニーが自信満々で作ったホットケーキの味を。
その時から料理は僕の担当になった。
多分栄養だけを考えて作ったらあんな味になるのだろう…
というか僕は今のところ弟子というよりかは召使い、家政婦の様なことしかしてない気がする。
ホットケーキを頬張りながらそんなことを考えていると、僕のこの思いが伝わったのかは知らないがシニーは口を開いた。
「よし、今日"魔法"を教えよう」
シニーは椅子から立ち上がり部屋の真ん中に移動すると、宙を指で四角に切り、そして小さく唱えた。
『解錠』
すると人が一人通れるほどの大きさの空間の切れ目が目の前に生み出された。
「そんなに驚くこともない、結界術の応用さ」
ここでの生活に慣れて尚、現実に起きるこの奇跡の所業に目を丸くして驚く僕を見て、笑いながらシニーは言う。
空間の切れ目を通って辿り着いた先は、石がゴロゴロと転がり地面は乾燥でひび割れた荒地であった。
「ここは私が維持している中で一番大きな結界だよ、魔法の練習にうってつけの場所さ」
確かにどこまでこの空間が続いているか全くわからないほどの広さだ。
「はい、
シニーはそう言うと僕の視線を立てた人差し指に向けさせた。
『
僕が見つめる彼女の細く白い指先に陽炎の様な空気の揺らぎが生まれた。
そして次の瞬間にはパチッパチッと火花が発生し、それは渦巻きながら瞬く間に小さな太陽の如き炎球に成長した。
「これが私独自に創り出した炎魔法、そして
「プリメラ?イグニス?」
僕は見様見真似で試してみた、しかし当然だが炎が指先から出ることはない。
「それで魔法が使えるなら、今頃街中は魔法使いのオンパレードさ」
ですよね〜
「まずは己自身の魔力を知覚するところから始めないとね」
そもそも僕に魔力なんてあるのか?元の世界では魔法の魔の字もない生活をしていたというのに。
「君は大抵の人間より魔力量は多いよ」
僕の疑問を見透かしたようにシニーは答えた。
「ほら手を出して」
そう言うと差し出した僕の両手をシニーはガシッと掴んだ。
「今から私の魔力を流し込んで、君の魔力発生器官を無理矢理叩き起こすよ」
「え、無理矢理?それって安全なの?」
「大丈夫、多分。こっちのが手っ取り早いし」
そして有無を言わさず魔力の注入が行われた。
手が触れた先から真夏の水溜りのように
「ほら、これで自分の身体から立ち昇る魔力を感じることができるだろ?」
これが魔力なのか?全身の血管を循環する熱湯の湯気、それが全ての毛穴から噴き出てるみたいだ。 僕の気分も妙に昂り、変な全能感すらある。
「ちなみにその状態だと身体の魔力を全て残らず使い果たして死んじゃうから、早く魔力のコントロールできる様になるんだぞ」
「え、安全なはずじゃ?今死ぬって」
「大丈夫だ、私も同じことを師匠にされたが五分で蛇口を捻るくらいのコントロールはできたからな」
一気に血の気が引いていくのを感じた。
つまり彼女の言う安全は何一つとして保証されたものではないということだ。
だがもはや狂気のチキンレースは開催されてしまった、四の五の言っている暇は無い。
んんんんんんんっっ!
頭の血管が千切れるくらいに全身の筋肉を
しかし依然として魔力は身体から立ち昇っている。
「魔力は存在するけど存在しないモノ、体じゃなく心と頭で操るんだ」
様子を見ていたシニーが僕の肩に手を置くと更に言葉を続けた。
「身体の中の魔力の流れをイメージして、魔力が流れ出ている穴を一つずつ閉めるんだ」
一つずつ、閉める…
シニーの言葉を頭で
しかしそれと同時に絶望を覚える。魔力の穴が無数に存在していたからだ。
◇◇◇
魔力の解放から実に十五分が経とうとしていた。
横に立つシニーは現在の状況を分析する。
これほど長く魔力の穴を開けていられるのはハヤテの持つ魔力量が尋常じゃないからだ。
しかしこの状態は体力も著しく消耗する、もう数分ともたないだろう。
まずいまずい、このままじゃ初弟子が死んでしまう。
冷静な分析とは裏腹に、シニーの心中は穏やかではない。
「急げハヤテ、もう時間は残されていないぞ!」
分かってるそんなことは!魔力の穴はもう大半を閉じることはできたんだ、だけど最後の一つが見つからない!
まずい、意識が遠のく…ここで気を失えば二度と帰って来れない。
シュ〜、、、
魔力の流れ… あれだ、最後の一つ!間に合え—
◇◇◇
「おめでとう、君は魔力のコントロールを身につけた。今日からハヤテは正真正銘の魔法使いだ」
倒れかけた僕をシニーが支えながら祝福の言葉を告げた。
自らの迂闊な行動によって弟子を命の危機に晒してしまったシニーはホッと胸を撫で下ろした。
「ほらしっかり立て、今なら初めに見せた魔法も使えるはずだ」
正直なところ疲労困憊だが今なら出来る気がする。
最初にシニーの魔力を流し込まれたお陰でシニーの炎魔法、その形、輪郭?を何となく理解した。
人差し指を空に向けて、指の先の魔力の穴を開いて唱えた。
『
パチッ!パチパチパチッ!バチッ!
指の先に火花が起こり、渦巻き始め、身体の一点から解放された魔力が炎に変換された。
ボォォォンッッ!
バリンッ
魔力をありったけ注いで創り出した炎球、それは初級レベルの魔法でコントロール出来るはずもなく破裂した。
炎球の一点から噴出するように放たれた砲撃は、この演習場上空にある結界の壁を破壊してしまった。
「あ、」
「…」
シニーは無言で僕を見つめた、その表情は言うまでもない。
第三話 完
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