園田くん(16)

やり切った、やれる事は全部やった。

チャイムの音を聞いた途端、体の力が抜ける。

ずっと集中していて、目の前の問題用紙と解答用紙しか無かった世界が一気に広がったけれど、後ろから回された解答用紙に気付かなくて、慌てて受け取り前の席へ回す。

「はい、お疲れ様…この後ホームルームがあるから、気を抜いて先に帰るなよ。」

試験官の先生から放たれた言葉に生徒からどっと笑いが湧くけれど、オレ自身は「早く終わってくれないかな。」と思う。

「なぁ、園田。」

近くの席にいる同じクラスの野球部員達が話し掛けてきた。

「この後打ち上げでファミレスどうよ?」

他の野球部員も一緒にさ!と息抜きに誘われたけれど、内心それどころじゃ無い。

「誘ってくれて嬉しいけど…。」

「え~マジか、お前今日を逃すと地獄の野球漬け生活が待っているぞ。」

その言葉は確かにその通りで、この放課後の時間を逃すと七月の県大会に向けて更なる特訓が始まる。

今は五月中旬だけど、今年は県大会優勝、甲子園出場を狙っているので、去年より熾烈な練習がオレ達を待っていて、しかも、今回合宿で指導してくれたコーチの縁で、土日には他県の強豪校との練習試合や特別メニューが組まれると野球部員間で噂されている…あくまで噂程度だけど、それくらい本気じゃなければ優勝なんて掴めない。

「分かっているけど、今日は他に用事が入っているから。」

「…ん~そっか。」

たまには顔出せよ!とオレから離れ、そいつは別の野球部員へ声を掛けに行く。

(まるで花から花へ移るミツバチだな。)

素直に離れてくれたのでホッとしながら、オレはさっき言った自分の予定について考える。

実は予定という予定…という訳では無く。

 

ただ。

ただ、先生に会いに行きたい…そう思っていた。

 

ここの所ずっと勉強漬けで、先生に全く会えていない。

学校内を歩けばすれ違うくらいはあるかなとか思っていたけれど、そんな時に限って全く見る事も出来なくて、正直な話。

 

先生が足りない、と心が求めていた。

 

(ガキっぽい…かな。)

らしくない、そう感じていたけれど、それでもそう表現するしかオレには出来なくて。

 

いつもならすぐに終わるはずのホームルームの先生の話が、とても長く感じている程に、オレは重症だった。

 

やっとホームルームが終わり、早々に帰るヤツ、さっき誘ってきた野球部の様に友人達と遊びへ繰り出すヤツ…その人混みを掻き分けながら、オレは先を急ぐ。

きっと先生は変わらず、保健室で待ってくれている…そう考えて。

 

けれど、オレの思いは。

 

「いない。」

いつも居るはずのその部屋に灯りが付いていなかった。

今は十二時、先生はいつもここでご飯を食べる…オレと食べる前からそうだったと聞いていたから、オレはそこで立ち竦んでしまう。

(嘘…吐かれた訳じゃないと思ったのに。)

いや、今ここにいないだけで、きっと学校にはいるはず…そう思って職員室も覗いてみたけれど、先生はいないみたいで、中にいる他の先生にも声を掛けたけれど「知らない。」「申し訳ないけれど今忙しいから。」と言われてしまい、オレはそこから移動するしか選択肢が無かった。

どうしよう、と思うけれど悩んでも時間は勝手に進んでいく。

気が付けば学校に残っている生徒達も居なくなり、オレは勝手に自分一人だけ取り残された様な孤独を感じていた。

「―オレも、帰ろうかな。」

今回のテストは本当に頑張った、期末テストも頑張りたいから帰って問題用紙を解き直して、次に備えるべきだ…と冷静な思考がすぅと熱に浮かされたオレの頭に入ってくる。

それは徐々に染み渡って肩を上げて呼吸をしていたオレの体にも影響して、その動きを止めてくれた。

ここまで動いても会えないのなら、今日はそういう事なんだろう…大人しく帰るべきだと足が動き始めた、そんな時。

 

ふわり、と苦い香りがオレの鼻をつく。


「タバコの匂い…?」

気付けば先生達だけが使う喫煙室まで来ていた、職員室からそんなに遠くないこの場所は、よっぽど生徒は使わない場所、そこに。

「―佐久間先生?」

昔は普通の教室だったので、中が見える窓が付いているその部屋は、煙の影響かそのガラスも少しくすんで見えたけれど、あの目立つ赤いジャージを着ている人物は限られてくる。

そういえば、と思い出す。

佐久間先生も喫煙者で、野球部で休憩の時必ずと言っていい程タバコ休憩に出て、オレ達に煙が行かない少し遠い場所まで移動して吸っていた。

その先生がこの部屋に居る事は不思議なんかじゃなく、寧ろ自然だと思う。

けれど、オレが不自然だと感じたのはそこじゃなくて。

 

何で喫煙室に入っているのに、タバコを吸っていないんだ?

 

喫煙室には長椅子が置かれていて、そこに座って吸っている事が普通なのに、オレから見えるその姿勢は座るどころか何故か長椅子の隅に寄って、背中を預ける為の背もたれが機能出来ない逆の姿勢になっている。

(まるで、隅に虫でもいるのか…え。)

心が騒めく。

その先は見てはいけない、と警報が頭の仲で鳴り響く…それでも、オレは。

 

佐久間先生に迫られている先生を、見てしまった。

 

「何やっているんですか!?」

 

大人しか入ってはいけないその部屋の扉、それを乱暴に開けた。

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