園田くん(6)

とん、とんと扉をノックすると「入っていいぞ。」と返答が聞こえる。

これからこの時間が当たり前になる、そう思うとまた顔がにやけてしまいそうになるけれど、必死に堪えてオレは保健室へ入った。

「先生…一緒にお昼、大丈夫ですか?」

つい不安になって聞いてしまうけれど、先生は変わらずぶっきらぼうに答える。

「来いって言ったのは俺なんだから、そんな遠慮するな。」

そんな対応だけど、オレの事を邪険にしないで一緒にご飯を食べてくれるなら、ありがたい限りだなぁと思いながら、オレは扉の鍵を閉め、前と同じ椅子に座った。

そして、ふと気になって先生の手元を見る。

「先生、スーパーのお弁当なんですか?」

オレの質問に「おう。」と答えてくれるけど、オレは失礼かもしれないと思いながら、その弁当をじっと見てしまう。

養護教諭という事を思うと、先生の弁当は健康的かと言われれば首を傾げたくなる内容だった。

カリカリ梅とゴマ塩、それがかかったご飯、小さく盛り付けられたほうれん草の胡麻和えとメインに置かれているのは大きなエビフライが二本…オレは健康に興味があるかと言われると自信は無いけれど、それでもあまり油物は避けた方が良い印象を持っていて、しかも先生の胃だと胸焼けしないか…と考える。

(でも、こんな事言ったら大きなお世話だって言われるかな。)

ずっと見ていると流石に妙に感じたのか、先生の方から声を掛けてくれた。

「…何でそんなに見る?」

「あっ、すみません…オレ、手作りのヤツしか食べた事なくて珍しくて。」

オレの母さんは食堂で働いていて、料理の腕にはオレ達家族からも定評がある。

だから、余程忙しかったり体調が悪い時以外はご飯を作ってくれて、スーパーやコンビニで買う事はほとんど無く、冷蔵庫を漁ればおかずはいつも置いてあった。

(それでも、野球部の帰りでつい付き合いで買い食いすることはあるけど…唐揚げとかホットドッグばかりだし。)

そんな事を思っていると、先生から信じられない目を向けられ、オレは慌てて口を動かす。

「勿論クラスにも購買で買う奴もいるんですが!」

しかし、先生はそうじゃないと食い気味に返してくる。

「その幸せ、十分噛み締めとけよ。」

重々しく告げられたその言葉に、オレは先生の心の内を知る事は出来ず、けれどその表情と雰囲気に飲まれて「え…はい。」と素直に頷いてしまった。

「…とりあえず、食べるぞ。」

と促されて、オレは母さんが作ってくれた弁当を開け、てらてらと光る豚の生姜焼きから箸で摘んですぐに放り込む。

じんわりとタレが口の中を満たしてきて、コクのある味の中にピリッとした生姜の辛味が時折顔を出す。

薬味は効くけど、豚肉のこってりとした味がそれを包んでくれて、いつもの事ながら作ってくれた母さんは凄いと思う。

時折野菜にも手を付けながら味わっていると、先生の方から声を掛けてくれる。

「母親が作ってくれるのか?」

オレをリラックスさせようとして声を掛けてくれたかもしれないけれど、オレはその些細な気遣いだけでも嬉しくてすぐに返事をした。

「はい、野球部入ってから毎日…栄養を考えて作っているそうです。」

元々仕事にする程料理が好きな母さんは、ネットでレシピを見るだけではなく、資格は取らないと言いつつも管理栄養士の教科書まで読み、料理の幅をだいぶ増やしてきている。

その行動の理由を母さんは語らないけれど、オレはもう分かっていた。

「オレがレギュラーメンバーに入ってから凄く応援に熱が入って…ありがたいんですけどね。」

あまりプレッシャーにならない様に、それでも出来る応援はすべてする静かな行動派な母に、思わず苦笑してしまう。

オレの表情や言葉を聞いたからなのか、何とも言えない複雑な表情をしていて、どんな事を考えているのかオレからは分からない。

そう思うと、何だか寂しく思えてしまって、オレはおずおずと尋ねる。

「先生、今日もお話…しても良いですか?」

オレの事を話したいし、先生の事ももっと知りたい。

この考えが伝わったのかは分からないけれど、先生は短い返事を返してくれた。

 

少しずつ、少しずつでいいから。

この距離が短くなるといい、そう願いながら、今日も昼休みの時間は過ぎていった。

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