則井先生(8)

朝の時間はたっぷり喫煙室に籠れる時間でもある。

早めに仕事が済ませられた時は、時間ぎりぎりまで部屋に来てタバコを味わうまさしく俺にとって至福の時だった。

白衣のポッケに忍ばせているタバコとライターをすぐ出せるように片手に握り、がらりと開ける。

「あ、暫く振りですね。」

佐久間がタバコをふかしている姿が見え、軽く会釈をした。

(そういえば、あの時以来だったな。)

佐久間も園田も…というか、野球部が忙しそうに活動しているのは周知の事実で、日頃の練習は勿論、土日には練習試合や平日より長い練習をしている。

「今日は早めに練習が終わる事が出来たんですか?」

頭に浮かんだ疑問がそのまま口に出てしまったが、相手は素直に答えてくれた。

「はいそうです…自分自身の仕事もあったし、キリが良い所だったので、今日は早めに切り上げました。」

今は指導が厳し過ぎても優し過ぎても、保護者に何を言われるか分かりませんしね!と話すその言葉に、なるほどと俺は頷く。

昔は熱血指導が美徳とされた時代もあったが、今となっては行き過ぎた指導が度々ニュースで取り沙汰されるので、世間の目が厳しくなり指導法がだいぶ丸くなった。

「昔は一校に一人は竹刀持った先生が一人はいたような気がするんですけどね、時代は変わったものです。」

それは流石に偏見じゃないかと思うが、佐久間自身竹刀を持っている姿がとても似合う体格をしているので、目指していたクチかもしれないと俺は黙る事にする。

代わりに別の話題を彼に振ってみた。

「今年の野球部はどうですか、伸びそうですか?」

すると待っていました!とばかりに佐久間の上半身がこちらまで伸びてくる。

「やっぱり気に掛けて下さったんですね!!」

かなり前のめり姿勢であまりの勢いに取り繕う事を忘れ、顔面の筋肉が強張ってしまったが、それに気付いていないのか彼はそのまま語り始めた。

「スポーツ推薦で入ってきた一年はデキが違うのですが、一般で入ってきた奴等はやはり…やる気の有無次第な所がありますなぁ。」

園田のあの表情を見て引っ掛かっていたので聞いてみたのだが、顧問の見解としてもやはり同じらしい。

今は春ではあるが、じわじわと…しかし足早にこれから球児達にとって本番と言える夏の大会がやってくるので、それまで有力な新人達を集め鍛えておきたい気持ちがあるのだろう。

「ウチは今年こそは意気込みたい所なので、中途半端な思いで入って欲しく無かった…のですが。」

「…部員不足ですか?」

放っておくとずっと向こうのペースのままな気がして声を掛けるが、いいえと佐久間は首を横に振る。

「人数は問題無いのですが、やはり遊びたい盛りの若者が多く…部内でもギスギスした雰囲気が出る事があるのです。」

ふう、と溜息と共に出る煙は彼の不安を表すように濃い灰色をしていた。

「何年かこういった事態に直面した事はありますが、毎回どう対応して良いか正解が無いので困ります。」

すみません、愚痴ばかりで…とここでやっと俺の存在を思い出したのかぺこりと頭を下げられるが、別に大丈夫だと伝え、アドバイスとまでは言わないが言葉を送る。

「一人で抱え込むのも大変でしょう、俺が出来る事は無いですが…こうして聞き役に徹する事は出来ます。」

それも仕事の内だからと心の中で付け足して、俺は次の言葉を口から出す。

「ただ…その不安、全員にとは言いませんが信用出来る奴等に共有した方が良いとは思います。」

「…共有、ですか。」

ここで具体的な話を出されるとは思っていなかった様子で、佐久間に複雑な表情が浮かぶ。

「同じ志を持つ仲間として現状についてどう思っているのか互いの考えを教え合うという機会は必要だと思います…実行するかどうかは先生の御意思にお任せしますが。」

話してばかりでタバコを出すのを忘れた俺は、ここでタバコとライターを出しタバコに着火させる。

暫く黙って俺の言葉を反芻しているのかどうか知らないが、佐久間は考えに耽っている様子を見せた後「則井先生、ありがとうございます。」と一礼して去って行く。

(…青春に付き合うっていうのは、体力が要る事だな。)

その後どうなるかは分からないが、またそれとなく園田に聞くとするかと口の中に充満された煙を堪能しながら俺は思った。

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