則井先生(16)

それから時は過ぎ、あっという間にテスト期間になった。

朝早くから学校に来る日々を過ごしている俺にとって、朝練が無い学校を見て回るのは違和感しかなく、休日なのに働く日に来てしまったサラリーマンの様な…やる気が空回ってしまった気分に幾度となくなっている。

(ま、それも今日終わるが。)

今日はテスト最終日、学校も半日で終わり俺も他の業務に集中出来る日なので、とても助かる。

といっても、時折テスト監督になってくれと言われる事もあり、ずっと保健室に籠り切りという訳でも無いのだが。

「…そろそろ終わるな。」

ちらりと時計を確認すると、もうじきチャイムが鳴る時刻となっていた。

俺が試験を受けている身の時、この時間は見直しの時間で、回答がおかしな所がないか、マークシートなら回答がずれていないかとか、この終わりの時間は気を揉んでいたなと思い返す。

(園田は、大丈夫だろうか。)

試験前あれだけプレッシャーに押し潰されそうなあいつを思い出し、俺にはどうにも出来ないのは分かっているが顔面が勝手に険しい物へなってしまう。

野球をしている時は堂々としている癖に、こんな場面では年相応の姿になってしまうのは…まぁ機械じゃ無いのだから、そういった面もあって当たり前なのだが。

(…って何であいつの事ばかり考えているんだ、お節介にも程があるだろう。)

園田自身も親だけではなく、こんなおっさんに心配されても鬱陶しいだけだろうと思考を切り替える。

この学校のテスト期間は三日間あり、基本どれも午前中のみ。

昼ご飯も無く、そのまま帰って勉強をする日々を過ごしていた学生にとって、今日は勉強が終われば部活も無いので、友人達と遊びに行く奴らが多いだろう。

「俺も一緒に帰りたいもんだ。」

生徒は早々に帰るが、教師はそうはいかない。

回収したテスト用紙の採点や、日頃出来ない積もった仕事の片付け、次の授業に向けての資料作りなどなど…休む暇が無く、俺はいつ過労で倒れるかもしれない彼等の為に、ここで控えている身なのだ。

だからといって何もしない訳でも無く、俺自身別の仕事もしながらここで待っている。

そこで、馴染みのあの音が学校内に響く。

キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン…

現場に行ってもいないのに、生徒達の悲喜こもごもな表情が見えてきそうだ。

俺も心なしか体の力が抜け、その内生徒達の話声が聞こえてくるだろうと、思いのんびりと過ごしていると。

ダッダッダッダッ…

何だか規則的な音が聞こえてくる。

ダッダッダッダッ…ダダッ

その音が急に止んで、まさか…と俺は一瞬過った考えを切り捨て無かったことにす

「則井先生、いますか!!」

テストが終わってすぐ来たのだろう、ただでさえ存在が溶岩の塊みたいなものなのに、その頭上から湯気が上がっている様に見えた。

「……………どうかしましたか、佐久間先生。」

努めて冷静に対応しようとするが、前半の無言に面倒臭いという感情が滲み過ぎてしまったかもしれない。

それでも察せないのか、敢えて無視しているのかは知らないが、俺が保健室にいると分かるとずんずんずんとこちらに歩み寄ってくる。

「今!…お時間、ありますか!?」

明らかにリラックスした状態で出迎えてしまったので「今は無理。」とは言えず、それでも早く終わるよう願いながら「…手短にお願いします。」と言えるだけの抵抗は出来たから、帰宅する際自分に何かご褒美を買って帰ろうと俺は自分自身に誓った。


そこから保健室では無く、喫煙室に連行され共にタバコを吸いながら佐久間の話を聞き始める。

「いや~前回すべてお話する前にいなくなってしまったので…。」

察してはいたが、この前の喫煙室での会話では物足りなかったらしい。

俺から見れば佐久間は他の教員ともそつなくコミュニケーションが取れる人間だと思っていたが、何故俺なのか…しかし、考えてみれば明白で。

(今、ほとんどの教師は採点作業に入っているはず…この人は体育だもんな、更に俺はただの養護教諭で時間がある話し相手は俺だけって事か。)

紙の試験ではなく、普通の授業内で試験をする体育は、先に終わる分時間があったのだろう。

ここぞとばかりに話が止まらなくなる佐久間に適当に相槌を打ちながら、早く時間が終わらないか、または他の教員が喫煙室へ足を踏み入れないかと願う。

どれだけ時間が過ぎたのか、最早確認作業さえも億劫になってきて、その動作もしなくなった頃、熱量が変わらない佐久間がごぉっとこちらに寄って来る。

「それでですね!担当だった事もあり、園田達のクラスへ試験官として行ったのですか!」

そこでやっと、俺が興味の持てる話題がやって来た。

「…そうだったのですか。」

「ええ!正直彼等のクラスにいる野球部はあまり成績が良いとは言えず、去年も躓いて追試を受けた生徒もいるのですが…。」

やはり、佐久間から見てもあまり良くはないのか…と感じた所で「でも!」とその大声が俺の鼓膜を襲う。

「今回はどいつもこいつも顔つきが全く違ったのです!」

きんきんと許容範囲外の大声に耳が限界を訴えるが、俺は怯まずそのまま質問する。

「自信満々だった…と、いう事ですか?」

まさに!と同年代だから許される様な軽いノリで返された。

「試合でも不安な時、よく顔に出る奴等なのですが…今回は勝ちを見据えた様な表情をしていて、つい試験が終わった後声を掛けそうになりましたよ。」

まぁその時はまだ別の試験が控えていたので、そんな事をしなかったのですが、と付け足すその表情は嘘偽り無く本当に安堵している様で、それを聞いた俺も見てもいないのに何故かその感情が移ってきた様な気がする。

(…俺は自分の目で見ていないから、近況を聞けて安心したんだ。)

うん、そう…きっとそうだ、そう心の中で呟いていると、佐久間の表情にぎょっとした。

「どうしました、佐久間先生?」

「いや…則井先生のそんな表情、初めて見たので。」

そんな表情?どんな表情なんだ…と思っていると「あ、戻った。」などと言う。

「レア過ぎる…もう一度お願い出来ますか?」

「いや、どんな表情なのかも分かっていないのに戻せと言われても。」

「ちょっとで良いからお願いします、その表情見たら甲子園に行けそうな気がするので!」

そんな妙なゲン担ぎがあるか!と断ろうとするが、相手はずいずいとこれまでに無く近付いて来る。

(コイツ…ッ黙って話を聞いてりゃ調子に乗りやがって…!)

頭突きも可能な程にまで近付いてきたので、どうにか離れようかと後ろに逃げようとするが、自分が元から隅に座っていた事を忘れていた。

じり…じり、と更に寄って来る佐久間に「いい加減にしろ!」と大声で一喝しようかと思ったその時。

 

「何やっているんですか!?」

 

ガラリッと勢い良く喫煙室の扉が開いた。

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