園田くん(17)
突然の乱入者を、二人は驚いた顔でこちらを見る。
外側だったら二人の様子がぼんやりとしか分からなかったけれど、中に入ってしまえば嫌でもその体勢が分かってしまった。
先生が、押し倒されているその様が。
「―佐久間先生。」
胃の中にマグマが入っているようだった。
だとしたら、さながら今の自分の声は噴火の音だろう。
先生達に対して無礼だ、けれどそんな事なんて今はどうでもいいと思う程、オレは暴走していた。
「オレ、則井先生に用があるんだけど。」
睨みつけ、最低限の言葉で言うと「お、おぉ…。」と先生の上にいた佐久間先生が大人しく引き下がる。
その離れたのを見て、先生が安心した様な顔になったのを、オレは見逃さなかった。
すぐに先生の元まで近寄りその腕を掴んでから「それでは失礼します。」と佐久間先生に別れを告げ、オレは先生を引っ張って喫煙室を出る。
とりあえず、一刻も早く…佐久間先生から、あの喫煙室から離れたかった。
道中「お、おい園田!」と先生に呼び止められたけど、オレは止まれない。
一番オレ達が安心出来る場所…保健室に辿り着き、その腕を離した。
(本当は、離したくないけれど…。)
離した途端に「何だってんだ一体…。」と掴んでいた箇所を擦る先生を見て、その選択は間違いなかったと一安心する。
無理矢理連れてきてしまった…けれど、あのまま二人で過ごしていたらと考えると、オレは肝が冷えた。
(何を、していたんだろう。)
聞きたい、けれど聞けない…どうすればいいのか分からずにいると、先生から声を掛けられる。
「どうした、園田。」
ダメだ、とオレは冷静になろうとした頭の中が、先生のたった一言ですべてひっくり返るような気分になった。
素直に答えよう、いやでも、答えなくちゃ、いやだ。
心の中で問答をしている内に、勝手に体が震えて両手に力が入る。
「どうしたって…そんなのこっちが聞きたいのに。」
拳を作る事で自分の行動を縛っていたけれど、声に出してしまったら止まらなくなった。
目の前にいた先生の手首を持って、勢いそのまま保健室のベッドへ駆け込む。
走り込む様に入ってきたので、カーテンが動く音がまるで悲鳴の様にジャッ!といつもより大きく聞こえた。
そして、ベッド付近まで来たオレはすぐ。
先生を、押し倒す。
「な、にやって。」
目を瞬かせて驚く先生に、オレはもう隠し切れなくなった本音が零れた。
「オレの方が先生を大事にするのに!」
心の底から叫ぶ、だって本当にそう思うから。
オレと話している先生は、ほとんど表情を変えなくて、言葉と感情が全く同じという訳では無いだろうけれど、いつも静かにオレを見守ってくれる…優しい顔をしていた。
こうして、穏やかな日々を送っていずれかは…何て、夢見ていたのに。
佐久間先生に押し倒された先生の顔は酷く歪んでいて、拒否の感情が目に見えて分かって、オレ以外の人に先生があんな事をされていた事が、嫌だった。
オレがもし、佐久間先生と同じ様に押し倒してしまったら、同じ顔を向けられてしまうのでは、と考えが浮かんでしまって。
いつか、そんな事を許し合える仲になりたいと思っていた夢に亀裂が入った。
待てと言われるけれど堪らなくなって先生に抱き着き「もう待ちたくありません!」なんて言ってしまう。
まず関係性の構築が大切だからと、これまで重ねていた日々を台無しにする行為だと分かっている。
それでも、他の人の手に渡ってしまうかもしれないと思い知らされて堪らなくなり、ぎゅうとその体を締め付けてしまう。
ぎり、ぎりり…と骨が泣いている音がするけれど、もういっその事オレが触れた後を体に刻んで欲しくて、持てる力で更に密着した。
このまま…誰かに見つかってしまったら、どうなるかな。
自分が思う以上に大事になってしまうかもしれない、甲子園出場どころか野球部に参加出来なくなるかもしれない、家族を悲しませ、世間から石を投げられる事になるかもしれない。
けれど、オレは。
確かな満足感に、胸が満たされていた。
「………この、馬鹿野郎!!」
突然キーン!!と耳に雷が走り、驚いて力を入れていたはずの腕が勝手に弱まる。
「話を聞きやがれ!何だ、野球やってる連中ってのは、どいつもこいつも話聞かねぇ勝手な野郎ばっかなのか!?」
いつもならぼそぼそ声で話すのが基本の先生が、保健室どころか外にまで聞こえてきそうな大声でオレを怒鳴りつけた。
顔を見ると、声と同期する様に真っ赤になっていて、オレは改めて自分がしでかした事の大きさを知る。
「お前もお前だ!こんな訳分からねえ行動に移す前に、会話が出来ねぇのか!?」
鬼の様な形相のまま怒号を飛ばす先生、けれどこの激昂も長くは続かなかった。
急に声を出した事からか、先生は顔の向きを変えて咳を何度もする。
(…オレは、馬鹿だ。)
先生の言う通りだった。
先生はオレの声を聞こうと、話し掛けようとしたというのに。
オレは自分の事しか考えられず、しかもさっきまで先生が嫌がっていた佐久間先生と同じ行為をして、自分の欲を満たそうと。
カッとなって、なんて言い訳も聞かない程、全てオレがしでかした失敗だった。
そう思うと、耐えられなくて。
目から涙が落ち、先生に泣いてしまった事がばれてしまう。
ごめんなさい、そう言いたかったけれど、今口から声を出せば聞き苦しい嗚咽しか出てこなくて震える口を精一杯閉じる。
「―何で泣いているんだ。」
いつもの声がした。
先生がとんでもないやらかしをしたオレに対して、労わる様な視線と声を掛けてくれる。
そんな事、しないで欲しい。
だって、もっと…欲深くなってしまう。
どうにか声に出そうとするけれど、しゃっくりが上がり始めるし、涙も止まらない。
どうすればいいのか分からないオレに先生から「せめてこの状態をどうにかしてくれ…。」と言ってきたので、そういえばそうだったと泣きながらも先生の上から退いて、悪い事をしてしまった罪悪感から先生から離れてベッドの端に座る事にした。
けれど、先生はオレを気遣ってなのかオレの近くまで来て隣に座ってくれる。
こんな涙も鼻水も流れっぱなしな情けない姿を晒す事になって、なるべく早く収まる様にと流し続けているけれど、制服でもカバー出来ない量になってきて、それを見てなのか先生はオレから離れようとする素振りを見せたけど。
そのひらりと舞った白衣の裾を掴んでしまう。
「…ハンカチは持っているのか?」
やっぱりそのつもりだったらしい、オレは素直に首を振ると仕方なしと先生のハンカチを差し出してくれた。
優しくしないで、とも思うのに…離れて欲しくなくて。
オレはどうしたいのか、オレ自身も分からないまま…時だけが過ぎていった。
「すみませんでした。」
両目も、鼻の下もひりひりしたままだけど、涙と鼻水は収まったので、先生に改めて謝罪をする。
このまま何か嫌味を言われてもおかしくないくらいに、オレは愚行を重ねてしまったので、お叱りの一言を待つけれど、先生は怒りの感情は収まった様子でオレに質問を投げた。
「で、どうしたんだ?…ここで話せないなら、また後日でも良いぞ。」
「いえ…今話したいです。」
完全に仕事モードへ移行してしまった先生、ならオレもそれに答えざるを得ない。
一度、すうっと空気を吸って、しっかりと吐いてからオレは何故自分があんな行動に走ったのか、理由を口にする。
「先生達を喫煙室で見た時…頭の中真っ白になって、感情的になって動いちゃって…。」
もしかしたら、オレが知らないだけで、先生と佐久間先生がそんな仲だったのかもしれない、と。
今更ながら、本当にそうだったらオレは何て事をしてしまったのだろう、と考えるけれど、当の先生はこれでもかと言う程顔に皺を集めていた。
「―何を勘違いしているか知らないが。」
先生は、佐久間先生と話している中で、変な絡み方をされ困っていただけだったと説明をしてくれる。
他にも、佐久間先生と特段仲が良いという関係という訳でも無く、ただ最近よく話をする様になった間柄だとも話してくれた。
「男子校あるあるで、距離が近過ぎるコミュニケーションみたいなもんだ…俺は嫌だったけどな。」
そうだったんだ、としっかりと話を聞けて安心したオレに先生は次の質問をする。
「で、お前をあそこまで狂暴にさせた勘違いってのは…何だったんだ?」
とどめを刺された。
確かに質問の順番としておかしくはないけれど、これは言わないと先生も納得出来ないものか!?いやでも、ここで言わないと訳分からない事でキレたプッツン男として認定されてしまうかも…そんな事を考えている内に、今更ながら恥ずかしい行動をした事が自覚出来てしまって、今オレの顔は高熱で覆われている。
そんなオレの感情を察したのか「嫌だったら言わなくていいぞ。」と助け船を出してくれるけど、いつまでも甘えていては申し訳ないと断った。
「いえ!言わせて…下さい。」
本当に大丈夫か?と不安そうな先生の表情を見ながら、オレは今から話す言葉を頭で整理して口に出す。
「…先越されたかと、思いました。」
やはり訳が分からないと先生の顔がハテナを描いていた、なのでなるべく先生に伝わる様にもう少し理解出来る言葉を集める。
「オレ、実は先生に真剣に怒られたの…さっきが初めてじゃないんです。」
その目が大きく広がった。
やっぱり憶えていなかったんだ…とは思って笑ってしまうけれど、がっかりした気持ちにもなる。
それが伝わらない様に努めて明るく話す。
「仕方ないです…だってその時は、こんな関係になる前の時だから。」
先生は眉間に皺を寄せ「うーんうーん。」と唸っている、オレとの記憶を辿っている様を見せる。
「あ、その…その時のオレは背も小さかったし、顔も可愛いとか言われる部類だったのでかなり変わったから分からないのも無理はないかと…成長期が遅くて、一年生の後半で伸びたので。」
入学当初はそのせいで俗にいう姫扱いを受けていたけれど、野球部の練習のお陰か、オレ自身の遅い成長期が来たからか、ぐんぐんと背が伸び、あっという間にそういった対応をされる事は無くなった。
「今ではこんなにごつくなりましたけどね…一年生の時は姫なんて言われていました。」
「今は姫よりも、王子って言われた方がしっくりくるな。」
そうですかね、と口元を緩めて答えてしまう。
先生も、オレもだいぶ今は元の調子に戻っていた。
しっかり聞こうと前のめりだったその姿勢は、いつの間にか背もたれに体を預けるものとなっていて、オレは安心する。
言うなら、今だと思ったから。
「その時…先生に初めて会った時から。」
大事に、大事にしまっていた宝箱を開ける様に、ゆっくりと。
オレの想いを、口にする。
「先生、オレ…貴方が好きです。」
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