第2話

 ――あのあと椎名しいなさんは教室にこなかった。

 死体については誰一人としてツッコまない。先生すらもスルーしていた。

「今日は九条くじょう椎名しいなは休みか」

 椎名さんは教室にいるのに欠席扱いだ。椎名さんはここにいますよー! なんて当然言えるわけもなく、私は大人しく授業を受けている。

 私は後ろを振り向くまいと真正面に顔を固定していた。今は授業中だし、後ろを振り向く必要なんてないけどね。ちなみに私の席は窓際一番後ろです。そして死体がある場所は私のすぐ後ろ。

 どうやら死体は私にしか見えていないようだ。どうして私にしか見えないのだろうか。私に霊感なんてないはずなのに。……たまたま波長が合ったとか?

 だけど幽霊ってことは椎名さんはどこかで死んでるんだよね……最悪な想像が浮かぶ。たとえあまり関わりがなかったとしてもクラスメイトが死んでいるなんて思いたくなかった。


 ――気づいたら私は薄暗い場所にいた。

暗くてよく見えない。知らない場所のはず……そのはずなのに何故か既視感が拭えない。

 「ここは?」

 ︎︎ぽつりと呟く。小声のはずなのに自分の声がやけに鮮明に聴こえた。ここが静寂である証拠だ。

 ︎︎私は呆然としながらも、自分の置かれた状況を確認しようとゆっくりと周りを見る。だいぶ暗闇に目が慣れてきて、少しづつ見えるようになる。

 私の手には包丁。手にはべっとりと血がついていた。私の隣に倒れていることに気づく。

 ︎︎倒れてる女の子の顔は髪で隠れてよく見えない。私は動けなかった。恐怖がまとわりつくて動けない。この子は、もしかして――



 ︎︎ハッと我に返ると私は教室にいた。

 今のはなに? 夢? そうだ夢だ。だって、そうじゃないと椎名さんを殺したのは――

 そこまで考えてから首を振る。私が椎名さんを殺す? なんのために? それ以前に私は人を殺せるような人間じゃないと思う……。

 それに私には椎名さんを殺す動機なんてない。昨日だっていつも通り学校行って雪と話して、それで……あれ? それでどうしたんだっけ?

 昨日のことなのに雪と一緒に帰ったところまでしか思い出せない。そんなはずは……雪と帰って……なんで? どうして昨日のことなのに思い出せないの!?

 ︎︎……もしかして本当に私が?

 そんな嫌な想像をしてたら、気づいたら昼休みになっていた。

 ︎︎いつものようにお弁当を持った雪を誘い、外に出る。

「どうしたの急に外でお昼ご飯食べたいなんて」

「た、たまにはいいかなって」

 死体がある教室でお昼ご飯を食べる気にはなれなかったから……とは言えない。

「あのさ、雪……私は昨日は雪と一緒に帰ったよね? それで私、そのあとなにしてたか分かる?」

「なにその質問? 別れたあとなんて知るわけないじゃん。いつもみたいにゲームでもしてたんじゃない?」

「ははっ、そうだよね」

 私はなにを聞いてるんだ。そうだよ、雪が知ってるわけないじゃん。だんだんと冷静さを失っているのが自分でも分かった。

 私にしか見えない死体、やけにリアルな夢、あやふやな私の記憶。これだけ条件が揃っていたら、嫌でも自分を疑ってしまう。そんなはずないと言い聞かせても。

「もし、もしもの話だよ?」

「うん」

「本当にもしもだよ! もしもだからね!」

「わかったわかったから……で、その『もしもの話』ってなに?」

「私が人殺しだったらどうする?」

「ぷっはははっ」

 雪は腹を抱えて笑い出す。

「なにを言い出すかと思えば……純白ましろヘタレだしそんなことできる人間じゃないでしょ」

「私は真剣に言ったのに……」

「じゃあ本当に人殺したわけ?」

「いや殺してないけど!!」

「でしょ?」

「それにさ、それだけ純白ましろが憎んでる相手ならわたしが先に殺すから」

「え、怖っ」

「ははは、冗談だって」

 雪と話してたらだんだん気持ちが落ち着いてきた。雪といる時間はとても大切で……すごく好きだなぁ、なんて思う。

 恥ずかしくて本人には言えないけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る