第2話 どこでもない、今ここにいる。

 「どこに行こうというのかな?」


 ドアの前に立った僕に対してシニーが問いかける。


 「ハヤテの話が全て本当だとするなら、この世界に帰る場所はないんじゃないか?」


 「元の世界にも、僕の帰る場所なんてないです。結局のところ今と何も変わりませんよ」


 僕の返答に対してシニーは特に止める素振りもなく「そうか」の一言だけを発した。


 「助けていただきありがとうございました」


 礼を言っていざ、外へ出て行こうと扉を開けたところでハヤテは絶句した。


 「地面が、ない…?」

 

 というよりも扉の先には文字通り


 「この家には私の結界が張られている、君一人で結界から出ることはできないよ」


 魔法使いという存在、目の前の彼女をやはりファンタジー世界の住人であることをひしひしと実感させられた。


 「あの、僕は外に出たいんですけど…」


 「君のいた世界の常識は知らないが、借りた恩は返さなくてもいいのかい?」


 そう言ってシニーは不敵に笑った。



 ◇◇◇



  う、うわぁ…


 テーブルの上に置かれた"古代魔法学説II"と銘打めいうたれた分厚い本を持ち上げると、積もりに積もった大量のホコリが舞い上がった。


 本に付着したホコリをしっかりとハタキで落としてから本棚へと戻した。


 僕は"恩"を返す為にシニーの家を掃除している。 

 この部屋には物で溢れており、一体いつから掃除をしていないのか、モノをどけると噴き出るようにホコリが現れる。

 

 「あ、確か部屋には人食い植物の植木鉢があったかもしれないから気をつけてくれたまえよ!」


 ガチャリと扉を開けて覗き込んだシニーが忠告だけしてすぐに扉を閉めて去った。


 はぁ…


 この部屋は何が現れるか分からない、まるで未開拓の密林ジャングルにいるかのようだ。



 部屋の窓を雑巾で拭き掃除をしている途中で気がつく。


 「外の景色が見える。扉の外は結界?とやらで何も見えなかったのに」


 ここで一つ考えが頭に浮かぶ。


 もしかしてここから外に出られるのではないか?いやでもこの家の掃除を任されたし…いや、そんなことする義理はないんじゃないか?それでも命を助けられたのだから…


このように数分間逡巡した末に、とりあえず窓を開けてみるという結論に辿り着いた。


 「開けるだけだから、逃げるとかそういう考えじゃなくて…」


  決して邪な考えはないことを確認しながら窓を開いた。


 ガラガラと窓を開くと突如そこからモクモクと蒸気が溢れ出て、顔面にに浴びせられた。


 少なくとも、さっきまで見ていた窓の外に見えていたのどかな草原は確認できない、代わりに目に入ったのは古代ローマを思わせる巨大な湯殿であった。


 はは、なんだこれ、なんでもありだな。もうここまで来ると笑えてきた。


 呆気に取られてしばらく窓のふちに肘をついて休憩していたところ、ゆらゆらと揺蕩たゆたう湯煙の奥から人影が現れた。


 「君は少々マセ過ぎなようだね」


 「シ、シニーさん!?」


 どうやら今は魔法使い"シニー・アッシュ"の入浴時間だったようだ。


 「で、掃除の進み具合はどうかな?」


 シニーは僕に掃除の進行状況について尋ねる。


 ちなみにシニーの身体は湯船から立ち昇る湯煙によって上手い具合に秘匿されている。


 「ボチボチです…」


 作業部屋の掃除にもう二時間以上かけているのだが、ようやく四分の一になるか?といった状況だ。


 「ならいい、ハヤテも風呂に入れ」


 「…へ?いやまだ掃除も終わってな、てかそんな問題でもな—」


 僕が唐突な提案に困惑していたところ、シニーは一瞬で距離を詰めて胸ぐらと服の左袖を掴んだ。


 あっ…、


 シニーさんはお風呂の中でも眼鏡をつけているんだな。

 人間離れした力で湯船に投げ飛ばされながら新しい発見をした。


 バシャーン…


 ◇◇◇



 「服のままお風呂に入るのなんて初めてだな…」


 湯の上を大の字になって浮かびながらボソッと呟いた。


 「迷ったらあったかい湯に浸かれ、私の師匠がよく言っていた」


 「ししょう…僕のおじいちゃんと同じ様なこと言ってるんですね」


 「そうか、早く元の世界に戻らないとその祖父が心配するんじゃないか?」


 「いえ、二年前にもう…」


 「そうか」


 シニーはハヤテの言っていた「帰る場所なんてない」の意味を知った。



 ◇◇◇



 この丁度いい湯温のおかげでいつまでも浸かっていられる気分だ、全てのしがらみが溶けていくような。



 「ここはハヤテが元いた世界とは何もかも違うんだよな、なら生まれ変わった気分で生きてみたらどうだ?」


 横で湯船に浸かるシニーがふと語りかける。


 「死にたがりを助けるほど暇人じゃないって言ってませんでした?」


 「私はな、でも師匠が私にそうしてくれたから」


 続けてシニーがハヤテに言った。


「ハヤテ、私の弟子になれ」


 魔法使い、悪くないかもしれないな…


 「僕でも魔法使いになれますかね〜?」


 「なれるよ、私がなれたから」



 こうして僕は『灰の魔法使い』シニー・アッシュの弟子となり、この世界で生きていくことを決めた。



 ◇◇◇



 「シニーさん、のぼせないでくださいよ…」


 シニーは湯にのぼせてしまい湯殿からハヤテに運び出された。

 今はソファで顔を茹で蛸の様に赤くしながら倒れている。


 「今日からは私のことは師匠と呼べ…」


 「師匠…」



 第二話 完


 

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