則井先生(6)

たとえ気に掛かる案件が一つあっても、俺の日常は変わらない。

保健室に戻れば、保健室に置いてあるベッドのシーツ交換、洗濯、不登校の生徒について担任との打ち合わせ、全校生徒の検温、出席確認、ケガや体調不良者の対応、そして担任への報告など…常に保健室にいると思われがちだが、金銭を貰うだけの仕事量はこなしている。

他にも悪習として続いている保健だよりの作成や掲示物の整理、書類作成、保健授業の準備など…時には時間内で終わる事が無い事もあり、世間的に教師職がブラックだと言われる理由が分かるなと自嘲気味に笑う。

そんな事を考えながら、俺は時間が出来たのでタブレットで日誌を書いていた、つい数年前までは紙で書いていたが「それは時代遅れだし、デジタルで進めた方が早い人もいる。」とどこの誰かが知らないが会議で提案してくれた恩恵を受け、俺の保健室には学校のタブレットが支給され、このスタイルで仕事をしている。

昼が始まる合図のチャイムが鳴り響き、一旦作業を停止して俺は持ってきたスーパーで割り引かれた弁当をバックから出す。

温め直す為の電子レンジは職員室にしか置いていない為、俺はここで冷えた弁当を食べようと包装のビニールを取っ払おうとすると、あの控えめな音が聞こえてきた。

「入っていいぞ。」

俺の言葉に扉からひょっこり現れたのは、その行動とはあまり似合わない長身の男子高校生。

「先生…一緒にお昼、大丈夫ですか?」

「来いって言ったのは俺なんだから、そんな遠慮するな。」

他の生徒ならへらへら笑って「のりちゃん、ベッド空いてる~?」などと検温する前に寝ようとするふざけた奴や「やべ、早退かも…。」とかぬかしながら帰る為にやたらと体温計を擦ってわざと熱を上げようとする奴などがいるが…変に気を使われても居心地が悪い。

小さくにこりと笑って園田は、扉の鍵を閉め俺の近くまで寄ってきた。

「先生、スーパーのお弁当なんですか?」

「おう。」

物珍し気に眺められ、俺は眉間に皺を寄せてしまう。

「…何でそんなに見る?」

「あっ、すみせません…オレ、手作りのヤツしか食べた事が無くて珍しくて。」

勿論クラスにも購買で買う奴もいるんですがと話され、俺は思わず溜息を吐く。

「その幸せ、十分嚙み締めとけよ。」

「え…はい。」

大人になると…更に人暮らしをする様になってからだが、家事をやって貰う事に対する重要さが痛感する様になってきた。

多少の融通や自分の食べたい物が必ず来るとは分からないが、それでも毎日作って貰える幸せは分かった方が良いと、つい口に出してしまった。

しかし、きょとんとしている園田の顔を見て、俺は過ぎた事を言ってしまったと即座に反省する。

「…とりあえず、食べるぞ。」

俺からの声にすぐにはいと頷いた園田は、件の手作り弁当を開ける。

先程の会話からその弁当の中身に興味が湧き、ついちらりと目を動かしてしまった。

(うお…これは、豪華な。)

この前ここに来た時は特段気にならなかったが、その弁当の内容は大変凝ったものになっている。

弁当は、赤、黄、緑、白、茶色が入っていると美味しく華やかに見えるというが、それの手本と言っても良い様な配色だった。

食べ盛りの高校球児に向けて、ボリュームたっぷりな豚の生姜焼きに、プチトマトとブロッコリーが飾られ、ミックスベジタブルがその隣に置かれた一段目と、白米にゴマ塩が降り掛かった二段目が現れ、俺は自分の二割り引きされた弁当の隣に置かれたその弁当を嫌という程見比べてしまい、自分が惨めに思える。

「母親が作ってくれるのか?」

「はい、野球部入ってから毎日…栄養を考えて作っているそうです。」

だろうな!と俺は心の中でやけくそに叫ぶ。

ここまで弁当越しに息子の将来を思う親心が透けて見えた事など俺は無い、俺は昔部活に所属していた事もあったが、作っている親のコンディションによってその出来は変わったので、今となっては感謝しているが、当時は「もう少し腹に溜まる物が欲しい。」などと生意気な事を思っていた。

他の奴等の弁当も「質より量!!」と大声で主張するようなものだったのに、この隣の弁当ときたら…と、つい目を背けてしまう。

「オレがレギュラーメンバーに入ってから凄く応援に熱が入って…ありがたいんですけどね。」

困ったように笑うが、実際あのプレイを見た後だと確かにそうなるだろうなと静かに俺は頷く。

あの後、隙間を見つけ学校新聞で野球部が特集された記事や、高校野球が特集されたネット記事も読んでみたが、学内新聞の盛り上がりは言わずもがな、ネット記事も強豪校では無いが、隠れた番狂わせとしてこの学校が…園田が来るのではないか、などと書いてあるものもあった。

(内側からも外側からも期待されているって訳か…。)

学生が背負うにしては重過ぎるその期待が、彼の心にどれだけ伸し掛かっているのか、などと考えてしまい、自分の思考を変える為にも一度息を吐く。

「先生、今日もお話…しても良いですか?」

相手の様子を伺う様にじっと見つめられ、嫌とも言えず俺はおうと短く答えた。

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