則井先生(14)

ゴールデンウィークが明け、いつもの日常が戻ってきた。

生徒や教師の顔を見ると、この連休中どんな過ごし方をしてきたのか、各々個性があり、少なくともぐったりしている奴は、最終日まで遊び尽くしたか、溜まっていた宿題をまとめて片付けたのかどちらかだろうな…とは思うが。

そんなもん関係あるかとでも言う様な、そんな人間もいる。

「今回の練習試合はとても苦い敗北でした…こちらが出す手をどれもこれも読まれているかの様な采配で、こちらの考えの浅さを教えてくれましたね。」

悔しそうに、それでいてどこか嬉しそうに話す佐久間に捕まった俺は誰でも良いからこの喫煙室に来てくれないかと願い、タバコを味わいながら時間を潰していた。

園田の件で野球部について話が聞けると聞き続けていたのは良いが、前回の会話で『甲子園出場』などと口走ってしまったからなのか、頼んでもいないのに熱心に経過報告をしてくる。

(元々野球についてじっくり話せる相手もこの学校にいない…というか、本人が暑苦し過ぎて教師も生徒も逃げ出すんだろう。)

少しでも情報になるなら良いかと余計な仏心を出してしまったばかりに、貴重な休憩時間を野球話で減らされていた。

「…それで、野球部の奴等は意気消沈していませんでしたか?」

昨日合宿の事を聞いた際、園田の様子に明らかな変化があったので、それとなく聞いてみると佐久間はうんうんよくぞ聞いてくれたとばかりに頷く。

「そうなんですよ、合宿の帰りとかも明らかに気分が落ちていたので気になったのですが…。」

ぐっとその拳を握り、目に炎を灯したかのような輝きを宿した佐久間は声高らかに話す。

「今日の朝練、合宿で得た物を忘れまいと、練習に身に入る生徒達の姿を見て確信しましたよ…しっかり勝利を見据えて動いているのだと!」

「そ、そうなんですね…。」

流石にここで話を振れば永遠に終わらない気配がしたので、それとなく相槌を打つが、どうしたものか…と俺は考える。

(それなりに話を聞けるのは良いが、そろそろ野球談議も飽きてきたな…違う話題をそれとなく出すか。)

そして俺は、ゴールデンウィーク明けだからという事もあるが、もう一つの理由で教師も生徒も顔を曇らせる出来事を口にした。

 

「そういえば…中間テスト、野球部の奴らは突破出来そうですか?」

 

そう、どれだけ部活に燃えていようが、青春を謳歌していようが、今奴らは男子学生。

勉学に躓いてしまえば、赤点という称号を取り、部活の参加どころか、将来の進学にも響いてしまう。

それに加えて、教師陣もテストの作業に追われ、試験の問題作り、難易度の調整、生徒からの質問攻め…テストが終わってからも採点作業や、赤点を取った者への再試験など、仕事が多い。

それが過ったからなのか、佐久間はこれまで晴れ渡ったかの様な表情をしていたというのに、一気に雨雲が立ち込めた様な顔へと変わる。

「………あまり、言いたくないです。」

声も明らかにトーンダウンしていて、俺はこれで話は終わるなと安堵の溜息と共に煙を吐きながら言葉を掛けた。

「ま、頑張って下さい…応援はしていますから。」

これで良いな、と立ち上がりどうするか悶々と考えを巡らせている佐久間を置いて、先に喫煙室から脱出する。

「そういえば…園田は勉強の方はどうなんだ?」

また昼休みにそれとなく話してみるか、と考えながら俺は保健室へと戻っていった。

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