則井先生(20)

気付けば七月、鬱陶しい雨の日々が過ぎ暑い日々がやって来る。

あれから佐久間からは「あの時はすみませんでした…。」と謝られ一線引いた関係に戻れたが、二ヶ月ほど過ぎた今でもアイツは全く保健室に来ない。

正直な所仕事が少なくてありがたい、ただでさえ季節の移り目…特に、夏は熱中症が起きやすく保健室に生徒や教師が来訪する機会が増える。

そもそも甲子園に行く為に日々努力しているのであれば、この時期は特に忙しいし今日は期末テスト最終日、この日が過ぎれば…県の大会が待っている。

あんな別れは予想出来なかったが、どちらにせよアイツにばかりずっと構っている訳にはいかなかった。

 

何故なら、俺は大人で養護教諭だから。

 

思えば、仕事の範疇を超えてアイツの事を考える事に時間を割き過ぎていた。

若いとはいえ、大人に近い部類になっているのだから、もっと離れて見ていても良かったのに…俺は何度も余計なお節介を彼にしてしまい、結果。

恋などと…錯覚をさせてしまった。

「―いくつになっても、失敗は尽きないな。」

誰もいない教師用男子トイレの中で呟いてから、手を洗い保健室へ戻る。

外にいる癖に室内まで届く蝉の声を聞きながら歩いていると、これから入る保健室の扉に何か挟まっていた。

何だ、と思い手に取るとでかでかとプリントされた赤色の字が、俺の目を刺激する。

 

『高校野球県大会』

 

衝動的にぐしゃりとそのチラシを団子にしたくなるが、その裏面を見て止めた。

そこには油性マジックでただこう書いてある。

 

来て下さい、と。

 

俺にどうしろって言うんだ。

正解が分からない俺は、しばらくその字を睨み付ける事しか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る