園田くん(12)
「おーい、顔が死んでいるぞー。」
ゴールデンウィーク初日、このバスに乗っている移動しかのんびり出来る時間が無いと思うのに、隣に居る三島が絡んできてオレは目を閉じて聞こえない振りをする。
「あー、あー、応答せよ、応答せよ。」
「三島ぁ…あんまりウチのエースを雑に扱うなよ。」
「変に扱ってヘソ曲げたら、勝てる試合も勝てなくなるだろ~。」
後ろの席に座っているオレ達と同学年の連中も三島を止めようとはしてくれる…けれど、変なイジりの言葉を入れるのは止せと思う。
その感情が顔に出て眉間に皺が寄ってしまい、そこを狙って三島が眉根に指を押してくる。
「へいへい未来のスター選手、癖皺になりますゼ。」
「…何だそのうざったい変な話し方は。」
これはもう話さないと永遠にイジられる…と諦めたオレは三島を睨みつけた。
オレの表情を見たからなのか、後ろで様子を見ていた奴等は引っ込むが、三島はびくともしない。
「いやん、場を和ませようと思って♡」
「過ぎたイジりはイジメに発展するんだぞ、気を付けろ。」
ぐり、と頭を拳にした両手で固定してぎりぎりと刺激を与える。
「いて、いてて…ギブギブ。」
「…ちょっと放っておいてくれ。」
現地に着いたらちゃんと野球に集中するから、とまた目を閉じようとするけれど、待てよと声が掛けられた。
「何で悩んでいるかも分らんのに放っておけって?…言うだけ言ってみろよ、楽になるから。」
やはりコイツは変な所聡くて困る。
それでも、こんな他の部員も聞いている中で話したい事でも無いし、まだ解決していない内容だから口にしたくないのだけれど。
(―言う事で、楽になれるものなのか。)
初めてだらけで分からない、こんな自分の事を曝け出しても良いものなのか、そう思いながらどうにか分かりにくい形で話を作る。
「これは…オレの知り合いの話なんだけど、さ。」
うんうんとオレに話す様に切り出した手前、頷き聞く三島に対しても、聞いてしまうかもしれない周りの耳にも気を付けながら話を続けた。
「これまで良い感じに距離を詰める事が出来たと思ったら、相手は実はそう思っていなかったみたで、会う回数を減らそうって…言われた、らしくて。」
「なーるほど。」
言ってしまった、そう思うけれど三島は笑いもせずまず受け止めてくれる。
すぐにお気楽な返事が来るかと思ったけれど、三島は真面目な顔で考えてくれている様で「少し待ってくれん?」とオレに確認を取った。
「…これはあくまでオレの考えで、その知り合いの人?と考えが違うかもしれないから、あまり強い事言えねーけどさ。」
ちらりと後ろの座席に居る奴等が聞いていない事を確認するように視線を動かしてから、小さな声で囁く。
「回数を減らそうっていう事自体はマイナスって訳でも無い気がする。」
え、と思いがけない一言にオレは引き込まれる。
「そう…か?」
「だって本当に脈ナシだったら、会う事自体止めようって伝えるもんじゃねーかな…たぶんだけど。」
言われると確かに「もう相談する必要が無いからこれで終わり。」とはっきり断言された訳じゃ無い。
そもそも再開という言葉も持ち出してくれたのに、明確な終わりを勝手に思って先走ってしまった行動を思い出し、また気分が沈む。
「…ま、そう言われた後のお前の知り合いがどう反応したのかも分からねーけどさぁ。」
オレの心の内を知ってか知らずか、ぐいっと肩を持たれ引き寄せられる。
「自分に関係無い知り合いの事で気に病んでいるなら気分入れ替えろよ、お前最近くませんに目を付けられているから…今回の合宿、かなり絞られるぞ。」
くませんというのは佐久間先生の事で、所謂学生間でしか呼ばれていない裏のニックネームの事だ。
名前の由来は言わずもがな、その体型と雰囲気が熊っぽいから呼ばれている。
「去年もキツかったけど、今年はわざわざ外部から講師呼んでやるってよ。」
三島が話している事はオレも知っている、佐久間先生が色んな伝手を頼って辿り着いた講師は、この男子校の卒業生で今も体を使って野球関係の仕事もしている人物らしく、オレも三島もそして今バスに乗ってリラックスしている部員達も、内心戦々恐々としている事だろう。
「それだけ今年に力を入れているって事、分かるだろ。」
「…分かってる。」
コイツが言っている事は真っ当で、更にオレは先生から貰った言葉をもう一度思い起こす。
『今、お前はやる事が数多くある…それが落ち着いてから相談を再開すれば良い。』
その瞬間、オレは自分の爪が食い入る程に両手を握った。
ずるずると前にやらかした自分の出来事に囚われえて、進みたい未来どころか、今さえ見えていない自分に腹が立ってくる。
「すまん。」
小さな声で言うと、三島から返事は無く、けれど窓から反射して見える顔は確かに笑っていた。
これから、自分の力を試される合宿が始まる。
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