床の海

時無ロロ

床の海

 病院での待ち時間は、とても退屈だ。


 急を要して来院したのではない。持病と言うのも憚られるような、軽い症状。長年付き合っているそれ用の薬を処方してもらうのが目的だ。


 定期的に訪れているのだから、時間を持て余すのは分かりきっていた。有意義に過ごすために小説を持参している。隙間時間に読みやすい短編集だ。しかし今日は眠くて読む元気がない。待合室に流れる、穏やかな音楽が眠気に拍車をかける。

 椅子に腰掛けたまま、ぼんやりと室内に目をやると、あることに気付いた。


 受付カウンター、椅子、観葉植物、人といった室内に存在するもの全てが、床に鏡のように映っている。子供の頃に観ていたアニメのオープニング映像を思い出す。実際にそういった絶景を作る海が、外国にあるらしい。


 綺麗だ。

 病院の床に海が広がっている。床の材質と、ピカピカに磨いてくれた清掃員のタッグで作られた絶景。

 海は全ての生命の母だと言う。その生命を絶やさぬよう治療してくれる病院も、海に近い場所のような気がしてきた。


 いや、病院に限らず何でもそうだろう。インフラ整備がされていなければ生きていける自信がない。

 それを映す物体が無いから見えないだけで、身の回り全てに、命を繋ぐ意味での海が広がっているのだ。なんと素晴らしい事か。


 物思いに耽っていたら名前を呼ばれた。

 自分も海の一部だと思うと、なんだか誇らしかった。


 帰宅後、景色が鏡のように映る場所を調べたら海ではなく湖だったのは、また別の話である。

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床の海 時無ロロ @tokimuroro

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